転がり込んで来た銀色と炎 3
最悪の寝起きだった。
まずは騒がしいな、と思い、目を開けると全てが真っ赤だった。そして煙。
「火事だー!!」
外からの声に、うちが燃えているのだと気付いた。
「中に人はいるか!?」
「っ!!」
慌てて叫ぼうとして、思いっきり煙を吸ってしまった。喉が切れるようなひどい咳き込みに耐えていると、また外から声が聞こえた。
「この家の若い娘はもう逃げ出している。このまま燃え尽きても平気だろう」
私はここにいるわよ! 何言ってるのよ!
「でも万一ということも……、そ、それに、延焼もあります! はやく消火を!」
それからまたあちこちで炎が盛んになり、外の声は聴こえなくなってしまった。
私は急いで一階へ降りた。
意外な事に、一階の方がまだ燃えている部分が少なかった。
慌ててまとめていた荷物を肩掛けの鞄に詰め込んで、私は裏口から外へ飛び出した。
裏庭は無事で、私が大事に育てていた花達も無事だった。思わずほっとした瞬間に、それはやってきた。
「あぶない!!」
声に驚いて見ると二日前に見た銀色の精霊だった。
「うしろです!」
振り向くと、炎に包まれた家の二階が崩れてくる瞬間だった。
「……さま、国主さま、国主さま!」
「ぅん……」
「分かりますか? 体に痛みを感じますか?」
「んー……」
「国主さま! しっかり! 体の感覚はありますか!?」
わんわんと響く声に目を開ければ、ボロショールをかぶった銀色精霊の人間味の無い顔が目の前に現れた。私を抱きかかえてくれているみたいだった。
「痛い……体の右側全部が」
「ちょっと間に合いませんでした。ここは危険です。すこしですが歩きませんか?」
このズレっぷりが……ホント、精霊ね……
「なんとか……、うっく、歩くわ……」
足は折れてないみたい。立ってみたけれど三歩ほどで倒れかけて、銀色精霊に抱き抱えられた。
「街の救急隊がすぐそこまで来ていますよ。呼んできます」
「おね、がい……」
裏庭の奥の方に座らされて、銀色の精霊は家の表へ向かっていった。
ぼんやりした頭で見下ろすと、体の右半身がひどく焼けただれているのが見えた。服なのか皮膚なのか分からないけれど、赤くて黒い……どろっとして……
「いたか」
見上げると、相手は救急隊ではなく絶望だった。
軍警察の制服。うっすら笑う男達。その後ろには焼け落ちていく我が家。
あんた達が私の家を焼いたのね。
「しぶとく生き延びたのか。悪いが、息の根を止めさせてもらう」
ああ、さようなら
「殺さないで。死体は見たくないの」
私は言った。
「見ずに済むさ。すぐにな」
さようなら、我が家
「アンタの国に行くわ。だから私に死体を見せないで」
この家の庭を汚したくないの。
「一体何を言っている?」
「かしこまりました。殺しません」
虚をつかれた顔をした制服の男達の背後にいる、銀色が答えた。銀色の両手は鋭く変形して長い刃物のようになっていて、今にも目の前の人間の首を刈ろうとしていた。
「な、なんだこいつ!」
振り向いた制服の男達は人間ではないと気付いて動揺していた。
「ですが、かわりに」
銀色はそう言って、右手の指先をさらに細く、針のように変形させて素早く動かした。何をしてのかわからないけれど、男達は声もなく次々と倒れていった。
「脳幹に細工をしました。これでこの場所での記憶を封じました。国主さまを狙うことはないでしょう」
「なかなか出来るじゃない。見直したわ」
私は引きつる痛みに耐えながら、こちらへ向かって歩いてくる銀色の精霊に向かって微笑んだ。
「アンタの国、私の怪我治せる?」
「もちろんですとも。リハビリひとつせずに済みます。皺ひとつ残りません」
精霊の言う事はどこまでその通りなのか、いまいちあてにできないのよね
銀色の精霊は私を抱えたまま、左手の指先を針のように細くして、私の首筋に突き刺した。
「一時的に痛みの感覚を止めました。いそぎましょう」
「待って、ペンダント……」
ヴィルがくれた、お守りが見あたらなかった。
「先ほど二階で何かの術が発動していました。おそらくそれでしょう。国主さまが火につつまれても無事だったのはそれのおかげです」
そっか……もう役目を果たしてくれたのね。
役に立たなくても手元にあって欲しかったけれど、探す余裕もない
「追っ手がくるかもしれない。急ぐわよ」
「はい国主さま」
「ファムよ、そう呼んでちょうだい」
ガイドラインを読んで、怪我の描写ちょっと抑えました。
もろもろの設定やキャラクタの外見などについては、もう少ししたら出てきます。
2018/02/21:単語修正、会話あたりを少し加筆。