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くろやみ国の女王  作者: やまく
第三章 海からの客、くろの騎士、準備
38/120

くろの騎士と闘技場 1

 

 

 

 

 

 




 世界一の規模と言われている大空騎士団が毎年主催している協闘大会の時期がやってきた。

 毎年開催されるこの大会は、主に大空騎士団各部署の腕に自慢の代表騎士たちが集まり技を競う。さらに大空所属の者だけでなく、国家所属の騎士はおろか傭兵や一般市民でさえ参加することが出来るので毎回あらゆる方面から注目を集めている。

 莫大な賞金が出る上に、うまく権力者の目に止まれば出世のチャンスもあるため、一般層の予選は千人単位で人間が集まる。だが毎年のように本戦まで進める者は少なく、本戦に進めただけでも見事なものだと褒め讃えられる。それだけ騎士とそうでない者の差は大きい。とりわけ大空騎士団の層は厚く、ほぼ毎年のように上位入賞をさらっていく。

 だが、今年はいつもとは大きく様相が違っていた。

 すでに誰が勝つかの予想は軒並み崩壊し、闘技場近辺の賭博場は阿鼻叫喚で大騒ぎになり、関係者はおろか闘技場の周辺の住民たちでさえその話でもちきりになっている。


「こりゃ、すごいことになったな。一体どういうこった」

 大空騎士団の大会運営室の壁一面に張り出されたトーナメント表を眺め、紺碧色の瞳にまっすぐな青い髪をした青年は口笛を吹いた。

 表には参加者達の名前が書かれており、それぞれの名前の周囲には各人についての情報が書かれた紙が貼りつけられている。身内にあたる大空騎士団の者達は簡単な身体情報と装備、入賞した場合の賞与についてなど。他の国家騎士団所属の者達の名前の周囲には性格や戦い方の癖なども加えられている。

 そして一箇所、正確には約一名の周辺には慌てて書かれた文字が踊る紙片が大量に貼られおり、さらにまた一枚貼られたところだった。

 青い髪の青年はその走り書きを見つめた。

「競技名は“くろの騎士”で本名は……偽名だろうな、これ。語感からして大陸の東の奴っぽいが……。なあ、今までの戦歴をもう一度教えてくれないか」

「はい」

 青年の言葉に背後に直立していた女性が答えた。大空騎士団の制服に細い銀フレームのメガネをかけ、深く澄んだ湖のような水色の瞳に、やや緑がかった青色の髪を肩のあたりでゆるく束ねている。

「まず“くろの騎士”は一般枠で応募し、一般予選の集団競技は圧勝。武装して闘う本予選に進み、ここではすべて一分以内に勝利しています。現在進行中の本選では二戦をこなし、こちらは三分以内で勝利。いまだ武器を手にすることなく、無手で、かつ、無傷です」

 青年はため息をついた。

「とんでもないのが出てきたな。こいつ本当に人間なのか? いつかのように、どこぞの精霊か何かが退屈のあまりに紛れ込んできたんじゃないのか?」

「……事前に参加者の身体検査を実施しています。それに会場内と周辺には法術と精霊術で常に探知術を発動させていますので、一応人間かと」


 予選は二段階あり、一般人は一般枠だけの予選、騎士達は事前に各騎士団内での厳しい選抜がある。それらを経て合同の本予選があり、勝ち抜いた者だけが闘技場で一戦一戦開催される本戦に参加できる。ちなみに過去の上位入賞者達は予選が免除され、いきなり本戦から参加することが認められている。

「大空の中で負けたのは二人だったな。すぐ呼び出せるか?」

「一人だけなら。一人はまだ治療室から出られません」

 協闘大会は厳密に決められたルールにのっとって闘うため、一応の安全は保たれているが、法術での緊急治療が必要なほどの大怪我はざらにある。

「その一人でいい。呼んでくれ」

「はい」

 女性が控えの伝令に指示を終えるのを待ち、青い髪の青年は再び口を開いた。


「それで、こいつは何者なんだ。これだけの腕を持つ奴だ。どこかで見覚えくらいないのか」

 女性は目を泳がせた。

「……実は心当たりがあります。団長も、動きに見覚えがあると断言していましたし」

「その団長様は今どこにいるんだよ」

 嫌な予感がして、青年は口の端を曲げた。

「その……先ほど飲み物を買いに行くと言って出かけてしまいました」

「引き留めろよ。あいつを制御できるの君だけだろ。ユリア副団長」

「すみません」

 ユリアは目を伏せ、謝罪の礼をした。

「ジェスル、ユリアをとがめるのはやめていただきたい。彼女を咎めていいのはこの私だけですよ」

「ああ、来たか」

 ジェスルは男の声を聞いて、先程よりも重いため息をついた。

 扉から入ってきたのはやや大柄な体格に必用な分だけ筋肉をつけた男だった。濃い青紫の瞳にやわらかく波打つ淡い紫色の髪をしている。

「ユリア、冷えた飲み物を買ってきた。ジェスルも飲みますか?」

 そう言って紫色の男は抱えていたケースを下ろして、瓶を一本取り出し、胸元から呪い捕りのスカーフを取り出してざっと表面を拭くと、ジェスルに差し出した。

「どうぞ」

「相変わらずだな、おまえ」

 受け取ったジェスルは空気が抜ける音とともに瓶を開封すると、そのまま口をつけて飲み始めた。

「私は私ですから」

 表情を動かさずに男はそう言って、もう一本瓶を取り出すと今度はポケットから取り出したハンカチで水分を丁寧に拭き取って、ユリアの手をとり、瓶を持たせた。

「あ、ありがとう」

 その言語に満足したようで、紫の髪の男は口元に小さく微笑みを見せ、それから口を開いた。

「ユリア、例の騎士と会話してきた」

 眼鏡の奥でユリアの目は瞬いた。

「本当ですかエシル。どうでしたか? やはり彼でしたか?」

「ああ。事情があって参加しているようだ。だが多くは語ってくれなかった」

「そうでしたか……彼が……」

 ユリアは瓶を持ったままうつむき、エシルはいたわるように彼女の髪をなでた。

「おいおいお前ら、俺にわかるように説明しろ!」

 置いてきぼりにされたジェスルは声を上げた。







 協闘大会本戦の、三回戦第二試合がまもなく開始されようとしていた。

 毎試合それなりの盛り上がりをみせるが、今大会はまだ本戦序盤だというのにある一人の出場者が現れる試合はどれも満席となり、立ち見席すら設けられるほどだ。


 闘技場内の、闘いの広場へとつながる西門の警備を受け持つ男は震えていた。

 日の入らない廊下の先から聞こえてくるのは落ち着いた、静かな足音だった。全身鎧だとは思えないほどに、恐ろしく音が軽い。

 そして音は大きくなり、暗影の中から黒い鎧に包まれた戦士が現れる。


 見たことのない形状と質感の漆黒の鎧は、中の人物の長身で細身の体を隙間なく覆い、その複雑な形状は身体の動きを一切殺すことがない事が見ただけでもわかる。いくつものパーツで構成されているが、継ぎ目が巧く隠されており、よく見れば同色の細かな装飾も施されている。

 すでに何名もの有力騎士を一瞬でねじ伏せたその実力に、かつて騎士を目指していた男は恐怖ではなく期待で胸が打ち震えていた。この目の前の存在が、これからどんなものを見せてくれるのかと思うだけで、手に汗をかく。

「がんばれよぉ」

 黒い鎧はその声に特に答える事なく、男の開けた門をくぐり、日の当る会場へ足を一歩踏み出した。

 歓声が一気に膨れ上がった。

 黒い鎧がゆっくりと闘技場の中央まで歩みを進め、立ち止まると、会場の興奮はさらに増した。客席すべての視線が騎士に降り注いでいる。

 興奮の渦に取り囲まれながら、“くろの騎士”は微動だにしない。

 その威風堂々とした様子に、観客たちはまた熱くなった。




(「まいったな……」)

 “くろの騎士”は、外からはまったく見えなかったが、闘技場の中心でけっこう動揺していた。

 本来はそこそこの所で有力騎士と接戦をして、負けて、本予選か本戦の参加賞どまりで落ち着く予定だった。まさかここまで自分が動けるとは思っておらず、本人の意図しないまま思わず勝ち進んでしまったのだ。

 こんなにものびのびと自由に体を動かせたことが未だかつてなかったので、面白くて少し調子に乗ってしまったのもある。

 目立つことは不本意だったが、状況を報告した際に上から「勝ち進んだからには、ついでに行くところまで行ってごっそり賞金をかっさらってきてちょうだい!」と、正式なお達しまで出てしまった。

 しかも一緒に参加する予定だった“やみの騎士”は、「あ、なんか法術で制御入ってますね。これはワタシは遠慮したほうがいいです」と突然言いだし、出場を辞退してしまったので、彼一人で目的を果たす状況になっている。


 だが優勝は目的ではないし、この先にはより腕のたつ者がいる。

 加えて言えば、彼の知り合いだって増えてくるだろう。動けば動くほど、正体に気づかれる可能性が高くなる。

 現に、先ほども知っている顔に声をかけられた。自分の素性はともかく、国や目的のことをうまくはぐらかせたかどうか自信がない。

「どうしたものか……」

 サヴァは外からは見えない鎧兜の中で、音にならないため息をついた。

2018/02/06:読みづらい箇所など、ちょっぴり加筆しました。

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