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くろやみ国の女王  作者: やまく
第三章 海からの客、くろの騎士、準備
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くろの騎士と闘技場 6

決勝戦です。

以前くろの騎士の脱出劇ー決勝戦ーとして掲載していたものを番外編から引っ越しました。

  

  

  

 闘技場の中心ではいよいよ協闘大会の決勝が行われていた。

 観客達が固唾をのんで見守る中心で二者は闘う。殺し合うためでも、損ない合うためでもなく、各々の実力を比べあうかのようなそれにサヴァは久方ぶりの感覚を覚えた。お互いの技を手加減する事無くぶつけ合い、避ける事も逃げる事もしない。一撃一撃に気力がみなぎっている。

「楽しんでいるな。顔が見えなくてもわかる。俺も最高に楽しい」

 紅濫将軍がそう言い、身体に対して小さい剣を振る。素早い踏み込みに対してサヴァは槍の柄で応じ、将軍の大きな身体に合わないその剣は二撃打ち合うだけで持ち手から折れた。

「俺の剣が!」

 闘技場の入場門の方から男の悲痛な叫び声があがる。

「良い槍だな」

 使い物にならなくなった剣を捨て、紅濫将軍は紅の髪を振り乱しながら数歩引くと、口元に笑みを浮かべて言う。


「紅濫将軍! お待たせしました」

「おおよ!」

 入場門から先ほどとは別の赤麗国の軍服を来た男が叫び、長い柄がついた斧を投げ入れる。それを拾い上げた将軍が振り上げると深紅の刃がぎらりと輝く。柄の長さはサヴァの槍ほどもありそうだった。遠目から見ただけでも細かな装飾があり、実戦用よりも儀礼用のものに思われた。

「場内だとコイツに仕込まれた術は封じられちまうが、一応手持ちの武器では一番頑丈だ」

 そう言って振りかぶって来た斧を槍で受けると、今までの物とは比べ物にならないくらい重い衝撃がきた。さすがのくろやみ国の槍も震動で震え、サヴァは柄を強く握り直した。

「急ぎ用意させたがまあマシだな、本当はもっと俺に馴染んだ物で相手したかったんだが」

 将軍は話しながら感触を確かめるように軽い動きで振り下ろす。受け止めるサヴァは衝撃に耐えるが、受けた刃を押し返す余裕は無い。

「ここにくる前にやたら強い銀髪とやりあっちまって俺の得物のいくつかはぶっ壊れちまった。お前アイツらの事知らないか? 微妙に似た気配を感じるんだが」

「…………」

 サヴァは何も聞かなかった事にして、無言のままに構え直した。







「エシル、先ほど竜槍とどのような話をしたのですか?」

 大空騎士団団長のエシルは傍らに立つユリアを見た。彼女は決勝が始まってから闘技場の様子から目を離す事が無い。

「気になるかい?」

 きつく握り込まれた彼女の手を見て深い青紫色の瞳を細めると、エシルは先ほどの様子を彼女に語り出した。



 飲み物を買うために廊下を歩いていたエシルは、出場者控え室に戻ろうとする“くろの騎士”を見かけると迷う事無く近寄り、

「青嶺国を旅だって行方不明と聞いていたが、無事だったか」

 そういきなり声をかけた。相手が行方不明者だろうが正体を隠していようが気にせず、ユリアが気にしている男に対して、迷いも遠慮もなく話しかける。相手の顔は黒い兜で覆われて表情は見えないが、拒絶する事無く答えてきた。

「ああ。あの時の事には感謝している。あなた達のお陰でもめ事も無く旅立つ事ができた」

 周囲に人がいて、かつ聞き耳をたてられている事を感じたので、二人はどちらとも無く連れ立ってひと気の少ない場所へと移動した。

「今までどこに?」

 エシルが知っているのは彼が青嶺国へ妹と共に亡命したところまで。大空騎士団としてはその後の支援もしていたが、彼自身は緑閑国で起きた問題の処理に携わっていたため、気がつけばかつて緑閑国騎士団が誇っていた竜槍と呼ばれた騎士は行方不明になっていた。

「妹を治療出来る国があると聞き旅に出て、今もそこで」

「緑閑国の騎士職を捨て、大空騎士団からの誘いも蹴ってか。騎士の誇りよりも妹が大事という訳か」

「ああ」

 “くろの騎士”はしっかりとうなずいた。

「騎士の資格はこの世でたった一人になってまで守るものではない」

「わりきっているな」

 多くの騎士は騎士である己に誇りを持ち、それを軸として生きている。現役を退いても騎士の資格を持ち続ける者も多い。だがエシルは彼の言葉に同意を覚えた。自身においても、全てを差し置いてでも守り通したいものは別にある。

「だが何故また騎士になった? しかもそんな格好で」

「守りたいものができたからだ。それを守るために俺のこの身体が役に立つのなら、いくらでも使う。この鎧はその為のものだ」



 ジェスルが他国との打ち合わせを終えて運営室に戻ると、団長のエシルが試合を見ながら各部署からの報告を聞いている最中だった。

「現在街の周囲がまた別の結界で囲まれているようです」

 一人の衛士の報告に対して、エシルは一人納得するようにうなずく。

「ヴィルヘルムスの仕掛けを彼の部下が発動させたようだね。元々この闘技場の結界自体彼が作ってくれたものだし、例の探しものの関係だろう。外の事だからあまり気にしなくていい。今の我々は全力をあげて闘技場内の秩序を守る事が重要だ」

 その様子を眺めていたジェスルは、ふと違和感に気付いた。いつも彼の傍らに立つ存在がいない。

「おい、副団長はどうした」

「ちょっとでかけていますよ」

 振りかえったエシルの浮かべる笑みはあたたかく輝く日の光のようだった。その完全な「外向け」の笑みに、ジェスルは軽く恐怖を覚えた。

「おい、何があったんだ。もしかしてでかけたってのは“くろの騎士”の元へか」

「ええ」

「副団長が男を気にして動くのをあえて許すのか?」

「断腸の思いですよ。軽く内臓が煮えくり返っています。ですがこればかりは仕方がありません。彼女のたってのお願いですから」

そう言ってさらに微笑むエシルに、ジェスルは鳥肌をたてた。

「まさか『湖畔の剣人』を出したのか?」







 紅濫将軍の荒れ狂った深紅の髪は赤麗国軍の不思議の一つとされている。目元がすっかり隠れているのに闘いに支障を感じている様子は無いし、あれで視力も良いと聞く。どの様な理由でああいった髪なのか、サヴァには想像もつかない。だがあれで相手に目線から次の動きを読まれないようにしているのかもしれない。打ち合いながらそういった事を考えていると、鎧の通信装置が立ち上がる音が聴こえた。


『こちらくろやみ国内に戻りました。そちらもいつでも撤収してください』

 通信装置から聴こえて来た闇の精霊からの声に、サヴァの意識はくろやみ国の国民に戻った。その変化に紅濫将軍はめざとく反応した。深紅の髪の隙間から覗く目元からは笑みが消える。

「そろそろ勝敗をつけるか! “くろの騎士”よ」

「ああ」

 その瞬間、最大級の一撃が“くろの騎士”へと襲いかかってきた。サヴァは避けることなく将軍からの斧の一撃を右肩と右腕全体で受け止め、衝撃を下半身のバネを使って受け流し、同時に将軍の足へ向け槍を投げる。将軍が槍を避ける隙に斧を抱き込んだまま体を大きく倒して足を上方へ伸ばすと、将軍の首元を足で捕らえてそのまま地面へありったけの力で叩き付けた。

 国、とりわけ軍に所属する者は定められた武器を使った戦い方が身体に染み付いている。そのため、武器を手放して全身を使う闘い方や、足技などにはとっさに対応出来ない。

 サヴァはそれをくろやみ国で凶暴で元軍属の影霊達から身を持って教わった。


「あー楽しんだ。これだけ純粋に楽しいのはどれだけぶりか」

 紅濫将軍は気絶はしなかったが起き上がる事なく、ひびの入った地面に寝転んだまま言う。

 見逃してくれるつもりらしい。

「おい、竜槍。次にどこかで会うときはもう国の騎士同士だろう。殺し合う事にもなるかもしれんが、また会う日を楽しみにさせてもらう。気合いを入れて帰れ」

「感謝する」

 サヴァは将軍の足元から槍を抜くと審判達や衛士の声を無視して観客席に飛び込んだ。闘技場には天井がなく青空が見えていたが、法術による結界が張り巡らされていることは聞かされていた上に、鎧を着ているせいなのか、空を覆う金色の糸のようなものが薄く見えた。







「出口には行かないのか! どこに行こうっていうんだ」

 紅濫将軍を打ち倒した後、“くろの騎士”が速攻で観客席に飛び込むのを見て、ジェスルは待機させていた衛士達と共に追った。走りながらようやく指示を出せるようになった大空騎士団員にも声をかけて集めて行く。

 熱狂する観客をすり抜け、飛び越え、“くろの騎士”は最上部へ駆け上がる。

 観客席が途絶え、場壁にあたると一瞬空を眺め、それから壁を蹴って飛び上がる。

そして空中の「なにか」を両の腕に絡め、掴むような仕草をすると、その手を後方へ振り抜いた。空気が振動し、一瞬空の色が白く染まる。

「あ、あいつ、結界を素手ではぎ取りやがった!!」

 ジェスルはあまりの出来事に思わず叫んだ。


 “くろの騎士”が鋭い口笛のような音を発すると、黒い影が闘技場上空に飛び込み、落下中の“くろの騎士”へと勢いよく向かう。

「おお、竜か」

 上体だけ起き上がった紅濫将軍がそれを見上げ、言う。

 黒い身体の竜は“くろの騎士”を受け止めると、一気に羽ばたいて街の外へと向かって高速で飛んで行った。


「竜って……まじかよ! どこにいたんだよ! あーとにかく! 追うぞ! 街の包囲隊、黒い竜が行くから追え!」

 ジェスルは半分やけになりながら通信術の仕掛けられた腕輪に向かって指示を出した。


くろの騎士の脱出劇−湖畔の剣人−へと続きます。



2018/02/24:少し加筆。

2019/01/13:エシルのセリフの口調修正。

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