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くろやみ国の女王  作者: やまく
第三章 海からの客、くろの騎士、準備
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くろの騎士と闘技場 3

 

 

 




 闘技場の入り口前の広場で黒髪の青年が手に持った紙片を睨んでなにやらつぶやいていた。

「ええっと、焼きマシュマロと飴細工は買ったから、あとは焼きりんごに焼きそばに、串焼き? 串を焼いたら炭になるのに一体どこを食べるんでしょう」

 整った顔立ちを曇らせ、その哀しみにも似た表情にすれ違う女性達が心配そうに愛おしげな視線を送るが、青年はまるで気付かず人ごみの中で手元を見つめ、器用に障害物を避けて歩き続ける。

 もう片方の手には広場の屋台で買った食べ物が油紙に包まれて二つほど抱えられていた。

「しかしこれでは折角の売り上げが減ってしまうんじゃありませんか?」

 青年は紙片を持った手に止まる黒い小鳥に話しかける。艶のある尾羽根を持った黒い小鳥は青年を見上げてピチピチと鳴き、紙片をくちばしでつつく。

「わかりました。わかりましたから。確かにお陰さまで上手くいきました。串焼きは鳥肉でいいんですね?」

 青年は顔をあげて屋台に視線を巡らせるが、何かに気付くように闘技場に目を留める。

「おや? この術の気配は……」

 黒い小鳥はピイと一声鳴くと、青年の手から飛び立って闘技場を目指してまっすぐ向かって行った。




 “くろの騎士”とユミットの試合が終了して次の試合が開始された頃、闘技場裏口の関係者のみが立ち入れる通用門を通る存在がいた。温暖な気候の土地で灰色のショールで髪を覆い、灰色の外套を着ている。裾からは花柄の普段着のようなものが見えているので旅人ではないようだった。その姿は周囲の目をひき、さらに抱えている身長よりも長さのある細長い包みも目立っていた。

 大会出場者の関係者に与えられるバッジを持っていたため通しはしたが、門にいた衛士の一人は金の象眼細工の腕輪に手を触れ、あらかじめ指示されていた通りの相手へ信号を送った。

 長い包みを抱えた存在は時折通路の途中で立ち止まり、首を傾げ、また歩き出す。何度かそれを繰り返し、ついに目的の場所までたどり着いた。


 注目される中で鎧を脱ぐ訳にも行かず、サヴァは控え部屋に戻ると椅子に大人しく腰掛けていた。本人はする事も無いのでそうしていたのだが、じっと動かない姿に勝手に威圧感を感じて怯える者もいて、室内は異様な緊張感に包まれていた。

 さらに先ほどの試合前に大空騎士団の団長に声をかけられていたこともあって、周囲では様々に憶測を飛ばす会話が行われており、時折サヴァの耳にも「あの団長の知り合い……?」「昔のうちにいた奴とか?」「あの鎧は一体」などの言葉が漏れ聴こえて来た。


「“くろの騎士”さま?」

 場違いなくらいのんびりとした若い女性の声が聞こえ、見ると部屋の入り口に細長い包みを持った女性が立っていた。灰色のショールで顔を隠しているが、“おつかい”が来る事はあらかじめ知っていたサヴァは彼女の方に向かって歩いて行った。

「ご入用の品が完成しましたの。お持ちしましたわ」

「ああ、ありがとう。……君は」

「ハーシェとお呼び下さいまし」

 ショールから覗く瞳をきらめかせてハーシェは言う。女王と瓜二つの瞳だが、ウサギの毛並みと同じ灰色をしている。

「それと、伝言があります」

 彼女は抱えていた灰色の布で覆われた細長いものを差し出して、言う。

「『壊せるところまで壊せ』だそうです」

 周囲がざわついた。

 ハーシェはようやく声を使って喋ることが出来るようになったばかりなので口数は少なく、たどたどしい。

 内容としては合っている。だがそれは“くろの騎士”の話だ。試作だから使い勝手や耐久性を確かめるために強者が集うこの大会に参加したのだ。だが控え室にいた人々は違う話だと思い込んだらしく、ハーシェと自分を恐れる目で見ている。

「おい、壊せって……」

「会場には補強の結界が貼られてるんだろ?」

「死人が出るかもしれんな……」

 動揺したざわめき声に対応する方法も思いつけず、サヴァは聞かなかった事にした。

「……屋上に移動しよう」


 関係者のみの立ち入り区域なためか、屋上の休憩所は人がおらず閑散としていた。

 ハーシェは人目がないとわかるとショールを外し、束ねていた銀髪を手で整えなおした。サヴァの視線に気付くと、うつむいて「上手に黒髪に変えられませんでした」と言った。

 サヴァは「そうか」と答えるとハーシェの持って来た細長い荷物を何度か持ち替えて重さを確認した。

「どうですか?」

「重さもしなりもちょうどよさそうだ」

「ベウォルクトが渾身の作だと仰ってましたわ」

「そういえばレーヘンはどこに?」

「入り口近くまでは一緒でしたが、結界を避けて外でファムさまのお土産を買っています」

 サヴァは銀髪の影霊を見た。彼には精霊と影霊の区別がつかない。どこが違うのだろうか

「あなたは入れるのにか」

「わたしは新しい存在なので既存の術では認識出来ないようですの」

 ハーシェは微笑んだ。



 “くろの騎士”の試合をハーシェは見学していくことにした。

 観客席は人であふれていたので控え室から続く通路の窓からなんとか会場が見える場所を見つけて覗き込んだ。やや遠くからだが場所は一望出来たしサヴァと闘う相手の姿は見えた。

 会場からは人々のざわめきが聴こえてくる。

「皆さん一体何を話しているのでしょう」

「今までは何も持たずにいた“くろの騎士”が初めて武器らしきものを持って現れたのです。皆驚いているのですよ」

 突然の声に振り向くと、銀色の眼鏡をかけ長い髪を束ねた女性が隣に立っていた。ハーシェは一瞬自分の事に関して何か言われるかと警戒したが、女性が何も言わないのでそのまま試合に目線を戻した。

 “くろの騎士”が手に持っていた長い包みの布を取り払うと、中から出て来たのは「槍」だった。

 灰色の不思議な淡い光沢をもつ一種類の素材だけで出来ており、持ち手のある本体部分からなだらかに鈍く光る刃へ繋がっている。

「槍というより、薙刀なぎなたみたいですね」

 同じ方向を見て女性は言う。ハーシェは薙刀を知らないので、帰ったら調べてみようと思った。

「おそらくこれで彼の正体に気付く人が増えるでしょう」

「どうしてですか?」

 ハーシェは首を傾げる。この女性は彼の事を知っているのだろうか

「ある国の騎士団に竜槍と呼ばれる騎士がいました。国外の催しものや外交式典などには姿を現す事がありませんでしたので、知る者しか知らない存在でしたが、彼は槍の名手であり独特の使い方をすることで有名でした」

 女性は眼鏡の奥の目を細めて言う。

「はあ……」

「要するに、槍を持つと解りやすくなるのです」

「そういうわけですのね」

 奇しくも相手も槍を持っていた。紺色の髪の男の「突き」に対して“くろの騎士”は「なぎ払う」ことで応える。三回目で全く同じ瞬間に真正面から刃が突き当たり、男の槍が砕けた。男は残った槍の柄を放り捨てると腰の剣を抜いて切り掛かっていった。

「彼は青嶺国の騎士団の精鋭の一人です」

「だから青い服装ですのね」

「今大会では上位三位以内は確実とされています」

 “くろの騎士”は槍の刃で剣を受け、そのまま振り抜くと長い柄を回転させてもう一撃、さらに勢いを増して二撃と続けて振り下ろす。男は一撃目を避けたが二撃目は剣で受けると体勢を崩し、距離をとろうと一歩後ろへ下がる。

「あなたは“くろの騎士”の関係者ですか」

 試合の様子を話す調子のまま、女性は言う。

「ええ」

 既に会話している姿を人に見られているので、偽る必要は無いと考えてハーシェは答える。

「ではあなたに恩を売ります」

 驚いて顔をあげた瞬間、背後から声がした。

「足止めありがとさんよ、副団長」

 振り向くと、ハーシェは人間の集団に取り囲まれていた。


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