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くろやみ国の女王  作者: やまく
第三章 海からの客、くろの騎士、準備
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海賊と情報 3

 

 

 




 何度も何度もあの人の夢を見る。

 街外れにいくと、焼け落ちたはずのあの白い小さな家が元の姿で建っている。急いで中に入るが、誰も見つからない。

 探し回ると台所に人のいた痕跡を見つける。火にかけられたままの鍋があり、まな板の上には刻みかけの野菜、食卓の椅子にかけられたエプロン。

 一瞬前まで、彼女はここにいたに違いない。

 台所から続く裏庭への扉が小さく開いていて、昼下りのあたたかな光と、庭に植えられた花たちの発する香りが差し込んでいる。扉の先から彼女の楽しげな笑い声が聞こえてくる。

 だが急いで扉を開けると、そこは一瞬にして火の海だった。

 直ぐ目の前に彼女がうつ伏せで倒れている。あの艶やかな黒髪が、血溜まりの上にひろがり、投げ出された手は青白い。

 そして、気がつくとそこは煤だらけの廃墟になり、彼女の姿は消えている。


 この夢はたいていここで終わる。今回もそうだった。いまだに慣れることなく、そしてほとんど変化がない悪夢。しかし今では悪夢であっても会えるのなら構わないとさえ思うようになってしまった。

 諦めようかと思う気にもなれないほどに求めている。もう一度、あの声で名を呼ばれ、あの指先に触れられたいと。



 ヴィルヘルムスはゆっくりと目を開いた。

 ベッドサイドに置かれた小箱に一瞬目をやると力なく起き上がり、必要な分だけ朝の空気を吸い、一旦おいて深く吐き出すと、ベッドから出て身支度を始める。


「おはようございます。ヴィルヘルムスさま。よく眠れましたか?」

 寝室を出たところに王の上着を持ったオーフが立っており、声をかける。

「ええ、以前よりはましになりました」

 その表情をみて、オーフは眉間に皺を寄せた。

「王の居室を結界で覆うのを認めたのは、落ち着いて休んで欲しかったからなのですが」

「休んでいますよ。密偵や忍びこんでくる女性がいなくなって、気が休まります」

 廊下を歩きながらヴィルヘルムスは袖の金のカフスボタンを留めていく。

「結界は執務時間外の“おでかけ”をごまかすためでもあるようですね」

「緑閑国の件が落ち着いたので、しばらくは遠出しませんよ」

 オーフから上着を受け取り、ひととおりの術の確認をして、羽織る。

「あの国の秘密組織が人間を攫っていると聞いて飛び出して行ったのに、見つからなかったのでしょう?」

「収穫はありました。黒堤組にも依頼しています」

 まっすぐ前を向いて歩き続けるヴィルヘルムスに、オーフは目を伏せた。


 先に執務室へと向かうオーフと別れ、ヴィルヘルムスが食堂に入ると給仕たちと王の秘書官達が一様に礼をする。

「おはようございます、ヴィルヘルムス様」

 ヴィルヘルムスは白いクロスをかけたテーブルに着き、ひとり分だけ用意された朝食に手をつける。用意された飲み物の中で、赤い野菜を絞ったものに一瞬だけ眉をひそめる。給仕が動いた。

「お下げいたします」

「いえ、飲みます。嫌いではありません」

 朝日を受けて輝くグラスを持ち、ヴィルヘルムスは礼儀にのっとった姿勢でどろりとした真っ赤な飲み物を飲み干す。

「マウリッツ、今日の予定に変更は?」

 王の選任秘書官が一人進み出て、口を開く。

「夕刻に会議がひとつ入りました。これは新規事業の成果報告も兼ねています。それと、ヴィルヘルムス様個人宛てに先日の結界の件で正式な依頼状が届いています。……夜会の招待状が三枚ほどきていますが、いかがいたいしますか?」

「夜会は貴方達秘書官が私の代理で出てください」

「すべてですか」

「そうです。すべて代理のほうが、偏りがなくていいでしょう。あとで報告を聞かせてください」

「かしこまりました」

 そのまま指示を出しつつ食事を終え、コーヒーが運ばれてくると、異国から持ちこまれた深く豊かな香りがあたりに漂う。これを飲み終われば白箔王としての一日が開始される。ヴィルヘルムスはたいして味を楽しむこと無くそれを飲み干す。

「今日の休憩にはハーブティーをお願いします」

「……あれは庶民の飲み物ですが?」

「味の好みは個人の自由です」







「シシって雄? 雌?」

「さあな。精霊にそんなもの関係ないだろ」

「まあ、見た目だけの話なのは確かね。でも一応気になるわ」

「なあ、あんたコトヒトがどっちなのか知ってるのか?」

「もちろんよ。え、何あなた、知らないの?」

「どっちなんだ」

「精霊にそんなもの関係ないんでしょ。知らなくても問題ないわよ」

「いや、あれはあれで気になる」

 港でカラノスと並んでそんな会話をしながら、私は海賊たちの船を眺めていた。

 遠く、灰色から海らしい濃くて深い青色に変わっていく境界の間際あたりに、焼いたケーキのような黒茶色の四角くて平べったいものが浮いている。かなり遠くにあるはずなのにかなりの幅がある。

「あなた達の船、かなり大きいのね」

「母船はひとつの街くらいの規模があるぜ。人も多いし、物もそれだけある」

「賑やかそうね」

「乗るかい?」

「そうね、機会があればお邪魔させていただくわ」

「そうか」

 ……なぜそこですっごい笑顔になるのかしら。私、何か返答間違えた?

 カラノスは黒と青の目を細めて、ひどくゆっくりと手を伸ばしてきた。逃げたかったけれど、下手に避けるのは危険な感じがしたので、動けなかった。指先で頬をそっと触れられる。

「また口説きに来るぜ」

「そういうのはもっと遊びがいのある人としてちょうだい。少なくとも、この島にはそんな暇のある相手いないわよ」

 私はいつでも背後に待機しているレーヘンへ声をかけられるように注意しながら、感情を込めずに言った。

「なんだ、操をたてた男でもいるのか?」

「個人的な質問には回答を拒否します」



 エンジンの音がして一艘の船が港に近づいてきた。

 港に辿りつくと、降りてきた男からカラノスは両手に収まるくらいの黒い立方体の形をした箱を受け取り、そのまま私に差し出す。

「ほら、ご依頼の他国の情報だ。おまけで王たちの情報も別項で作ってある。あとは即席だが大陸の一般的な上流階級の情報もひと通り入っている」

 受け取った箱はずっしりと重かった。中の情報の取り出し方、きっと精霊が知ってるわよね。

「あ、ありがとう」


 海賊との取引は順調に話をつけることができた。素直にカラノスに情報がほしいから取引しない? と声をかけたら「ああ、いいぜ」と、それだけで成立したわ。

「報酬がジェットエンジンの大型化技術とは、えらく割のいい取引だ」

 こちらから提供するものは、海賊が必要そうにしていた技術で、もちろん喜ばれた。


「おまけの分はコトヒトを通じてそこの精霊に頼まれたやつだ。注文通り、あちこちの国の過去の女王とか、王女情報がしっかり入ってるぜ」

 思わず勢い良く振り返っちゃったわ。レーヘンは微笑んだままで、ベウォルクトはそっぽを向いている。

「……アナタの要求は受け取ったわ、べウォルクト」

「こればかりは、重要なことですので」

「まあ確かに必要だけど……」

 一国の主として、しっかりしなくちゃね! これから先、この国は他国に舐められる訳にはいかないもの。


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