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くろやみ国の女王  作者: やまく
第四章 王子、噂、船出
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船出と羽毛と銀の騎士 3

 

 

 

「よお、迎えに来たぜ」

「道中よろしくね、カラノス。それに黒堤組のみなさん」

 地下から出てきた列車を降りて港に向かうと、すでに黒堤組が到着していた。黒ずくめの私の姿を見て、カラノスは片眉を上げて反応する。

「えらく厳重な格好だな」

「意外と中は快適よ」

 でも足元は良く見えないので、黒い霧のようなヴェールを突き抜けるようにしてカラノスが差し出してきた手をとり、両手を広げた幅ほどの板を渡って彼らの移動艇に乗り込む。

 手を戻すと、ヴェールは何事もなかったかように隙間を閉じ、ふんわりとなめらかな表面に戻った。


 私の後にブルムを抱えたハーシェが乗り込み、手ぶらのジェスルが続く。そして最後に黒と銀の鎧が荷物を担いで乗り込んだ。

「青嶺の坊ちゃんはまだいたのか」

「いて悪いか」

「彼は途中で青嶺国に引き渡す予定よ。はいこれ、目的地の座標と航路」

 むっとするジェスルを脇にどけて指先ほどの大きさの黒い記憶ブロックをカラノスに渡す。

「あんたら、荷物少なくねえか? 会場設営担当なんだろ?」

「設営機材はさっき別便で出発したわ。そっちにいろんな荷物も詰めたから、船旅には最小限の物だけ持ってきているのよ。この船で行くの?」

「いいや。銀鏡海を抜けた先に長距離航行用の船が待機している」

 話をしている間に船は発進していて、波の少ない灰色の海と灰色の空の下を勢い良く進んでいた。銀鏡海はとても静かで、私たちの乗った小型移動艇のエンジンの低い振動音だけあたりに響きわたり、鳥は一羽も飛んでいない。風に煽られながら後ろを振り返ると、暗い雲の下にたたずむお城が小さく見えた。


 しばらく進んでいくと、周囲の色が変わった。海は少しずつ波が高くなり、青味が増して、透明感が出てきた。空も雲が薄くなり、陽の光が強くなり、そしてー

「青空だわ!」

 もう何ヶ月も見ていなかった青い空が現れた。

 思わず声をあげ、めいっぱい背を伸ばして空を仰ぐ。ヴェールは視界をさえぎること無く、本来の世界を見せてくれていた。

 どこまでも突き抜けるような底のない青い空に、白く輝く雲がちらほらと漂っている。

 胸いっぱい空気を吸い込むと、少しべたつく潮風と、生き物の匂いが混じった温かい匂いがする。

「見て! ハーシェ、魚もいるわ」

 海面すれすれを泳ぐ影を見つけて隣に来た影霊に指し示す。

「まあ、こんな広いところを泳いで、疲れたらどこで休むのでしょうか」

 船のふちに手をかけて軽く覗き込み、ハーシェは驚いたように言う。

 きらきらと光る波しぶきが眩しくて、思わずもう一度背後を見ると、空と海の間に一箇所だけ暗く雲がかかった黒い小さな大地があり、異質な風景を作り出していた。

「外からだとああいう感じに見えるのね」

 だいぶ慣れたつもりだけれど、陽の光の中から見るとすごく違和感があるわ。普通だったら近づく気にも慣れないくらい、陰気ね!

「以前はもっと瘴気が濃かったので雲に覆われて何も見えなかったんですよ」

 隣に来た銀色の鎧がそっと教えてくれた。

「そのうち、お城からも青空が見えるようにしたいわね」

 達成したい目標が増えたわ。



 海がすっかり波と青さを取り戻したあたりで、待機していた黒堤組の別の船が現れた。船体の背後の部分が開いて、移動艇ごと中に入る。

「おおきいわねぇ」

 家一軒分くらいの大きさだった移動艇が余裕で中に入ってしまうくらい、この船は大きかった。王の間とどちらが大きいのかしら?

「長い航行用ですから物資も人員も多く載せられるようでかいんですわ。本隊の母船はもっとでかいですぜ」

 黒いバンダナをした男性が教えてくれた。

「こっちだ。あんたたちの客室に案内するぜ。足元気をつけな」

 一度足元のパイプにつまずいてこけそうになったけれど、銀の鎧が支えてくれた。



「航路を見たが、到着まではざっと見積もって三日だな」

「わかったわ。予定通りにいきそうね」

 客室に案内されて、海図と航路を見ながらカラノスから説明を受ける。

 こちらから渡した資料にざっと目を通すと、海賊の代表は面白そうにくろやみ国使節団を見渡して最後に私に目を戻した。

「今回のあんたは“単なる使者”って訳か」

「そうよ」

「あんたと似たような格好のと子竜は部下。んで護衛か。数は少ねえが“くろの騎士”二体はいい牽制になるだろうな」

「あら、知ってるの?」

「噂はかねがね。大空騎士団の陣地で派手に暴れたそうだな」

 そう言うとカラノスは私の後ろを見ながらにやりと笑う。

「大陸どころか、海賊にまで名前が広まっているのね」

 ちらりと背後を振り返ると、黒と銀の鎧がどちらも同じ姿勢で立っている。さらに眺め続けていると、黒いほうがちょっと気まずそうに身じろぎした。


「そしておまけの青嶺国の王子と……。こいつはあんたらと同じ扱いでいいか」

 顔を軽くしかめ、カラノスは人員表をつつく。

「ええ。私たちの管轄下だから部屋も同室でいいわ」

 ちなみにジェスルはハーシェと共に客室に二つある寝室と浴室部分の点検をしてまわっている。なんだかもうすっかり私たちに馴染んで行動してくれているのよね。


 カラノスは資料をさらに読み進める。

「それで、今回はまたそれぞれ役名がつくわけか」

「ええ。ハーシェとブルムは変わらないけれど、背後の鎧は黒い方がズヴァルトで銀色の方がジルヴァラ。使者の私がナハトよ」

 名前を呼ばれるとズヴァルトは頷くように、ジルヴァラは優雅にお辞儀をして答えてくれた。

「“黒”に“銀”に“夜”か。見たまんまの名前だな。じゃあナハト、ゆっくりくつろいでくれ。夕食後にでも船の中を案内する」

 カラノスはそう言って微笑むと、部下を連れて客室を出て行った。


 彼らの足音が聞こえなくなると、私はヴェールの下に隠し持っていた、ふわふわの羽毛のかたまりを取り出してテーブルの上にそっと置いた。

「さて、通信状況はどうかしら」

 眠っているかのように眼を閉じている影霊をそっとなでると、明るい灰色の目が開いた。

 丸い頭にふかふかの銀灰色の羽。羽毛に覆われていない足の先と嘴だけが緑がかった黄色をしている。

 影霊はこちらを見上げ、それから一度首を傾げると、その尖った口をひらいた。

「“接続”を維持中。ベウォルクトに交代しますか?」

「お願いするわ、サユカ」

 私の答えを聞いて影霊のサユカはまたゆるゆると目を閉じ、再び開いたときには瞳の色は暗い銀色になっていた。


「代わりました。ファムさま、お元気ですか」

 かわいらしい声が一変して、ベウォルクトの落ち着いた声がする。

「元気よ。さっき別れたばかりじゃない。それとここはもう外だからコードネームで呼んでちょうだい」

「かしこまりました。ナハトさま」

「こちらは黒堤組の船の中よ。なかなか良い部屋を用意してくれたみたいだわ」

「それはなにより。ジルヴァラ、気密装置の具合は?」

 爪のついた細い足を小さく動かし、羽毛のかたまりは銀色の鎧の方を見る。

「うまい具合に動いていますよ」

 見るとジルヴァラは黒い鎧のズヴァルトと共に床や天井の隅に四角い装置を取り付けている。

「しかし羽毛の姿で喋ってもなかなか様になっていますね、ベウォルクト」

「ふくろうです」

 ベウォルクトではなく、サユカ自身の声が答えた。


 ジルヴァラが四角い装置の一つの表面のパネルを操作し、最後に黒いボタンを押すと、空気が震えるような感覚がした。

「これで大丈夫です。ファ、ナハトさま」

 今間違えかけたわね。

「ありがとう、ジルヴァラ」

 合図を受けてヴェールを取る。

「ふー、やっぱり何も無いほうが気が楽ね」

 邪魔になるからと結い上げていた髪も解いて椅子の背にもたれかかり、軽く伸びをして一息つく。

「半日ごとに身体データを録ってこちらへ送ってくださいね」

 銀灰色のふくろうがくちばしをかちかち鳴らしながら言う。


「わかってるわよ。ハーシェ、ちょっと来てちょうだい」

『はい』

 ハーシェに声をかける、寝室からハーシェとブルムを肩に乗せたジェスルが現れた。

「海賊っていい物使ってんだな。アメニティも全部揃ってたぜ」

 用意してきた石鹸は必要なかったらしく、ジェスルの手の中で転がされていた。

「そうなの、ありがとう。ところでジェスル、私たちこれから最終会議をしたいの」

「わかった。俺はちょっと散歩してくるわ。こいつを連れてけばいいんだろ」

 そう言い、青い髪の青年は軽い動きで石鹸を荷物の中に放り込んで肩のブルムを指さす。

「ええ。一応あなたは青嶺国に引き渡すまでくろやみ国の一員扱いだから、くれぐれも大人しくね。ブルムから離れないでちょうだい」

「ああ。世にも稀な銀竜だ。奪われないよう守ってやるさ」

 そう言うとそっと指先でブルムの首筋をそっとなでる。竜が好きみたいね。

「ブルムも、ジェスルのことよろしくね」

『おまかせください。こいつがおかしな動きをしたら容赦なく脳天をかち割らせていただきますわ!』

 銀色の小さな古代竜はそう言うと目を細めて笑うように口を開き、尖った銀色の歯を見せた。

「お、笑うと結構かわいいなお前」


 ブルムの言葉、ジェスルに聞こえなくてよかったわ。


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