機会と噂と信じるこころ 2
ジェスル青年についてはブルムを連れたシメオンに尋問に向かってもらい、その間に目の前の事を片付けることにした。
「お待たせしたわね。黒堤組のみなさん」
預っている先代マヴロを安置した霊廟から戻ってきた黒堤組をハーシェが王の間に案内してくる。
ハーシェは今度の会合に着ていく灰色のヴェールをまとっている。あの衣裳が気に入ったらしい。一応は私と同じ顔なのをカラノス達に詮索されないようにする意味もあるので着てもらっている意味もある。
「待ちはしたが、まあ俺達にも得るものはあった。コトヒトも懐かしがっていたしな。珍しい光景だったぜ」
「そういうのは見ないふりをするものです」
カラノスの言葉に、コトヒトがすまし顔でシシの背を撫でつつ返事をする。
「あのグリフォンと坊ちゃんはどうした」
「別室で対応中よ。さあ、取引と行きましょう」
合図をすると、王座脇の扉から黒堤組へ渡す品を詰め込んだ箱をレーヘンが運んできた。
私たちの方で予め用意していた取引用リストの中から海賊たちが選んだ今回の品は、ジェットエンジン用の燃料の効率的な製造方法と、それ用の製造設備。かなり大きな荷物になる。
「テリダイ、確認しろ」
「はい」
カラノスに同行してきた海賊の一人、黒い細身の上着を来た男性が箱の中の物を調べ、いくつか質問をする。ベウォルクトがそれにたいして図面や実際の設備を指さしながら解説を始めたので、確認作業が終わるまでしばらく時間がかかりそうだった。
「ところであんたら、今度ある海上会合に出席するんだってな」
ベウォルクトとテリダイの会話が終わるのを待っていると、カラノスが話しかけてきた。
「ええ」
いつの間に知ったのやら。海賊の情報網ってどこまで広がっているのかしら。
「国同士の会見としちゃ非公式だが、かなり大物が集まるらしいな」
「そうみたいね」
「女王さんよ、俺たちをその会合へ向かう道中の護衛として雇ってみないか?」
「護衛?」
思わずカラノスの顔を見つめると、相手は黒い瞳を細めて不敵な笑みを浮かべている。
「……狙いは何? 正直に応えてくれたら考えるわ」
そう言うと、カラノスは両手を広げながら答える。
「何も会合に参加させろって訳じゃない。ただ、俺たちにとっちゃああいった大陸のお偉いさんと近づく機会はめったにないからな。得意先を増やす切っ掛けが欲しいだけだ」
「組頭は黒堤組の“マヴロ”になってまだ間もないですから、あちこちに顔を知らせる必要があるんですよ」
カラノスの後ろに控えるコトヒトが補足した。
「あんた達の不利になるような真似はしない。約束する」
「本当に?」
「ああ。なんだったら誓約書も書くぜ」
確かに、海にいる海賊が各国の要人に近づく機会なんてめったになさそうよね
「もしかして、さっきの恩を売ったって……」
「まあ、この流れを狙ってはいたな。で、どうするよ?」
軽い言葉の調子は変わらないけれど、カラノスの顔つきは真剣で真っ直ぐにこちらを見つめてくる。
「それに、俺たちがいるとお得だぜ。あんたら法術と精霊術に詳しくねえだろ。必要だと思うぜ、そっち方面の対策」
うっ
確かに、ここには様々な過去のシステムが眠っている王城があるけれど、海の上ではそうもいかない。
私はおろか精霊達も人間の術に詳しくないし、サヴァは一応知識があるけれど、一人だけだと防御だけで手一杯になるかもしれない。旅に出ているマルハレータ達は今回の件に間に合いそうにないし、この国でその方面に一番詳しいシメオンは留守番組としてライナと共に国を守ってもらう必要がある。
さっきのジェスル王子の事もあるし、最新の法術と精霊術について弱いのはまずいわね。
「会合で各国の王達と渡り合うつもりなら用心に越したことはないだろう。特にそのあたりに関して注意した方が良い相手がいる。白箔国王のヴィルヘルムスだ」
一瞬、息が止まった。
聞こえた名前を頭の中で繰りかえして、ようやく理解が追いつく。
「……ヴィルヘルムス、王?」
「そうだ。知っているか?」
「……名前と、顔だけなら。どんな王様かは知らないわ」
カラノスは面白そうな顔をする。
「そうかい。顔と名前、な。まあ、久々の白箔王の交代だからあちこちで話題になったからな」
「それで、その白箔国の王がどうしたのかしら」
カラノスは腕組みして王座に座る私を見上げてくる。
「ヴィルヘルムス王は数カ月前に即位したばかりだが、かなりやり手だ。それにあの男は王としての他に法術の使い手としても有名だ。性格も冷徹で容赦がない」
なんだかよく知っているわね。
「会ったことあるの?」
「何度かな。あの王は国外の情報収集に力を入れているんでな、良い取引先だ。実はずっと失われていたこの島の座標を入手できたのも白箔国の所からだ」
「そう、手広くやっているのね」
あなた達も、白箔王も
「最近は会ってないが。なんでも、女に会うので忙しいらしいぜ」
「……そう」
「どこぞの深窓のご令嬢に夢中らしい。貴族の娘か、はたまた他国の姫君かって噂だ」
「そうなの……」
あの人、素敵な女性に出会えたのね。
「ファムさま?」
レーヘンが声をかけてくる。
表情が、うまく感情が隠せているか、自信がないわ。周りのみんなと目を合わせられない。
「どうした? 顔色が悪いぜ」
「なんでもないわ。カラノス、会合への護衛の話、受けるわ」
カラノス達に視線を戻すこと無く返事だけを投げかけて、立ち上がる。
「ベウォルクト、黒堤組が同行するのに必要な情報を至急まとめて彼らに伝えてちょうだい」
「かしこまりました。今日は久しぶりに外を歩きましたので少しお休みになられたほうがよろしいようですね」
ベウォルクトがそっと近づくと、小声で囁いてきた。
(「何かありましたらハーシェが代役をします」)
「ええ。そうね、そうさせてもらうわ」
「カラノス、私たちの出発は二十日後だからその頃にまた来てちょうだいね。レーヘン、ベウォルクト、悪いけれど、あとよろしくね」
「お、おお」
「かしこまりました」
「ファムさま! 部屋まで……」
「いいの。レーヘン、アナタはここにいなさい」
レーヘンが付いて来ようとするのを止める。
「ファムさま」
王の間を出ると、ハーシェとライナが待っていた。
「大丈夫ですか?」
「平気よ、ちょっと疲れちゃっただけ。ライナ、気分がすっきりするハーブティーをお願いできる?」
「はい! すぐに持ってきます」
ライナがかけ出して見えなくなると、こらえきれず涙が一筋流れ落ちた。ハーシェがそっと肩を撫でてくれる。
せめて、部屋に戻ってから。あと少しだけ我慢しなさい、ファム。
◆
「なんだ。なんか言いたいなら言えよ」
女王が去った後、無言でこの国の精霊の片割れは海賊の代表を睨んだ。
「今の話は、本当ですか」
「ああ、若い王の色恋の話だからな、あちこちの話の種だ。憶測や噂も多いが、女に夢中でどこぞにある結界で囲った家に住まわせているだの、王宮を抜けだして会いにいってるだの言われているぜ」
「そうですか」
カラノスは精霊の顔を見たが、相手は変わらず冷たい表情のままで、銀髪で陰った瞳は遠く窓の外、空の雲の流れをみつめていた。
◆