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くろやみ国の女王  作者: やまく
思いと答えの始まり
65/120

6  精霊の加護 3

 

 

 

 精霊の描いた地図とヴィルヘルムスの探知術もあって、仲間の精霊は半日経たず見つけることが出来た。

 同じ民芸品の人形姿をした精霊が三体、ファムのカゴの中でひしめきあっている。動物と違い音も声も発さないので、ヴィルヘルムスにとって少々不気味だったがファムは気にする様子がなく、むしろ可愛がっているようだった。

「これくらい小さいと精霊も可愛いものね」

 そう言ってカゴの中の三体の頭をかわるがわるなでる。精霊達もどこかうれしそうにファムの手を受け入れていた。


 まだ昼前なので、ついでだからと、二人は精霊達が行きたがっていた方角に歩き進んでみることにした。

「おそらく城壁を出ることになりますね」

「そう、じゃあお弁当買いましょうよ。そこにサンドイッチの美味しいパン屋があるの」

 手を繋いだままの状態に何も言わなくなったファムが笑顔で言う。

 二人はパン屋に入り、中で支払いをどうするかで一悶着あったが、結局サンドイッチはヴィルヘルムスが、飲み物とデザートのクッキーをファムが買うことで落ち着いた。

「こういうのは自分でお金を出したほうが好きなものを買えていいじゃない」

 始めにヴィルヘルムスが全部自分が払うと言い張った事が不満らしく、ファムは口を尖らせながら精霊達の入っているカゴに詰め込んだ食料を見つめる。

「持ちますよ」

 ヴィルヘルムスが繋いでいない方の手を差し出すが、ファムはカゴを持ったままだ。

「途中で交代しましょ」

 ヴィルヘルムスはそっとファムの顔をうかがう。機嫌を損ねたわけではないらしいが、どうもあまり彼に頼りたくはないように思えた。

 行き先はわかっているので、二人は手を繋いだままだったがあまり会話なく歩く。


 歩きながらヴィルヘルムスは考えた。

 もしかしたらファムは貴族や権力者が嫌いなのかもしれない。これまで一方的に、散々な目に合わされてきた存在だ。

 そしてもしかしたら彼が平民ではないことに感づいているのかもしれない。

 正確にはヴィルヘルムスは王位継承候補者であり、現国王の養子だ。彼らは専用の建物で寮生活と、候補者としての教育をうけており、爵位はないが貴族階級に近い位置にいる。数年経って彼らの中から王位を継ぐ者が決定すると、即位した王以外はほとんどが国の要職に就くことになる。結果として大半以上が貴族になるが、彼自身はもしそうなった場合、自分がどう行動するかまだちゃんと考えていなかった。

 ヴィルヘルムスは自分の身分について当分黙っていようと決めた。

 彼女に拒絶されるのが怖かった。

 

 まだ日中なので城壁の門は開いており、発行された許可証を受け取って二人は外へ出た。許可証は出る際に必要なのではなく、夕方城壁の門が閉まった後に戻る場合に必要になる。

「こっちの方向で間違いないみたいね」

「一体どこへ行くのでしょうね」

「さあ……でも、でもわくわくするわね」

 小さな精霊達が指し示す方向はなだらかな丘がずっと続いており、負担なく歩いていけそうだった。空も晴れており、時折暖かな風が二人を追い越してゆく。

 探知術の口実はもう意味をなしていなかったが、昼食を摂る時間になるまでヴィルヘルムスの手はずっとファムと繋がれたままだった。


「そういえば、ファムはずいぶんと精霊に詳しいんですね」

 ちょうどいい場所にあった切り株に座り、あまり食べ慣れない濃い味つけの揚げ物を挟んだサンドイッチを食べ終え、ヴィルヘルムスは気になっていたことを尋ねた。

「そう? うち小さい頃から周りに精霊がよくいたから、ちょっと知ってることが多いだけだと思うけど」

 ファムはヴィルヘルムスの隣の切り株に座り、店から借りた水筒から金属製のカップにお茶を注ぎながら彼を見る。

「小さい頃からですか」

「うーん、あんまり気にしたことなかったけど、考えてみたらよく家に色んな精霊が来てたわ」

 幼い頃の事を思い出しているのか、ファムはカップを両手で持ちながら空を見上げる。

「言葉を話す精霊もいたのですか?」

「ええ。人に似ていた姿のや、人と全くおんなじ姿のもいたわ。大体が言動がとぼけていたり、ずれてたからすぐに精霊だってわかったけど」

 最近はあんまり現れないわねと、ファムは首をかしげて言う。

 ヴィルヘルムスは彼女の話を聞きながら内心驚いていた。人の姿をした精霊は確実に一等級以上だ。さらに“人に似ていた姿”というのは人間はめったに遭遇することがない古い種類の精霊で、等級も定まっていない。いまだにその存在が謎に包まれている。

「もしかしたら、死んだうちの両親の仕事が関係あるのかも。確か精霊に関わるものだったらしいから」

 カップの中身をひとくち飲んで、ファムが言った。

「ご両親の?」

「うん」

「それは一体……」

 興味をそそられたヴィルヘルムスが身を乗り出すようにして続けようとした時、カゴの中で大人しくしていた精霊達が騒ぎ出した。それと共に、まばらに生えた木々がざわめくと共に轟音が響きわたり、周囲が突風に包まれる。

「な、何っこれ?」

 突然の突風にファムが荷物が吹き飛ばされないよう抑えながら驚きの声をあげる。二人は強風の中で座っていられず、切り株から降りて地面へうずくまる。

 這うようにしてヴィルヘルムスはファムに近寄り、風にあおられる黒髪をかき分けて彼女を守るように肩を抱く。そして感じるものがあり、彼は空を見上げた。


 強風は吹き荒れているが空はどこまでも晴れ渡っており、あたたかそうな午後の光に満ちていた。そしてその中を何かの群れがゆったりと横切っていた。かなりの高度を飛んでいるようで一つ一つは指先よりも小さく、細部はよく見えないが大まかにだが様々な大きさや姿形をしているのがわかる。どうやら鳥や虫の群れではないようだ。

「あれは……もしや精霊?」

「ええ? あんなに沢山いるのなんて、初めて見たわ!」

 ヴィルヘルムスの声にファムも空を見上げて、吹き荒れる風にかき消されないように叫んで言う。

「もしかして……」

 ヴィルヘルムスはそう言うとカゴの中で騒いでいた精霊達を外に出した。三体とも威勢よく地面を駆け、突風にあおられるようにして空中に飛び出し、どんどん上空へ向かって飛んでいく。

「あの子達、あの群れに合流するつもりだったのね!」

 豆粒よりも小さくなった精霊達は、上空の精霊の群れらしきものの所へ到達すると、そのまま川の流れのようにゆっくりとどこかへ向かって飛び去っていった。


 精霊の群れが見えなくなるとだんだんと強風も弱くなり、しばらく経つと元の穏やかな丘に戻った。空は何事もなかったかのように穏やかになり、鳥の声さえ聞こえてきた。

 しかしあたりの草花は折れ曲がり、地面には木の葉やファムの抱えていたカゴの中身が散らかっていることから先程の出来事が現実であったことがわかる。

「あれ……なんだったのかしら」

 ファムは呆然とした様子でよろよろと切り株の上に座り直すと、風に煽られて前も後ろも分からない状態になっていた黒髪を一生懸命に手ぐしで整えはじめる。

 ヴィルヘルムスは自身を落ち着けるためにゆっくりとした動きであたりに散った荷物を拾い集めつつ、先程見た光景を思い返す。

「精霊が集団で移動しているようでしたが……」

 カゴに全てを戻し終わると、彼は精霊の集団が飛んできた方向を見た。

「あの方向には……緑閑国がありますね」

 今更になってヴィルヘルムスはファムが保護していた小さな精霊の姿の特徴に気づいた。あの精霊達は皆くすんだ茶に近い赤色の身体をしていた。あれは緑閑国の精霊に当てはまる色だ。では緑閑国から来た精霊達だったのだろうか

 群れの規模からいってもかなりの数の精霊がいたはずだ。まるで集団で移住するかのような規模だった。あの国で何か異変が起きているのだろうか?


「ぷふっ、あ、あはははは」

 ヴィルヘルムスがじっと空の向こうを見つめて考え込んでいると、突然ファムが声を上げて笑い出した。見るとなにやら彼を見ながらお腹を押さえて笑っている。

「どうしました?」

「し、真剣な顔して、そ、その頭っ! ふふふ」

 涙目になりながらも笑い続けるファムが、苦労しながらポケットから手鏡を取り出し、差し出してくる。大体予想はついていたが仕方なくヴィルヘルムスは受け取り、自分の顔を見た。

 短めだがそこそこ長さのある頭髪はてんでばらばらの方向を向いており、適当に切った藁束わらたばのような有様だった。手でなでつけ何とか戻そうとするがけっこうな時間突風に煽られ続けていたため、なかなか元に戻らない。何度整えても所々が飛び出してしまう。

「も、もどらない、なんて、あははは」

 それがさらにファムの笑いのツボに入ったようで、咳き込みながらもさらに笑い続ける。あんまりに笑ったせいでせっかく整えていた彼女の髪もばらけ始め、風に煽られた時より酷い状態になっているが、彼女は気にせず笑い続けていた。

「ふっ」

 その光景に思わずヴィルヘルムスも吹き出してしまった。

「ふふ、はははは」

 晴れ渡った青空の下、二人はしばらく笑い続けていた。


 ようやく笑いが収まり、目元の涙を拭きながらファムが言った。

「あなたが声を上げて笑うの、初めて見た」

「そうですか?」

 まだ余韻で笑いながらヴィルヘルムスは答えた。

「素敵な笑顔ね」

 そう言って彼女は嬉しそうに笑い、彼は今までで一番幸せな気持ちになった。



「それじゃあ帰りましょうか……」

 言葉が途切れ、一息つくとファムは立ち上がり、カゴを持ち上げて一歩先に歩き出す。

 彼女が自分から離れたその瞬間、ヴィルヘルムスの身のうちにため込んでいた感情が一気に押し寄せてきた。


「好きです」

 ほとんど、彼の内側から自然に零れ落ちるかのように、言葉が出てきた。


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