海賊と情報 2
今日は騒がしかったから、食後の、しかも夜は難しいことを考えずのんびりしたいところだけれど、私は国民たちと話し合いたい事があった。
「レーヘン、ベウォルクト、座ってちょうだい。それにハーシェも」
「「わかりました」」
「はい」
精霊達は空いていた席に座り、ハーシェはウサギから人の姿になってライナの隣の席に落ち着いた。ゲオルギはサヴァの隣から顔だけ出している。
全員が席に揃うと、私はめいめいの席の前にカップを並べて、お茶を注いだ。精霊達は飲まないからお茶はないけれど、お皿に載せたカップは置いた。
テーブルセットが整うと、私はみんなを見渡して言った。
「海賊と取引しようと思うの」
驚いた様子なのはライナとレーヘンだけだった。べウォルクトなんて頷いているわ。
「彼らの持つ情報は貴重だわ」
「あの、海賊と取引って、危ないんじゃないですか?」
ライナがおそるおそる言う。
「ありがとう、ライナ。危ないからこそなのよ。彼らは波がなくても来れたくらいだから、今後もそれなりに関係を持っておいたほうがいいと思うの。取引相手ならいきなり略奪しに来る事もしないでしょうし」
「ファムさまはあの男はお気に召さなかったようですが?」
レーヘンが不思議そうな顔で言う。
「ええ。腹立たしいことこの上ないわ。でも、言動は腹立たしいけれど、あの男には悪意はなかったわ。私に油断が多くて頼りないって、忠告してくれただけだもの」
私はそこでお茶を一口飲んで気持ちを静めた。
「まあ、初対面であれだけ助言してくれたことには十分警戒したほうがいいわね」
「当面はこの国から情報か何かを提供して、向こうからは他国の情報を貰うというのを考えているの。注意しながらやりとりして、利用できるものは利用しないと。何もしないでいて、そのうち他の集団が来たとき対処できないのが一番怖いわ」
私はみんなを見渡して言ってから、薄く切って乾燥させた林檎をかじった。生のものよりも強めの甘酸っぱさが口の中に広がる。
「みんなはどう思う?」
「ワタクシに反対意見はありませんが、初めは様子見とした方が良いでしょう。海賊は彼らだけではありませんし、渡すものは注意深く吟味しないと」
ベウォルクトが言った。
「あの」
サヴァが手を上げた。
「騎士団にいた頃に聞いた話ですが、あの黒の海賊は比較的まともだといわれてます。大規模ながら規律があり、海賊と名乗っていますが無差別な略奪はせず、依頼された仕事をこなすことが多いと。その取引相手には国家の要人も多いと聞いています。昼間少し言葉を交わしましたが……」
話している途中でみんなからの注目を浴びて落ち着かなくなったのか、サヴァは一度言葉を切ってひと呼吸おいて、それからまた口を開いた。
「……無作法なところもありませんでした。ですがこの国の情報を流せば、その分外からの危険も増えるのでは?」
「問題はそこよねぇ」
「僕のことはどう伝えたってかまいません。でも、ライナの事は守ってほしいです」
他国の権力者達から恨みを買っているシメオンがカップを握りしめて言った。
「シメオン、私はあなたを売ったりしないわ。あなたの事も、ライナもサヴァの事も、ゲオルギの事だって、精霊たちの事だって私は守るわ」
ベウォルクトが黙って私のカップにお茶のおかわりを注いでくれた。レーヘンは驚いた表情で自分を指さす。
「ワタシ達、精霊もですか?」
「そうよ。アナタ知らなかったけど、よその国には精霊を捕まえて改造したり、売買する人間だっているのよ?」
「ああ、そういえば、熱心にどこかへ連れていこうとする人に何度か会いましたっけ。あれはそういう意味だったんですね」
よく五百年間うろつきまわって無事だったわねアナタ……
「しかしファムさまはあの男と関わりを持つのは嫌そうでしたが」
「商売で関わるのと、好き嫌いの感情は別の話よ。ご心配なく、私はあの男とどうにかなるつもりはないわ!」
それからまたひとしきりみんなで意見交換をして、海賊に何を提供するかや、どういった交渉方法でいくかの案を出しあって、大まかに決めて、後は私がベウォルクトとレーヘンからの助言を元に最終決定をすることになり、夜の会議はおしまいになった。
王の間に穴が開いているせいでお城の機能がかなり弱っているらしいので、念の為にサヴァとシメオンはベウォルクト達と一緒にお城の周辺の警備に立つことになった。
「ライナ、今夜はハーシェと一緒に私の部屋で眠らない?」
私は海賊が来てからずっと不安そうな表情をしているライナに声をかけて、ふわふわのウサギのハーシェと一緒に寝ることにした。
「兄さん以外と眠るのは初めてなんです。時々、朝になるとシメオンも一緒に寝ていることはあるんですけど」
温かい寝間着に着替えて、ライナは羽根のある彼女専用に作ったうつぶせ寝用の枕を抱えて、照れながら私の部屋にやってきた。
一緒に横になって他愛ないおしゃべりをしているうちに安心したのと、昼間の疲れが出てきたらしくって、ライナは程なくして眠りについた。力の抜けた真っ白な羽根がふんわりとシーツの上に広がる。そっと触ってみると、汚れひとつなく、艶のある羽先だった。
私自身はなかなか寝付けなかった。しばらくしても眠気がこないので、枕元にいるハーシェに眠るライナを頼んで、起き上がって甘酸っぱい味のハーブティーをカップ一杯作って、備え付けの浴室に向かう。
たっぷりのお湯に肩まで浸かり、ゆっくりとハーブティーを飲む。
ふっとため息をひとつつくと、自然に涙が出てきた。
「別の男に口説かれても、ちっとも嬉しくなんてならないわよ」
湯気の向こうに向かって、つぶやいてみた。
「聞いてよ。キスされそうになって、防げなかったの」
そう言って、頬を伝う涙をお湯に落としながら、私は一人で作り笑いをした。
「でもね、思いっきり、力いっぱいひっぱたいてやったんだから」
湯気のせいか何だかわからないけれど、前が良く見えない。
「褒めてよね、ヴィル」
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◇
◆
「あの女がほしい」
カラノスはそう言い、持っていた杯から酒をあおった。
彼の言うところのオジ貴、先代の組頭を見送るために特別に用意していた酒で、黒堤組はささやかな宴を開いていた。皆めいめいに酒を飲み、物を食べ、あちこちで先代についてや、この島の変わった国民たちについて語り合っている。
その中で組頭のカラノスは護衛の精霊シシの上にもたれかかり、送別の際にだけ使用される杯でコトヒトを相手に飲んでいた。杯をあおる回数がすすんだせいか、カラノスの黒と青の瞳は熱をおびて潤んでいる。
「体の形もなかなかよさそうだが、媚びない目つき、飾らず動く唇。駆け引きはそこらへんの小娘程度の癖して、譲らんところは譲らん度胸。ああいうのは海にも陸にもなかなかおらんな」
カラノスはそう言い、酒に濡れた唇をなめた。
「しかも普通は国に一体いるだけで貴重な特級精霊を二体も従えていやがる。んであの手の早さ。お袋より容赦なかった」
カラノスはどこか嬉しそうに己の左頬をなでた。
「しかし、あれはかなり嫌われたんじゃないのか」
ただ居るだけの形で宴に参加しているコトヒトは、右ひざを抱えて座った姿勢で、冷静に言った。
「逃げると追いたくなる。ますます欲しくなったな」
コトヒトはため息をついた。
しばらく経って、酔い覚ましにとテントの外に出てきたカラノスに、副頭の一人の壮年の黒髪の男が近づいてきた。
「おいお頭、あの女が例の依頼の対象なのか?」
男の言葉に、カラノスは頷いた。
「ああ、おおかたあの女がヴィルヘルムスの依頼の女だろう」
「髪の色が違っていたようだが。依頼の女は、黒だろう。女王のは不思議な色だった」
「いや、おそらくあの女で合っている。あの顔にはまっ黒な髪が一番良く似合う」
カラノスはそう言いって腕を組み、雲に覆われた夜空の下、水平線も何もわからない海の方角を眺めた。
「探しまわる訳だ。若いくせに枯れてる奴だと思っていたが、女を見る目はあるんじゃねえか」
そうつぶやいて、背後に立つ精霊の視線に気づくとカラノスは強気の笑みを浮かべた。
「だが譲る気にゃならんな。女については向こうから問いつめられるまで黙っとけ」
「もう一つの用件はどうしますかい」
副頭の男が尋ねた。
「そうだな……売り込みに使う情報はちと精査しとくか。『くろやみ国ってのが海の上の島にできたという情報は本当だった。だが銀鏡海のせいで苦労して上陸はできたが、事故が起きてすぐ帰った』って所にしておくか。嘘は無いし、これだけでも結構な内容だ」
「わかりやした。さっそく報告書の準備にとりかかりやす」
壮年の男はそう言って、テントへ戻っていった。
「悪いがヴィルヘルムス……女王はもらうぞ」
カラノスは暗い闇に包まれた海原の果てを見つめながら言った。
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番外編ページにこの晩のレーヘンとコトヒトの雑談を「銀と灰」というタイトルで載せています。