くろやみ国と準備 4
「各国への土産物は何にしますか?」
「そういったものも必要なの? うちに土産になるようなものなんてないわよ。アナタたち精霊が喜びそうなものを選んでちょうだい。いっそその方が世間ズレしてるみたいでいいわ」
そう言ったら、何故か城の外に生えていた枯れた雑草の標本になった。謎の感性だわ……
「あと重要なのは、衣装ね」
女王ではなくて、大使っぽく見える、あまり派手ではないものがいいわね。
私は感情が顔に出やすいから、表情はメイクで隠しましょう。
各国の上流階級の女性の服や髪型、メイクを研究しなければ! 全身綺麗ずくめになって、各国の権力者と渡り合うわよ!
「服も身だしなみも問題ありませんよ、ファムさま」
私が黒堤組からもらった資料を漁っているとレーヘンが爽やかに言ってきた。
「どういうことかしら?」
「ファムさまの服は既に我々で用意してあります」
ライナから資料を受け取りながらいつもの落ち着いた調子でベウォルクトが言う。
「……嫌な予感しかしないのだけど」
特に、初対面でぼろぼろの外套を着ていたレーヘンに言われると、不安しかないわ。
案内されたのは衣装部屋ではなかった。円形に湾曲した壁全体がぼんやりと光る灰色の空間。その中央に、漆黒の衣装が用意されていた。ちょうど人が着ているような形で宙に浮かんでいる。
「なんなのよこれは」
そう、全部まっくろ。頭頂部から足先まで。
「これって私の衣装なの?」
腕を組んで衣装を睨みながら尋ねると、ベウォルクトが深く頷いた。
「はい。実は検査した結果ファムさまの身体はいまだ万全ではないようなのです。さらに会合に参加する時期は影霊を創った直後にあたり、とりわけ周囲から気脈を吸収しやすい頃ですので、万一に備えております」
「最終調整がまだですが、どうぞ着てみてください。きっと似合いますよ」
そう言うとレーヘンは衣装を手渡してきて、どこからともなく現れたカーテンで部屋の一部を仕切った。
着替えは見てはならないという私の教えにちゃんと従ってくれているのね。
仕方ないから黒い衣装を手にとってよくみると、それぞれのパーツは違う生地で出来ていて、表面の色合いや光沢も微妙に差がある。
「凝った作りをしているのね……手触りもすごく良いし……」
とりあえず着てみることにして、ブーツとタイツとが一体になったようなものを履き、床すれすれまで丈のある袖なしワンピースを着る。
それから手袋と袖が一緒になった前開きの上着を着て、手首の金具を留めて、これまたひたすら丈の長い、細身のベストを羽織る。これには細かいリボンがところどころに編み込まれていて、不思議な模様が肩周りから胸元をたどり、膝下辺りまで続いている。
「着てみたわよ」
そう言ってカーテンを開くと、いつの間にかレーヘン達だけでなくライナやシメオン、ハーシェも待ち構えていた。
「すごく素敵です。ファムさま」
「ありがとう、ライナ」
「襟元はきちんと閉めていてくださいね」
そう言うとレーヘンはベストの襟から胸元のボタンを留めた。これで顎から下の肌は全部隠れてしまったわね。
「なかなか悪くない着心地ね。締め付けもないし。このリボンの刺繍も可愛いわ」
「これは特殊な織り方で作ったものでして、この国の大使の証であるとともに他の精霊達が見ればファムさまの身体の説明にもなります。取り扱い説明のような物ですね」
なんだか珍獣扱いね……
「最後にこちらを」
そう言ってベウォルクトが黒い花環のような帽子を頭に乗せてきた。すると霧のようなものが降りてきてヴェールのように全身を覆う。
ヴェールは触ろうとするともやっとしていて、触れている感覚がない。重さもない。
私が歩くと床に触れているあたりのヴェールが砕け、花びらのようにふわりと舞い散り空気中に溶けて消える。けれどヴェール自体は減る事がない。
「すごいわね、これ。一体どうなっているの?」
鏡で見ると見事に黒に覆われた姿だった。このヴェールは内側からは透けて見えるけれど、外からは見えないようになっているみたいね。メイクも髪型も、さらには体型すらも全くわからない。
「そのヴェールの性質は王の間に使われているものと同じもので、常時空気中から生成され、また空気中に還元される循環素材です。それによってファムさまの全身とその周りの空間を常に安全に保っています」
「仕組みは全くわからないけれど、とにかくこれに包まれていれば私の身体はおかしくならないということね」
「そうなります。ファムさまが周囲の気脈を吸収しないよう、外界から遮断するためのものです。会場は気脈が薄い場所を選びましたが、念のために安全処理を施した部屋以外では絶対に脱がないでください」
「わかったわ」
またあの時みたいに血を吐いて死にかけるのは御免だものね。
「王の間と同じということは、もしかして私の意思で形を変えられたりもするの?」
「はい。ですが全身を覆う形は変えられませんのであまり自由度は高くありません」
何度か試してみたけれど、結局真っ黒な色は変えられなくて、模様をつけたり、光沢のある生地にしてみたり、レースを付けられる程度だったわ。
「上質な布でふちにキラキラした刺しゅうがあるように見せれば礼装っぽくなるし、地味にすれば普段使いに見せることができそうね」
こういった機能、お洒落するには便利そうだけど……
「こんな布の塊みたいな姿でお洒落してもねぇ……もうこれは変装よね。謎の国の大使って演出には合っているけれど、この姿で女王ですって言っても誰も信用しないわね、きっと」
目的に合ってるからそれはそれでいいけれど。いつか立派な女王さまとして素敵なドレスを着たいわ。
「どこか不具合な点はありますか?」
「見た目以外ならまあまあ満足しているけれど……そうね、ワンピースの裾周りが歩きにくいから、もう少し広がるものか、スリットを入れてくれないかしら」
「かしこまりました」
「もういっそ声も変えてしまいましょう。女か男かも、人間か精霊かも分からなくしましょう」
ここまできたらとことん演出しようじゃないの。
人が揃っているので、ついでにみんなの衣裳も決めてしまうことにしたわ。
私と同じ顔をしているハーシェは似たような格好をしてもらうことになった。こちらはところどころに灰色の意匠が入ったもので、髪をまとめて結いあげて、ひざ上までの灰色のヴェールで覆う。
「アナタ達も、それっぽい格好でよろしくね。サヴァの分も鎧とは別に軽くて動きやすい騎士の服を用意してちょうだい。使う色は黒か銀、それと灰色で」
「はい」
「折角だし、留守番組もみんなで揃いの衣裳を作りましょうか」
そう言って私はライナとシメオンの肩を抱いた。
「ライナのは僕に考えさせてください。ファムさま」
「じゃあシメオンのは私が決めます」
「二人で考えなさいな。礼服としてかっこいいものをね」
さすがに全員で出かけると国ががら空きになるので、留守番組としてライナとシメオンとゲオルギ、そして城の管理をするためにベウォルクトが残ることになっている。
「レーヘンは今回の特級精霊たちの会合に初参加になります」
それを聞いてなんだか激しく不安になったわ。
ベウォルクトに助言を貰いたい時って結構多いから、一応何か連絡手段を考えるつもりだけど。
王の間に戻って今度は他に用意するものについて話し合っていると、鎧を着たサヴァがやってきた。
「完成したのね!」
「ええ」
この間の“くろの騎士”の鎧とは少々違っていて、関節まわりが布のような素材になっている。身軽になって軽やかに動けそうね。
「表情は相変わらず黒い兜で見えないのね」
細身で長身の背格好からなんとか中身はサヴァだとわかる。
「ああ、すみません」
そう言うとサヴァは兜だけ外し脇に抱える。
「槍の他に今回はこちらも使ってください」
そう言ってベウォルクトがサヴァに一振りの剣を差し出した。鞘にも柄にも私の衣裳と似たような模様が描かれている。
「鎧には対法術処理を施しましたが、精霊術にはこちらで対応してください。術でけしかけられてきた精霊をかなり強引に排除できます」
サヴァは手渡された剣を鞘から引き抜き、天井からの明かりにかざす。
「綺麗……」
ライナがそれを見て感嘆の声をあげる。
剣は暗い色ガラスのような素材で透きとおっていて、中部に煙のような黒い模様が入っているのが見える。
「落としたら割れちゃいそうだけど、大丈夫なの?」
あんまり見慣れないのでちょっと心配になっちゃったわ。
「外見はガラスに似ていますが材質は全く違います。脆くはありませんし、金属よりも丈夫ですよ。サヴァさんの腕力に耐えるようにも作ってあります」
サヴァは剣をひと通り調べると、刃の側を持って持ち手を私の方へ向けて差し出して来た。
「女王、騎士の任命をお願いします」
「改めて、正式な任命式ということね。私は何をしたらいいのかしら」
「騎士とは覚悟を決めた者のことをいいます。己が定めたものを守る為に剣をふるい、己の情理を殺してでもそれを守るという覚悟を決めた者です。その覚悟をあなたに認めてもらえば、俺はくろやみ国の正式な騎士となります」
私をまっすぐ見る彼の声は、とても静かで落ち着いていた。
「わかったわ」
私は差し出された柄を両手で持った。
王座の前でサヴァは右膝をついた。
剣はかなり重いけれど、しっかりと握れて、持ちやすい。ふらつかないように気をつけて剣先を持ち上げ……無理。とても重いわ。
顔が引きつりそうにながら私が持ち上げようとするのを、左右からハーシェとライナが支えてくれたので、なんとかひざまずくサヴァの右肩に刃を置く事が出来た。
一呼吸おいて息を整え、私は宣言した。
「あなたをくろやみ国の騎士に任命します。この国と国民を守ってね、サヴァ」
「はい」