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くろやみ国の女王  作者: やまく
第三章 海からの客、くろの騎士、準備
39/120

くろの騎士と闘技場 2

 

 

 

「あんた、緑閑国の『竜槍のサヴァ』だろ? 国を抜けて、例の騎士団の誘いも蹴って行方不明と聞いていたが、こんな地の果てみたいなところで何をしてるんだ?」

 くろやみ国に海賊の黒堤組がやって来た際、サヴァはシメオンや国の精霊のベウォルクトと共に海賊達の対応をした。その時に組頭の側近らしき壮年の男からそう話しかけられた。

 いきなりで少々驚きつつも、武装もしていないのにどうして自分だと解るのかと尋ねれば、「隠しているつもりでも見えるもんは見えるし、女王があんたの名を呼ぶのも聴こえた。それに竜がえらくなついていたしな」と笑って言われた。

「俺達と一緒に来ないか? うちには外見で何かいう奴なんざいないし、竜使いも何人か働いている。金も仕事もたんとあるぜ」

 そう言葉をかけられて、サヴァは腕に抱えた箱を持ち直し、言った。

「せっかくの申し出だが、断らせてもらう」

「どうしてだ? この死んだ土地に何があるんだ? こんなちっぽけな国だとあんたの力を腐らせるだけだぜ?」

 箱の中からはほんのりと料理に使われたらしき香草の香りがした。これを準備するのはかなり大変だったはずなのに、妹のライナは女王と一緒に時折笑顔を見せながら調理室で賑やかに動きまわっていた。

「ここは居心地が良い。妹も気に入っているし、離れるつもりはない」

「そうか、だがせいぜい気をつけろよ? 海にいるのは俺達のようにお行儀よい連中だけじゃないからな」


 海賊達は去り、サヴァは女王に申し出た。

「俺をこの国の騎士にしてくれませんか?」

 王座に座る女王は目を見開いて驚いたあと、口を開いた。

「守り手が増えるのは嬉しいけれど、騎士にするってどうやったらいいのかしら」

 女王が傍らに声をかけると、くろやみ国の精霊レーヘンは首をかしげる。

「さあ……」

「ファムさまが任命すればよいのです。外交的に通用する正式な“騎士”でしたらどこかの戦場に乱入するなどして名を挙げるなど、やることが増えますが」

 もう一名の精霊であるベウォルクトが言う。

 資料庫に駆け込んでいたライナがシメオンと共に戻って来た。抱えていたデータボードを差し出してくる。

「兄さん、シメオンが見つけてくれたの。昔の特殊な服だって。これを改良すれば兄さんの竜脈の制御もしやすくなってもっと強くなるかもって!」

 ボードに表示された画像資料を覗き込んで、レーヘンが言う。

「確かに、これならサヴァさんに負担がかからず防御にも役立ちそうですね」

「さっそく調整にはいりましょう。さあ、まずはサヴァさんの検査を、緻密に、徹底的に」

 布で巻かれた顔に覗き込まれるように詰め寄られ、サヴァは後ずさった。

「せっかくですから、装備もしっかりしたものを用意しましょう。近接戦から遠隔操作、細菌ものまでありますよ」

「ベウォルクト、アナタなんだかうきうきしてない?」

 ウサギのハーシェと共にボードを眺めていた女王が顔をあげて言う。

 サヴァは言った早々不安を感じてきた。

「……あの、使い慣れた形状のものでお願いします」


 装備がひととおり完成すると、あとは調整と動作点検が必要になった。古い時代のものを再調整したのもあって、かなり徹底的に耐久性を検証する必要が出て来た。国外に出ている戦闘が得意な二人組を呼び戻して耐衝撃実験をする話も出たが、ちょうど大空騎士団の協闘大会が開催される頃だったとライナが思い出し、ならせっかくだからと参加することになった。

 緑閑国にいた頃、サヴァは一度も協闘大会に参加した事が無かった。それなりに実力があったので惜しむ声もあり、身近でその様子を見ていたライナは悔しい思いをしていたらしい。サヴァ本人としては自分のような外見の者が代表として国の外に出る事を上層部が許可しないとわかっていたので、特に出たいと思わなかったが。

 大会参加用の登録名は女王の発案で、

「くろやみ国の騎士だから“くろの騎士”とか“やみの騎士”なんてどうかしら?」

 となった。



 そして今に至る。

 今まで経験した事が無いほどの歓声と注目を受け、少々動揺したサヴァはひと呼吸置いて思考を整理すると、自分が立っている場所に集中する事にした。

 一気に観客の声は気にならなくなり、目の前に立つ対戦相手の様子を探ることに意識が向かう。


 これまで“くろの騎士”の相手は二種類いた。一方はとにかく少しでも健闘しようと力んで周りが見えなくなっている状態、もう一方は闘争意欲を無くしてすっかり怯え、思考が止まっている状態だった。

 だが目の前にいる相手はそのどちらでもなかった。

 自分と同等かそれ以上の相手とやり合える喜びで表情は生き生きとしており、目は輝いている。

 上位入賞確実の確かな実力を持った騎士だ。

「貴方はエシル団長とお知り合いなのですね」

 腰の両側の鞘から剣を抜き、相手の騎士は言う。二本とも装飾のない実践的な剣だ。

「僕は大空騎士団所属のユミット。お相手できて光栄です、“くろの騎士”」

 二人の間に立つ老年の騎士が手に持った小さなランプに水色の線香を近づける。この線香が燃え尽きるまでが試合時間で、約十分ある。

 線香が燃え尽きても勝負がつかなければ、主審の大空騎士団所属の騎士と赤麗国と青嶺国から呼ばれた副審二名によって勝敗が判断される。

 試合が早く終われば燃え残った線香は勝者のものになり、次の試合時間を延長する事などに使う事が出来る。これは短時間で戦闘を終わらせる事が出来る者を高く評価するという、大空騎士団の考えに基づいているからだと言われている。


 線香に火が付き、細い煙が空へと立ち昇った。







 闘技場に併設した建物内の大会運営室には張り出し窓があり、高層階でもないため闘技場の広場を近くで一望出来るため、試合を見るには特等席だった。

「はじまりましたね、“くろの騎士”の試合が」

 “くろの騎士”に突き進むユミットを窓から眺めながら、エシルは傍らで右腕で左腕をかばうようにして立つユリアに言う。

「ユミットが相手なら少しは実力がわかるだろう。何せ前回の三位入賞者だ」

 ジェスルはそう言うと、窓から視線を外し伝令と共に部屋に入って来た騎士に声をかけた。

「さてメールト、休んでいる所をすまないが、お前が闘った“くろの騎士”について教えてくれ」

「は、はい」

 メールトという名の騎士はちらりと上司のエシルとユリアの姿を確認すると、口を開いた。

「自分は本戦の初回に剣で闘いました。相手は何も持っておらず、初め拳闘士かと思ったのですが違うようでした。自分の剣筋の距離を測り損ねている事が何度かあり、素手に慣れていないようでした」

「得物が別にあるって事か。それでなんで素手なんだ?」

「自分には解りかねます。ただ……」

 メールトの言葉にひと際大きくなった歓声が重なる。

「なんだ」

 ジェスルが闘技場を見ると、ユミットが片膝をついていた。

 ユミットは荒い息を整えすぐに立ち上がり、再び“くろの騎士”へと向かう。二本の剣による激しい剣戟を“くろの騎士”は一つ一つ受け、時折小さな動きではじいていく。どの方向から剣が迫ってきてもすぐに体の向きを変え、すべて黒に包まれた手だけで対応している。

 次第に剣戟を受けるよりもはじく回数が多くなり、ついに片手だけですべて受け止め始める。

「あの騎士は闘うごとに学習し、強くなっています」

 闘技場から目を離せないでいるジェスルへ向かってメールトが言った。

「自分の時もそうでしたが、ユミットの剣ももう効かないでしょう」

 ユミットが剣を引いた一瞬の間に一歩踏み込み、金属の胸当て部分に手刀を叩き込んだ。重い一撃だったようだが、ユミットは踏みとどまり、衝撃で足元の地面に亀裂が入る。

 だがユミットが体勢を立て直す前に“くろの騎士”は両方の剣の刃を掴むと胸部に蹴りを入れた。

 たまらずユミットは剣から手を離して吹っ飛び、倒れる事は無かったがそのまま上半身から力が抜け、両膝をついてうずくまった。

 両の膝以上の部位が地面に触れると負けとなる。


「勝負あり!」

 主審の老年の騎士が右手をあげて声をあげ、火消しの粉を線香に振りかけた。

 “くろの騎士”は掴んでいたユミットの剣を空中に放り投げ、目の前に落ちて来る瞬間に蹴り飛ばし、それらは持ち主のすぐ前の地面に交差するようにして突き刺さった。

「見事だ。そう思わないか、ユリア」

「……ええ」


もうしばらくサヴァ兄さんのターンは続きます。


2018/02/06;少しだけ加筆しました。

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