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くろやみ国の女王  作者: やまく
思いと答えの始まり
62/120

3  調査と貴族

   

 

 

 ヴィルヘルムスにとって次の休日までの時間はとても長かった。黒髪の女性、ファムと会ったときに何を話そうか、彼女は何の話なら興味を持ってくれるだろうかと、その事ばかりを考えていた。

 ようやくの休日になるとヴィルヘルムスはなるべく自然に通りがかった風に見えるよう、鞄に本や筆記用具などを入れ、彼女がいるはずの広場に向かう。


「こんにちは」

「あ! ヴィルさん。こないだはありがとう! 見て、本に書いてあったことを参考にしてみたの」

 そう言うとファムは笑顔で手に持ったカゴを見せてきた。

「あまり見かけない植物ですね」

 花もあるが、草もある。このあいだ売っていたものとは違い、華やかさには欠けるものだった。

「今日は普通の店で扱わないものにしてみたの。見た目は地味だけど、これとか料理に使えるし、こっちはお風呂に入れるととってもいい香りがするのよ」

 カゴの中はもう半分ほどなくなっていた。

「ここだけの話、実は全部うちの裏庭から取ってきたから元値タダなのよ!」

 彼女はヴィルヘルムスの耳元に顔をよせ、得意げに、しかし秘密を打ち明けるように小声で言った。ヴィルヘルムスは頭が真っ白になりながらも、なんとか「それは素敵ですね」と返すことに成功した。

「この広場は主婦がよく通るから、こういったもののほうがよく売れるみたい。こんなに売れるの初めてよ。もう少ししたら売り切れちゃいそう」

 彼女が本当に嬉しそうに言うので、ヴィルヘルムスは自分も嬉しくなり思わず微笑んだ。

「それはよかった」

 それから二言三言会話した後、ファムから待望の言葉が出てくる。

「あの、ヴィルさん今日の夕方は暇? できればこないだの本の内容で教えてもらいたい所があるんだけど……」

 そう言いながらファムはカゴの底からノートを取り出す。どうやら本の内容について自分でまとめたもののようだ。

「ええもちろん」

 あまり意気込みすぎないよう、声の調子に気をつけながらヴィルヘルムスは返事をした。夕方と言わず、今日一日全部あなたのために空けてあります。とはさすがに言わなかった。



 あっという間に夜になり、なんとかファムから次に会う約束をとりつけ、達成感と高揚した感情と共に帰宅したヴィルヘルムは知らせを受けて軍部へ向かった。


「あなたが先日の賊ですか」

 案内された個人牢には拘束具をつけた状態でうずくまる男がいた。

 ヴィルヘルムスは鉄格子越しに声をかけると、持っていたランプに法術で明かりを灯すと足元に置いた。

「この気配……あの結界はあんたのか?」

「そうです」

 ぐったりしていた男は顔をあげる。

「学者の仕掛ける罠にしてはえげつなかったが……こんな坊ちゃんにやられたとは」

 ランプに照らされたヴィルヘルムスの顔を見て、男は苦笑する。

「法術の研究部から機密情報を盗もうとする人物に手加減は必要ないんですよ。しかしあれを半分以上くぐりぬけた貴方もなかなかの腕前ですね」

「そいつはどーも。で、俺に何のようですかい? 処刑日の通達ですか?」

「あの結界の謝礼は罠に引っかかった貴方です。今から私の配下になってもらいます」

 ヴィルヘルムスはその旨が書かれた書類を提示する。


 白箔国の法術研究部は大陸でも最先端の研究が行なわれており、そこから情報を盗み他所へ売りつけようとする者は多い。男はヴィルヘルムスが試作した結界に引っかかった唯一の賊だった。

 その結界はあえて目立たず、重要そうにも見えないように作られているが、ある程度隠蔽術や特殊な法術に詳しい者が見ればかなり気になるような造りをしている。そのため引っかかるのは隠密行動が得意で、かつ、かなりの術者だけ。つまりヴィルヘルムスが必要としているような人間だけが捕まるような結界だった。

 男の出身は元々海賊だったが、そのうちより刺激を求めて大陸各地で単独で活動を始め、各国に情報を売って渡り歩くようになったらしい。

「貴方の実力を買っての専属契約です。有能に働いてくれるなら後々国の調査機関にも推薦します。貴方の好奇心も満たせますし、それなりの危険とも戯れることが出来ますよ」

 ヴィルヘルムスの言葉に、男の表情が動く。

「この国の裏の世界に踏み込む気はありませんか?」

 男はふたつ返事で了承した。ヴィルヘルムスはそれを受けて牢番に鍵を開けるよう指示を出す。


「名前は?」

「ルトガーだ」

「私はヴィルヘルムスといいます」

 両腕両足を固定していた拘束具が外されるとルトガーはしっかりと立ち上がり、渡された書類に名前を書き、自分の契約印を施した。完成した書類に現れた契約印にルトガーは眉を動かす。

「あんた王位継承候補か」

「そうです。そして貴方は今からその影の手先ですよ」

「そりゃ楽しみだ。で、俺は何をすればいいんで?」

 軽く伸びをしてルトガーは言った。

「平民街にいる、ファムという黒髪の女性の周囲について調べてください」

 そう言い、ヴィルヘルムスは機密保持の法術をかけた彼女についての資料を渡す。ルトガーはそれにざっと目を通すと空中に放り、資料は一瞬で煙と化した。

「ただの身辺調査ですが、裏に貴族がいます。それに上級精霊の気配がするので気付かれて消されないように」

 ヴィルヘルムスの言葉にルトガーの目付きが変わった。



 三日後、指定してあった時間にヴィルヘルムスが地下書庫で一人読書をしていると、音もなく書類を抱えたルトガーが現れた。

「いやぁ、旦那の依頼、驚きましたぜ。お陰でいくつか精霊の結界にも遭遇できましたよ」

「それは珍しい。記録は?」

「とってありますぜ」

「あとで提出しておいてください。それで、彼女に後見人がいない理由は何かわかりましたか?」

 ヴィルヘルムスは本を閉じて立ち上がり、ルトガーは目を細めた。

「旦那が気になってたのはそこですか」

「ええ」

「じゃあ俺がやっかいな精霊に追いかけられる必要はなかったわけですかい」

 やれやれと言いながらルトガーは最寄りの机の上に地図や資料を広げた。ヴィルヘルムスは近寄り、黙ってそれを覗き込む。


「後見人の件、調べましたぜ。この女性、貴族の誘いを断ってます」

「貴族の名前は?」

 ルトガーは黙って書類の一箇所を指し示す。

「俺より旦那のほうが詳しいんだろうが、ま、大物ですね」

 ヴィルヘルムスが自分で調べても出てはこなかった名前だ。案の定、何十人といる王位継承候補の一人である自分ではとうてい手が出せない立場の相手だった。

「こいつに睨まれたせいで元々働いていた花屋を辞めさせられて、今は経営者同士が関わりある別の店で臨時雇いで働いてます。店の正式な従業員として書類に名前が載るのがまずいらしいって訳で。後見人がつかないのもこの存在のせいですね」

「そうですか」

 いくら貴族と平民の身分差があるといえど、白箔国の制度は人々のためにひととおり整えられている。この国で何年も暮らし、働いている人間に後見人がいないというのはおかしな話だった。

 親類も後見人もいないということは身分を証明することができないのと同じ。図書館だけでなく、一般的な生活を送るのでも支障が出ているだろうに、そんな素振りを見せず彼女は笑顔で過ごしていた。


「貴族の誘いというのは、愛人ということですか?」

「まあその類いですが、もっとろくでもないものだったようです。北の方の貴族は囲う愛人の数で権力を誇示するってんで、個人向け娼館みたいなもんでしょう」

 ルトガーの言葉に、笑顔でこちらに手を振るファムの姿が脳裏に浮かんでくる。この国では一夫一妻が基本だが、貴族が配偶者以外の複数の恋人を持つのはよくある話だ。だが実情についてまでヴィルヘルムスは知らなかった。

 周囲のランプが地下にも関わらず強風に吹かれたようにゆらいだ。

「そこでうまい具合に蹴りが入ったんだそうで」

「今なんて言いましたか?」

 そのまま続いたルトガーの報告に、ヴィルヘルムスは思わず聞き返した。

「向こうもムキになって強引に出たようなんですが、抵抗して蹴りを入れて逃走したそうです。平民の腕にしちゃあ、まぁうまくいった方ですね。かなり度胸あるお嬢さんのようで」

「そうですか……」

「それでこのお貴族さんはひどく機嫌を損ねたらしいんですが、不思議なのはこの件で直接罪に問うことはなかったようなんです。遠回しに嫌がらせをするようになったのはそこからですね」

「確証は?」

「ありますぜ」

 ルトガーが上着の袖の内側から小さな紙片を取り出すと、ヴィルヘルムスは手に取り観察する。その紙片は走り書きだけで法術も施されておらず署名もないが、ある階級以上の貴族の書き方だった。このことは不問にするといった指示が書いてある。

「確認しました。これは元あった場所へ戻しておいてください。ずいぶんと奥まったところまで行きましたね」

「研究所の保管庫に比べたら退屈な場所でしたがね」

 確かに国の最高機密に比べれば警察隊の書庫程度は何もないようなものだろう。

 だがそれ程の腕を持つルトガーでも何故貴族が手を引くことになったのかは分からないという。

「この件を彼女は……」

「ここまでのことは知らないようですね」

 ヴィルヘルムスはファムの言葉ひとつひとつを思い出していった。彼女はごく普通の白箔国の国民ようでいて、そうでもないらしい。


精霊のくだりは次回以降の説明になります。


2018/02/13: ヴィルヘルムスとルトガーの会話部分を加筆しました。

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