機会と噂と信じるこころ 3
―うちの王子がしたことは国として関わりがありません。何しでかそうと国は責任を負いません。煮るなり焼くなり好きにしてください―
ややこしい言い回しを簡単にすると、こう書いてあった。
「本当に容赦無い扱い方されてるのね」
黒堤組から手に入れた資料の中に青嶺国の国外向けの法律があったので、さっそく王子の対処について何か情報が載っていないか調べてみたら、ソルの言ったようなことと同じような内容が書いてあった。
青いグリフォンは精霊は責任を負わないと行っていたけれど、国家としても、王子、つまり王位継承者の言動に責任を負わないと書いてある。
要するに、王の間で暴れた青嶺国の王子をどう扱うのか、全部私が決めなくてはならないわけね。
ひととおりシメオンが尋問したところ、ジェスルは自分の非を認めて、もう暴れないと約束してくれた。
こちらとしても斬られたベウォルクトがまるで気にしていない上に拘束する際に多少乱暴に扱ったので、特に罰則を与えることはせず、ひとまず相互理解のために話し合いの場を設けることにした。
なるべく和やかに会話したいので、場所は黒一色の王の間ではなくて、明るく緑あふれる植物園の、果樹園と私の花畑の間にあるいつもみんなで朝御飯を食べている場所にした。
どうも人間離れした銀髪の私を警戒しているようなので、お茶とお菓子を用意した上に、精霊達はテーブルからやや離れて、さらにシメオンやライナも同席して会話に参加してもらう。
そのおかげか彼の性格なのか、思ったより簡単に打ち解けた雰囲気を作ることができた。
「本当に面白いなここ! 建物の中に庭なんて初めて見たぞ。空が無いのになんで明るいんだ? この土は本物か? この机の素材は何だ?」
ジェスルがひとつひとつに驚くので、この国の技術が本当に今の大陸に存在しないものだと実感した。
好奇心旺盛な性分らしく何でも質問してくるので、一応私の分かる範囲で答えているとだいぶ和んできて、最初のような殺伐とした感じはなくなっていった。
気になっていたライナの姿に関しては、
「羽根のある奴っているんだな。綺麗な翼だな。これだけ真っ白だと手入れ大変だろ」
嫌悪せず、むしろ感心していた。性格は悪くない人のようね。
「ソルなんて暇さえあれば翼の手入ればっかしていっつも気にしてるんだぜ。青いから汚れなんて目立たないのによ」
対人恐怖気味のライナも、気軽に話しかけてくるジェスルに対して初めはちょっと驚いて、時間が経つと時折笑みを浮かべながら返事をするようになった。
「俺たち王位継承権のある奴らは十五歳までみっちり教育されて、あとは仕送りも後ろ盾も無しで世間に放り出される。俺達に根回しや贔屓なんかすると逆にした奴が罰せられるんで、誰も近寄ってこない。そんな中で人脈も自分で一から作りあげなきゃならんから、下手すると一般人より出世しにくいって言われてるな。まあ王位継承権を放棄すれば王族としての生活費の支給やいろいろな特権も認められるんだが」
たいしたことでもなさそうに笑いながらジェスルは桃の蒸しパンをかじる。
「うちではそれなりに苦労して図太い神経にならないと王にはなれないのさ。けっこう美味いな、これ」
ご機嫌で次の蒸しパンに手を伸ばす。この人、偉そう……いえ、図々しいわ。
「援助がないなら、あなた普段何をして身を立てているの?」
「俺は大空騎士団に所属している。あそこは完全実力主義だから身分で差別されないんだ。一応青嶺国経由で俺の休暇届は届いてると思うが、規定内に戻れないとクビになってるかもな。騎士団長は容赦ない奴だから」
あっさりとそう言い、また笑う。
「そうなればまた次の仕事を探すさ。今はこの国にいる方が面白い」
びっくりするくらい脳天気だわ、この人。
ちなみにこのジェスル王子、私より年下で現在十七歳。青嶺国王の七人兄弟のうち四番目だそうよ。
「以前青嶺国の精霊が言っていましたが、青嶺国の王族は代々楽天的で向こう見ずな冒険気質があるそうです。おかげで過去に国内外で問題を起こし続けてたいへん苦労したんだそうです」
立ったまま私の近くで待機しているレーヘンが教えてくれる。
「それって、よっっぽどの事をしてきたということよね」
「おお、俺のじいちゃんの武勇伝とか、凄いぞ。失われた黄稜国の秘石を求めて手ぶらで旅に出たとか、グリフォンの子供を守るために赤麗国の一個師団に単身で喧嘩売ったとかな」
そんな王族ばかりでよく国が保てているわね……
ちょっと呆れつつ、甘い香りのする蒸しパンを食べながらジェスルを観察する。
紺に近い深い青色の瞳はよく動く口と共に表情豊かで、笑うたびに後ろで一つにまとめられた小さな青い尻尾髪が跳ねる。なんというか、元気の良い子猫みたい。ちょっと獰猛なところがあるから、この場合山猫とかそういった感じかしら。
様々な不便さを強いられる王位継承権を捨てずにいるってことは王位に就く気はあるってことよね。懐に入るのが上手そうだし、あんまり油断はできない相手だわ。
そんなことを考えながら観察していると、次から次へと身内や自分の冒険譚を披露するジェスルに対して、
「黄稜国ですか」
「グリフォンの子供ってどんな感じなんですか?」
意外にもベウォルクトとライナが彼の話に食いついていた。この国、外の刺激が少ないものね……
目を輝かせて青年の話を聞いているライナの隣で、シメオンがどこか不安そうな顔をしている。これはあんまり良くない流れだわ。
「シメオン、ハーシェとブルムをつけるからジェスルの案内をお願いするわ。ざっとお城の見学でもしてきてちょうだい。問題のない場所はハーシェが知っているから。それが終わったら王の間に連れてきて」
「わかりました」
「ライナ、あなたは留守番組のリーダーとしていくつか伝えておきたい事があるから一緒に来てちょうだい」
「はい!」
シメオンがほっとしたように、ライナは元気よく返事をする。
「ひとまずこの場はお開きにしましょうか」
お茶を飲み干して席を立とうとしていたら、サヴァが木陰から現れた。
「女王、防衛システムの確認が終了しました」
サヴァが移動するの、気づかなかったわ……彼もだいぶこの城のシステムに慣れたようね。
「ご苦労様、それで、うまくいきそう?」
「ええ、いくつか改善箇所はありますが。これがまとめたリストです」
そう言われて、差し出されたデータボードを受け取る。
お城を含めてこの国には厳重な防衛機能がある。けれど数千年も前に作られたものなので、念の為サヴァに今の人間の視点から国の防衛システムに弱点がないか数日かけて探してもらっていた。
「ありがとう、これだけはなんとしても出発までに間に合わせないとね」
データボードの中身にざっと目を通すと、防衛システムの弱点だけでなく、もしも敵が襲撃してきた場合を幾通りも想定して、それぞれどう対応するのか、そのためには国のどの機能を使い、対策と準備には何が必要かも書かれていた。
元々騎士団に所属していただけあって、どの想定にも短所と長所、安全と危険について冷静にはっきりと書かれている。
「さすがね!」
これに今計画しているものが対応できるよう、精霊達と相談しなくちゃ。
「そうそう、サヴァ、あなたまだジェスル王子とちゃんと会ってなかったわね。紹介するわね」
そう言ってテーブルの方に顔を向けると、ジェスルが口を大きく開け、驚愕の表情をしてサヴァを指さしていた。
「お、おまえ! “くろの騎士”か!」