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くろやみ国の女王  作者: やまく
第四章 王子、噂、船出
52/120

機会と噂と信じるこころ 1

   

  

  

「とりあえず、拘束」

「うわっ」

 ジェスル青年が無事に目を覚ましたので、私は王の間の床材から漆黒のベルトのようなものを創りだして手足を拘束して身動きを封じる。

 ちなみに、剣は没収済み。

「何だこれは!」

「そうやってちょっと頭を冷やしてちょうだい。いきなり他所の国で暴れるなんて、そんなのじゃ命がいくつあっても足りないわよ?」

 そう言ってから青い髪の青年を睨む。

「精霊に言われたくないな」

 そう言って相手もまっすぐ睨み返してくる。……精霊?


 私は王座に座ったまま肩から腰まで流れる自分の髪を見下ろした。ブルムを創ったのは結構前だったからけっこう銀灰色に染まってきている。

「これでも人間なのよ、私」

 青年の眉間の皺がさらに深まる。納得してない顔つきね。



『自業自得だな』

 座り込んでいるジェスル青年を見下ろしながらソルは口を開いた。

「ソル! お前、何してたんだよ!」

『無論仕事だ。貴様が寝ている間に終わったがな。まあ、貴様のおかげで台無しになりそうではあるが。まったく勝手なことをしてくれる』

「それは……すまん」

 ジェスル青年はグリフォンに対して申し訳なさそうに顔を下げた。

「使者ソル、この状況、どう対処しますか?」

 ベウォルクトがグリフォンに尋ねと、ソルは尋ねたベウォルクトではなく私の方を向いて答えた。

『我は今回精霊の使いとしてやってきた。青嶺国では精霊は人間に対し権限と責任を持たず、人間も精霊に対し権限と責任を持たない。精霊側の立場からするとこいつの責任を取る必要はない。この責任能力のないバカはそちらでどう処理しても構わん。それがこやつの運命なら仕方あるまい』

 堂々と言い切ったわね。


「見捨てるってか。ソル」

 ジェスル青年は青いグリフォンを見上げながら皮肉じみた笑いを浮かべる。

『お前はお前で対処し、道を切り開け。我は我の使命があるんでな。では』

 ジェスル青年は何も言わず、ソルは翼を軽く広げて礼をすると尻尾をゆったりと揺らしながら青年を置いて出口へ歩いて行く。

 一瞬、このままソルを帰していいのか迷った。けれどこの場は相手の言う事を受け入れておいた方がいい気がした。

「……サヴァ、ゲオルギと一緒に海の途中まで青嶺国の使者を見送ってちょうだい」

 ふたたびサヴァに連絡して、ジェスル青年の方を見る。

「あなたが王子だろうとなんだろうと、この国で暴れた責任はとってもらうわよ」

「おおよ。なんだって受けてやる」

 なんだか積極的ね。ひとまずジェスル王子は禁固部屋に入れることにした。といっても、内側から開けられない単なる個室なんだけど。

 鍵は私か精霊達の許可がないと開けられない仕組みになっている。

 これまでに国外からのお客が騒動を起こした場合どうするか決めてなかった上に、相手は正式な青嶺国の使者の付き添い。どう対処すべきなのか考える時間が欲しかった。

 帰国したソルは何かしらの報告を青嶺国にするだろうし、万一王子のことで私たちの方に問題があるように判断されたら、まずいことになる。けれど……

 あの王子には必死さが無かった。

 どこか余裕みたいなものがあったし、抗精霊術というものも、驚いたけれどあの時はそう威力のあるものじゃ無かった。

「なんだか試されてる気がするのよねぇ……」

 それならそれで、おもいっきり腹がたつけど。

 あまり手荒なことはしたくない。けれど今は彼の事情を知りたい。







「あー、情けねえ、俺」

 そう言ってジェスルは濃い青色の瞳で天井を見上げる。

 治療を受けて連行されたのは一人用の寝台と机と椅子が一組だけがある小部屋だった。窓は無いが室内の空気に淀みはなく、壁の一部が発光して十分な明かりを保っており、不便はない。壁や天井は継ぎ目がなく、さらには法術の影響を受けないものだった。これだと剣を没収されたジェスルには破壊しようがない。

「技術力が世界一だというのは本当なんだな」

 ジェスルは室内をひと通り検分すると寝台に座り、慣れない手ざわりの毛布の上に寝転がる。

 いきなり付き添い扱いでこの国にやって来ることができたジェスルがとっさに思いついたのは、この方法しか無かった。上級の精霊に取り囲まれて軽くパニックになったのもあるが。寝起きに精霊は心臓によろしくない。

「こりゃお袋にどやされるな……あいつにも」

 どちらも怒らせると大変恐ろしい相手だ。しかし機会は掴めるときになりふり構わず手を伸ばすのがジェスルの信条でもある。

 自分としては、まずまずの成果といったところだろう。


「失礼します」

 扉を軽く叩く音が響き、部屋の中に一人の少年が入ってきた。寝台から起き上がり、少年の顔を見てジェスルは思わず声を上げた。

「お前っ、シメオンか?」

 かつて緑閑国で秘密組織が騒動を起こした際、大空騎士団の分隊長として鎮圧に出向いた時に出会った少年だった。

「お久しぶりです。ジェスル王子」

 少年はかつての時の悲壮な表情ではなく、穏やかな顔つきをしていた。肩にはいままで見たことのない種類の、鋭い顔つきをした銀色の子竜が止まっている。


「一応僕は顔見知りなので尋問役として来ました」

 そう言うとシメオンは手に持っていた箱を机に置き、中から筒状の物と金属製のカップを二つ取り出した。それから筒の蓋を外して中の液体を注ぎだす。一瞬自白用の薬品かと思ったが、シメオンは二つともに注いだ。

 一つを自分で持ち、もう一つを差し出してくる。

「薬物を心配するなら確認しても構いません。この部屋、壁材は法術を弾きますが中に対しては使えますから。精霊術は霊素が薄すぎて使えませんけど」

 そう言って立ったまま自分のカップを口に運ぶ。

 ジェスルはカップを受け取り念の為に“分析”で調べてみるが、中はただの香草茶のようだった。一口飲んでみると知っている味だった。

「お前、この国にたどり着いたんだな。あいつに渡された人工精霊は?」

「位置情報を伝えるだけのものだったからこの国に来てすぐに稼働させましたよ。あとは何もしてませんけど」

「そうか」

 思えば、あの男の行動が活発になったのはこの少年が去ってしばらく経ってからだった気がする。

「お前が暴れた理由ってのには会えたのか」

「ええ」

 そう言ってシメオンは穏やかに微笑む。

 歳相応の仕草ではないが、自ら滅びに向かっていた以前よりは子供らしさを感じられる顔にジェスルは安堵を覚えた。

「そうか、よかったな」


「あの時はありがとうございます。お二人のおかげで僕はこうしてここで生きることが出来ています」

 そう言うとシメオンは一度目を閉じ、ふたたび開くとそこにはかつてのくらい鋭さが宿っていた。

「ところで、ジェスルさんはなぜこの国に来たんですか?」


 恩はあれど、いざとなれば容赦するつもりはないようだ。きっと少年が大切にしているものがこの国にはあるのだろう。

「あー、本当は来るつもりなんてなかったんだが、使者……ソルが出掛ける直前に俺も一緒に行けって言われてな」

 そう言ってジェスルはやれやれといった風に茶を飲む。

 シメオンは無言でジェスルを見つめる。

「それで? 何故精霊を盾に取るなんて事を?」

「驚いたってのがある。俺はどこに出かけても精霊に襲われるんでつい先に手が出てしまった。ついでにアイツが大人しかったんで盾にさせてもらった」

「どうしてそんなことを?」

「口実が欲しかったからだ」

 ジェスルはそう言うと青い瞳でシメオンの肩にとまる銀色の子竜を見た。

「俺はこの国を知りたい。名前以外ほとんど知られてないのにあちこちから注目を浴びているこの国が、実際はどんな場所で、どんな奴らがいるのか。うちの実家に仇なすのか、そうでないのか。知るのにいい機会だと思ったから俺は俺で行動することにしたのさ。馬鹿な真似かもしれないが、こうでもしないと俺はソルの付き添いとしてあのまま帰らねばならなかった」

 伸びをして、ジェスルは身を乗り出す。

「それに、ひとつ探してみたいものもある。この国で黒髪の女を見かけなかったか?」




 

 

シメオンとジェスルの会話の内容は、番外編「ある少年の物語」にあたります。

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