船出と羽毛と銀の騎士 2
冷凍していた誕生日祝い用に焼いていたスポンジケーキを出してきて、クリームとフルーツと、砂糖菓子の花で飾る。
あとはライナが用意してくれた木の実入りのクッキーと、ハーシェが入れてくれたお茶で出発前最後のお茶会をひらいた。
「ライナ、留守中この国をよろしくね」
「はい。任せてください」
「くれぐれも無茶はしちゃ駄目よ。不安に思ったらすぐにみんなを頼るのよ」
「わかりました!」
羽と角をもつ少女がまっすぐに答える。
私の留守中はライナが女王代理として国の守り手につくことになっている。制限はあるけれどベウォルクトを補佐として城のシステムもある程度動かせるようにしてある。
「シメオン、ライナを守るのよ」
「もちろん、わかってるよ」
ちょっとすねたように少年が答える。
「ちゃんとあなた自身も無事でいるのよ。あなたがどうかなっちゃうとライナが泣いて泣いて、体調崩すわよ」
「う、うん……わかった」
「ゲオルギ、二人を守ってね」
「ギュー!」
黒竜が元気いっぱい吠える。
「ブルム、サポートをお願いね」
『まかせてくださいな!』
銀色の鋭い尻尾を振り回しながら子竜が言う。
「ハーシェ、もしもの時はちゃんと動けるわね」
「お任せください」
銀髪の女の子が答える。
「サヴァ、みんなを守ってね」
「はい」
黒いこの国の騎士服を着た青年が頷く。
「レーヘン、国を代表する精霊としてしっかりするのよ」
「頑張ります」
銀髪の精霊が力を込めて答える。
「ジェスルは……船旅では大人しくしていてよね」
「わかってるって。またこの国来てもいいか?」
青い髪の青年が愉快げに言う。
「気に入ってくれたのなら来てもいいわ。まあ、一人で来れるものならね」
「ベウォルクト、あとは任せたわよ」
留守番組の闇の精霊はいつもどおりの布で隠れた顔で頷いた。
「かしこまりました。ファムさまも、くれぐれも無茶をなさらないよう」
「わかってるわよ。なるべく大人しくしてすぐに帰るつもりだし。それに、私に何かあってもみんながいるから大丈夫よ」
そう言うと、ジェスル以外の全員が私を見た。な、何よ……
「何かあってからでは困ります」
レーヘンが普段より強い調子で言う。
「ち、ちゃんと生きて戻るつもりよ……ヴェールは脱がないし、体調管理も気をつけるわ」
お茶会を終えて荷物の再確認とかをしているうちに沿岸に黒堤組の船が確認された。
「じゃあ、行ってくるわね!」
私を含めた出発組は港まで直行の列車に乗り込んで、留守番組に明るく手を振る。城内の駅ではライナとシメオンが手を振りかえしてくれて、ゲオルギも尻尾で答えてくれた。
「よいしょ」
列車が外へ向かう地下トンネルに入ったところで例の黒いヴェールをまとう。
ヴェールの下はばっちり正装を着込んでいる。細身の長いベストは胸元と首周りの飾りに黒いレースのフリルが追加されて可愛くなって、ワンピースは腿のあたりからたっぷりとしたドレープが入って歩きやすいように改良されている。まあ、全部ヴェールに隠れて見えないんだけれどね……
ハーシェも膝上までのヴェールをまとい、お互いに確認しあう。うん、ばっちりね。
「色々尋ねたいのは分かるけど、こっちも事情があるのよ」
もの言いたげなジェスルの視線に思わず答える。
「無事に帰りたいのならここから先、私たちのやることを詮索しないでいてほしいわ」
私の言葉にジェスルはひとつ息を吐くと、頭の後ろで手を組んで座席深くもたれかかる。
「わかった。俺個人としてはこの国とは友好的にいきたいからな、特にシメオンの事は言いふらすつもりはない。まあ、“くろの騎士”、騎士サヴァについては俺が黙っていても速攻ばれるだろうな。……なんか増えてるけどよ」
ジェスルがうんざりした様子で見た先には、輝きのない黒い鎧とにぶく光る銀色の鎧が座席に並んで座っている。私たちの視線に気づいて銀色のほうが挨拶するように軽く片手をあげた。
二名ともくろやみ国の紋章が入った丈の長いケープを羽織っていて、黒い鎧は鈍く光る灰色に近い銀色を、銀の鎧は深い黒色になっている。黒い鎧の隣に積み上げられた荷物の上にはブルムがとまっていて、退屈そうにあくびをしていた。
まだ到着までに時間があるわね
この時間を利用して一つ気になっていることを片付けておきましょうか。
ジェスルから離れた位置に座り、集中するために眼を閉じる。ハーシェがジェスルに話しかける声が聞こえる、さらにその先へと意識を向ける。
「マルハレータ、元気にしてる?」
『ああ? なんだ?』
小声で話しかけると、頭の中で返事が返ってきた。
旅立ったマルハレータ達は、あちこちふらふらしながら赤麗国あたりを旅しているみたいだけど、最近なんだか揉めているらしいのであんまり話しかけないようにしていた。
一応、今度の会合のことはざっくりと伝えてあるけれど、余裕のあるうちにもう少し状況を確認しておきたかった。
「私たちこれから国を出るのよ。そっちはどう? 順調?」
『あー、海のあれか。ああ。わかった。あんた弱いからちゃんと守ってもらえ、ちっ! てめえっ!』
声しか聞こえないから状況がわからないけれど、慌ただしい雰囲気が伝わってくる。
「だ、大丈夫? どうしたの?」
『後にしろ。おれは、こいつを、殴るので、忙しいっ!』
「どういうことなのよ……ちょっとローデヴェイク」
『ああ? いま建て込んでんだ。くそっ、おい待てこら!』
相変わらずみたいね、あの二人。同じ場所にいるのよね? 何やってるのかしら。ちょっと心配だけれど向こうは会話できる状況ではないみたいだし、彼らについてはしばらく後まわしにするしか無さそうね……
なんとも言えない気持ちになって抱えている銀灰色の羽毛のかたまりを見つめると、かたまりは首をかしげて慰めるようにそっと見つめ返してくれた。
◆
「さあ、ファムさまと兄さん達が戻るまでにこの国を守らなくちゃ! よろしくね!」
背中の翼を大きく羽ばたかせ、腕に乗せた羽毛のかたまりをなでながらライナが力強く言う。
「ライナ、羽根は大丈夫?」
別の羽毛のかたまりを肩に乗せたシメオンが心配そうに言う。
「こんなの、ちょっと痛いだけだよ。また生えてくるし。飛行訓練はしばらく休むけど」
「もしかして、今回の影霊に使っていた羽根はライナさんのですか?」
頭の上に羽毛のかたまりを乗せたベウォルクトがもしやという風に尋ねる。
「はい。ファムさまと話しあって私のを使ったんです」
今まで病弱で、何にも出来ないちっぽけな存在だったライナが自国の守りを任されたのだ。なんとしてもやりとげたい仕事だった。
女王いわく、「留守番組の仲間として、あなた達の指示もきいてくれる子にしなくちゃね」ということで、どんな影霊にするのか、姿や能力についてを女王や精霊達と話し合い、核に使うものを探した。その結果、自分の羽根にしようと決めたのだ。
決めれば後の行動は早かった。速攻でシメオンの部屋に押し入り、彼がこっそり拾い集めていた彼女から抜け落ちた羽根をひとかかえほど押収した。
「ほとんどはシメオンが集めていたものを貰ったんですけど、新鮮なのもあったほうがいいと思って、背中からも引き抜いたんです。私じゃ手の届かない所のはシメオンが手伝ってくれました」
最初は嫌がった彼だったが、脅すようにして頼みこみ、最後は涙目で頼みを聞いてくれた。
「そうですか、羽根を……集めていたんですか?」
ベウォルクトは顔を赤くしつつバツの悪そうに遠くを見るシメオンを眺め、自分の羽根を幼なじみにこっそり収集されていたにも関わらず、たいして気にしないどころか黙認していたライナを眺め、幼馴染二人のふわふわした関係を掴みきれず首を傾げる。
頭部に止まった羽毛も同じように首を傾げた。
「とりあえず、無理やり羽根を引き抜いたのでしたら傷の手当をしましょうか」
◆