4 精霊の加護 1
普段はめったに参加しないのだが、ヴィルヘルムスは王宮で開かれる催し物のひとつに出てみることにした。王族や貴族達が交流するために開かれるそれは、高齢の国王があまり参加することがない分、勉学に支障が出ない範囲で王位継承候補者達も自由に参加することができる。
午後の日差しは温かく、何種類もの花が咲き乱れている西の庭園には多くの貴族がおり、テーブルからめいめいにひとくちサイズの料理や菓子をつまみつつ、酒の入ったグラスを傾け話に華を咲かせている。そのなかにはヴィルヘルムスの同僚兼競争相手にあたる王位継承候補者達の顔もちらほらと見える。彼らはこういった機会を利用して自身の売り込みにいそしんでいるのだ。
ヴィルヘルムスは会の始めに顔見知りの貴族や高官の何名かと挨拶と適当な雑談をこなすと、その後は会場を一望できるテーブル席に落ち着いた。そして風景を楽しむふりをしながら貴族達とその愛人を観察した。
夕食会などかしこまった席ではない、こういった昼間の屋外での催しものは参加できる人数も多いために愛人同伴の貴族も多い。
男女問わず、愛人はひと目でわかった。衣裳が派手なのだ。豪華な装飾品を身につけ、感情の見えない微笑みをする。貴族たちの権威を知らしめるにはいい宣伝塔になるのだろう。
足を組み、テーブルに頬杖をつきながらヴィルヘルムスは華やかな世界を眺めた。ひととおり観察した後は目の前の光景に興味がなくなり、気がつけば空を眺めていた。
半時ほどそうやって過ごすと、ヴィルヘルムスは主催者に挨拶をして早々に庭園を退出した。
「よお、ヴィルヘルムス。元気にしてっか?」
帰り道の途中で王宮の図書室へ寄ろうとしたところで、ヴィルヘルムスは声をかけられた。
「ジェスル。こんなところに何の用事ですか?」
かつてヴィルヘルムスが青嶺国に留学していた時に親しくなった青い髪の友人は、図書室につながる王宮の外廊下にいるには珍しい相手だった。
「お前を探してたんだよ。どうしたんだそんな気取った格好して」
行儀悪く手すりに腰掛けていたジェスルは、面白そうにヴィルヘルムスの華やかな刺繍が施された上着を眺める。
「園遊会に出てみたんですよ」
「へえ。お前そんなのに出るのか」
「ごく稀にですが」
「ふうん。ま、変わり者のお前も一応王位継承候補だもんな。俺んとこではそういうのできないけどさ」
「どうです、“青嶺国の王子”の身分は?」
「ひっでーのなんの。本当にいきなり放り出しやがった。俺が何わめいてももう誰も見向きもしないんだぜ? とりあえず身体動かせる仕事を探したんだが、国の騎士団は目茶苦茶出世しにくいらしいんで、結局大空騎士団に入ったんだ」
彼は去年十五歳になり、彼の国の王族制度の一環として、“青嶺国の王子”として扱われることになった。支援も援助もない生活に色々思い出すものがあるらしく、なにやら顔をしかめている。
「あそこは実力主義らしいですから自由にできるんじゃないですか」
「まあな。給料は低いが気楽でいいぜ。あちこち出かけられるし。今回この国に来たのも大空の仕事だ」
そう言うとジェスルは背後の廊下の先を指さす。
「うちで発見された古書の写本を届けに来た。機甲術だったか? 前にお前が依頼していたやつだ。で、ほれ」
ジェスルはさりげなく柱の陰にヴィルヘルムスを誘導すると、懐から紐で雑に束ねた紙の束を取り出す。写本のさらに写しのようだ。
「ちゃっかりしてますね」
ヴィルヘルムスはそれを素早く受け取ると自分の懐にしまい、代わりにポケットから菓子が入っているような小さな紙の包みをジェスルに渡す。
「需要を把握してるだけだ。こんな大昔のわけわからん術の資料を欲しがるのなんてお前くらいだし。俺金欠だし。……しかしお前ほんと顔に出ないな。せっかくの俺からの贈り物に少しは嬉しそうな顔をしろよ」
ジェスルは不満そうな口調とは裏腹に、傍目からは世間話をしているように見えるにこやかな表情でヴィルヘルムスの肩に手をかけてくる。
「嬉しいは嬉しいですよ。また期待しています」
ヴィルヘルムスはにこやかとは言えないが、いつもどおりの淡々とした調子で答える。
「あーあー、わかったよ。お前ってそういう奴だよな。で、それ何に使うんだ?」
「人工精霊に使おうかと。原理はわからなくても仕組みくらいなら応用できます」
「そんな事できるのか! 完成したら見せてくれよ」
「ええ」
翌日は待ちに待ったファムとの約束の日だった。ヴィルヘルムスは前回と同じように鞄を持ったが、その中に結界を記録する道具も入れておいた。
「こんにちは」
「あ、ヴィルさん、こ、こんにちは!」
いつもの広場にファムはいた。ヴィルヘルムスは思わず駆け足になりそうなところを我慢し、落ち着いて見えるような足取りで近づく。淡い空色のワンピースが彼女の黒髪にとても似合っている。それを口にしようとしたが、彼女のうわずった声の挨拶が気になった。彼女はなにやら背後を気にしているようだ。
「どうしたんですか?」
「なんでもないの! えっと、今日は私、花屋をしないの」
それを聞いてヴィルヘルムスは嬉しくなった。もしかしたら自分の為にわざわざ時間を作ってくれたのかもしれない。そう思うと腹の内がむずがゆくなる。
「それで、その、あのね実は……げっ」
落ち着かない様子のファムが背後に隠すように持っていたカゴを覗きこみ、表情を変える。
「げ?」
ファムの発した不思議な声と共に、ヴィルヘルムスの頭に衝撃と痛みが走った。
「ひぃい! 何やってんのよアンタ!」
頭を抱えてうずくまるヴィルヘルムスの傍に悲鳴をあげながらファムが駆け寄ってくる。そして彼の頭上から何かを掴み上げた。
「……ナンデスカそれは」
「えっと、精霊……です」
ファムの右手に掴まれたそれはよくある民芸品の人形の姿をしていた。布でできており、子供の身代わりとして病や事故を肩代わりしてくれるという、古くからあるものだ。
だがそれは動いていた。ファムに背中を鷲掴みされて身動きがとれないらしく、短い手足をじたばたさせている。
「……そんな精霊見たことないのですが」
こんな街中にいるために人間の作ったものに擬態しているのだろうか?
「そうなの? この国じゃ珍しいのかしら。街の外だとたまに見かけるわよ? 野原とか」
ヴィルヘルムスは頭痛と共に軽くめまいがした。
民芸品の人形…飛騨高山のさるぼぼみたいなものをイメージしてます。あれ超かわいいと思うんだ。