船出と羽毛と銀の騎士 1
「この辺でいいかしら」
この国はいつも曇りだから国土のどこも日当たりもなにも関係ない。
なのでお城に近い、やや土が柔らかいあたりでシャベルを突き刺し、穴を掘る。ある程度掘り返したところで肥料とつやつやした灰色の種を入れ、土を被せる。
「がんばって芽を出してね」
特別に加工されたこの種が芽を出せば、本格的に国土の土壌回復を開始できるという合図になる。
「ファムさま、タグを」
「ええ」
ライナから植えた日付が書かれたタグを受け取り、土の上に指す。あたりには同じようなタグが無数に刺さっているけれど、芽が出ているものはひとつもない。
立ち上がり、空を見上げると以前は暗い灰色だった雲は白いものに変わっていて、雲の層がずいぶんと薄くなっているのがわかった。
「さあ、これで出発前にやっておく事はひと通り終わったわね。ライナ、戻りましょう」
「はい!」
お城に戻り、手を洗ってから王の間に入ると、漆黒の鎧を着込んだサヴァとゲオルギがピンクのクッションの上で丸まって眠るブルムを覗き込んでいた。
「顔は怖いけれど寝ている分には十分に可愛いわね。一緒に遊んでいたの?」
サヴァがボールのようなものを持っていたので思わず尋ねてみた。
「いえ、ブルムの身体能力を調べていたんですが……」
そう言ってサヴァは持っていたボールのようなものを前に出す。
間近でみるとそれは弾力のあるものではなくて、金属製だった。しかも、傷とへこみだらけで完全な球体ですらなくなっている。
「どうしたの、これ」
「反射神経を試すテストで使うものなのですが、途中で壊されました。普通は何をやっても中は故障しないようになっているはずなんですが……」
「この子、かなり強いってこと?」
「ええ。すでに顎と爪の力はゲオルギ以上のようです」
まだ生まれたての竜なのに、すごいわね。
「それと、古代竜の生体は俺も詳しく知らないのですが、手足の形から最終的にかなり大型の竜に成長しそうです」
「そうなの? まあお城に入れる大きさなら大丈夫じゃないかしら」
どこまで大きくなるのか楽しみね!
ライナが寝ているブルムに近づいて指先でそっと頭のあたりを撫でている。
「ブルムは力を持て余し気味なのですが、会合に連れて行っても大丈夫でしょうか」
サヴァが珍しく心配そうに言う。
「そうね、むしろ護衛役になりそうだからいてほしいんだけれど」
「ワタシとサヴァさんで様子を見ていれば問題ないでしょう」
声に振り向くと背後には“くろの騎士”の銀色版がいた。
「?? 兄さんじゃない人?」
その声にライナが首を傾げ、サヴァと交互に眺める。
「レーヘン、どうしたのその姿」
そう言って私は近寄って銀色の仮面を見上げた。身長も変わってるんじゃないかしらこれ。
「これで顔に傷を付けず、服を汚す事も気にせず、ファムさまをお守りできます」
鈍く輝く銀色の姿になった精霊は両手を軽く広げたあと、胸に手をあてて軽くお辞儀をする。
これまでのレーヘンの行動から綺麗な顔に傷つけるのは駄目! あと長旅になるから着替えを破いちゃ駄目! と散々注意した結果、自分なりに考え出した答えらしい。
「もしかして、これって“やみの騎士”の鎧じゃないの?」
銀色の鎧の周囲をぐるぐると周り、観察する。色は違うけれどサヴァの鎧とすごく似ている。
「はい。以前闘技場の大会で使わなかった“やみの騎士”の鎧を再利用してみました。これは真似ているだけの姿なので、特別な機能はありませんが」
そう言うと黒い鎧のサヴァの隣に並ぶ。サヴァは興味津々というよりは冷静に銀色の鎧を観察している。
「そっくりね、目線の高さも、背格好も」
「この姿の時だけサヴァさんの体格に身体を調節しています。槍を持てばある程度動きもトレースできますよ。それに……」
軽く腕を振ると、全身が黒一色に変わる。
「警備の時にこうして入れ替わることも出来ます。この間の一件で“くろの騎士”は大陸で有名になったようですから、こうして複数の“くろの騎士”がいると思わせれば我々の戦力の撹乱になるでしょう」
それからレーヘンはもう一度腕を振って元の鈍く光る銀色の鎧に戻った。
「面白いな。あとで手合わせできるか?」
「いいですけど、出発前ですから軽くでお願いします」
仲良く喋る黒と銀の鎧を見て、守りの方は大丈夫そうだと安心できた。
「理由はわかったわ。でも時々はいつものレーヘンの姿になってね」
あの綺麗な顔に会えないのは寂しいわ
「はい。ファムさま」
銀色の仮面の下から微笑んだ時のレーヘンの声がした。
私たち、さらに胡散臭い集団になりそうね!
◇
「なあ、あの女王、本当に人間なのか?」
ジェスルは木にたわわに実るオレンジを収穫しながら傍らのシメオンに声をかける。
元々の育ちが育ちなのでなにもしない客人の立場が落ち着かず、こうして自分から手伝いを申し出て労働にいそしんでいる。
「人間ですよ。だから今度の会合にも出席する必要があるんです。我々の存在を認めてもらうために」
シメオンはそう答えた。しばらく観察してわかったがこの少年は翼の生えた少女の傍以外だと年齢不相応な喋り方をする。
「お二人とも、休憩にしましょう」
麦わらを編んで作られたつばの広い帽子をかぶった女性がバスケットを持ち現れた。
この女性もジェスルにとって謎だ。闘技場に現れたのはこの人物らしいが、あの時の結界の反応は精霊とも人間ともつかない曖昧なものだった。
さらに女王と同じ顔立ち、同じ声。しかも日によって髪の色が銀になったり黒になったりする。もしかしたら複数人居るのかもしれない。
柔らかな草の上に座り、ジェスルは渡されたカップの中身をすする。果物の絞り汁を入れた炭酸水が喉を通り過ぎる。
広大な果樹園は場所によって温度や湿度、日差しも違う。おそらく植物の生態に合わせて変えているのだろうが、具体的にどこをどう管理しているのか分からない。さきほどいたオレンジのあたりは日差しが強かったが、朝方いたベリーの茂みあたりは涼しいくらいだった。
「本当に不思議だな、ここは」
見上げても、何も見えず雲もない真っ白な空。風も吹かず鳥の声もない。緑は生い茂り作物は豊かに実っているが、どこかぎこちない雰囲気を感じる。
「不自然なのは仕方ありません。ここは限定された環境ですもの。まだ城の外では作物は育ちませんの」
パウンドケーキを切り分けながらハーシェという名の女性が言う。
「外は恋しくないのかい」
「え?」
ジェスルのかけた言葉に、ハーシェは不思議そうな顔をする。
「あんたと、あの女王もだが、言葉のところどころに白箔国の訛りがある。元々この国の生まれじゃないだろ?」
首を傾げる相手に、ジェスルはさらに踏み込んでみた。
「ヴィルヘルムスって男知ってるか?」
「……ええ。白箔国の王様ですよね」
「知り合いか?」
「いいえ……直接は存じ上げません」
「そいつ、この国に興味を持っているんだ。ついでにいうと、この国にいるかも知れない、白箔国から来た黒髪の若い女に」
本人の口から詳しく聞いたことはないが、彼が収集している情報を総合するとそういうことになる。
「どうして興味があるのでしょうか」
あの普段無口で何を考えているか読めない友人が、王という立場を利用して何をしようとしているのかジェスルは気になっていた。
「さぁな。何か貴族の起こした事件に関係しているんじゃないかと俺は思うが」
白箔国は貴族の権力が強くこれまで見逃された犯罪行為も多かったが、ヴィルヘルムス王が即位して一転、ことごとく暴かれ、そして裁かれている。すでに白箔国の貴族の半数は大小関係なく罪に問われ、爵位を剥奪されているときく。
ジェスルの言葉にハーシェは一瞬目を細めた。
「……確かに、以前白箔国にいた際、貴族に命を狙われたことがあります。ですが相手の爵位も知りませんし、証言できることは何も無いでしょう。ワタシはこの国の者ですし協力はできかねます」
ハーシェは自分の中にあるファムの記憶を探り、答えた。
「そうか」
パウンドケーキをかじり、ジェスルはシメオンの方を見るが少年は我れ関せずといった様子でオレンジをむいて食べている。以前黒髪の女のことを尋ねた時も、少年は「自分で調べてください」と情報提供を拒否していた。
「あの女王はどうなんだ。双子か何かなんだろ」
「あの方は……このあたりはまだ国外の方にはご説明できません。今度の会合で承認を得て公開するか、しないかを決定する予定なのです」
ハーシェはそう言った。
意味するものはハーシェ自身の秘密に関わるものなのだが、ジェスルはその秘密にされた対象を女王自身のことだと考えた。
仕方が無いといえば仕方がない。
多少髪の色が変化するが一般的女性と何ら変りない(ように見える)ハーシェと、瘴気のような気配をまとい、城のシステムを手に触れること無く操り、特級レベルの精霊達に口頭で命令を下す女王ではどちらが「人間離れしている」ように見えるか。
ジェスルはもちろんヴィルヘルムスが「女」を探しているということにも注目していた。想いをかける相手を探している可能性も考えていたが、ここでまだ歳若い彼の価値観が作用した。ジェスルは「物静かなヴィルヘルムスが好きになるのはハーシェのように穏やかな女性に違いない」と考えていた。その思い込みと、女王の人間離れした様子が彼に考えの幅を広げさせなかった。
後になって彼は詰め寄られ、叫んだ。
「お前、あんな女が好みなのかよ!」
そして彼は締め上げられた。
◇