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くろやみ国の女王  作者: やまく
第三章 海からの客、くろの騎士、準備
34/120

海の波と国民たち 4

 

 

 

 テント内の空間に鋭く乾いた音が響く。

 思いっきり振り抜いた右手の指先が痺れて震えた。


「ウブな女かと思ったんだが、いてえな」

 目の前の男は詫びる様子もなく左頬をさすっている。

 なんてことしてくれるのこいつ!

 しびれていた手のひらがすごく痛くなってきたわ!

 海賊は油断大敵! 気を許してはならないわ!


「レー……」

 震えながらレーヘンに命令しようとして、背後を振り返った私はびっくりした。

「ファムさま、三秒ルールです! 三秒ルール! 0.2秒でしたから、大丈夫ですから!」

 レーヘンが必死になって言ってくる。

「なによ、三秒ルールって! それに、足元のそれは一体なんなの」

 一生懸命フォローしているつもりらしい銀髪の精霊は、いつの間にか現れていた灰色の生き物を踏みつけていた。レーヘンの足の下で暴れるそれは、白箔国の動物園で見た事のあるライオンという動物に似ているけれど、ゲオルギ並みに大きな体をしている。一体何かしら?

 レーヘン達より後ろの少し離れた場所では、強ばった顔つきでこちらへ飛び出そうとしているライナと、慌てて彼女を押しとどめようとしているシメオン、その横で立ち尽くしているサヴァに、状況がよくわかっていない様子で首を傾げている竜のゲオルギが見える。

 そしてベウォルクトの隣にはいつの間にか白に近い灰色の髪の若者が腕を組んで立っていた。

「……どちら様かしら?」


「動けよコトヒト。シシはちゃんと俺を守ろうとしたぞ」

 マヴロと名乗った男は頬をさすりながら若者に向かって睨んで言う。

組頭くみがしらの命に別状はありませんでしたので。それに、今のは明らかに礼を欠いた行為だった」

 コトヒトと呼ばれた若者は表情を動かさずに答えた。中性的な風貌をしていて、灰色の長い髪を一本の三つ編みにして、やや濃い灰色の瞳をしている。房飾りのついた墨色のゆったりとした上着を着て、下は同じ系統の色をした裾の短いズボンに、布で出来たサンダルを履いている。


「アナタ、闇の精霊?」

 レーヘン達と似た感じがしたので思わず尋ねてみると、若者はわずかに目を見開いて、組んだ腕をほどいて前に一歩踏み出した。

「鋭い目をお持ちですね。初めまして、くろやみ国の女王。ワタシはかつてこの国を離れた精霊で、現在はコトヒトと名乗っております」

 そう言って灰色の髪した精霊はゆるく微笑み、お辞儀をした。

「うちとは違って、灰色の髪なのね」

 私は銀髪のレーヘンを振り返った。

「一等級だと銀髪以外も現れるんですよ」

 銀髪の精霊は優雅に微笑んで、私が尋ねる前に答えてくれた。


「シシ、もう大丈夫だ、戻れ」

 海賊の首領は腰にあった剣の刺さっていない幅広の鞘を掲げて、レーヘンが足で抑えていた灰色の生き物に向かって声をかけた。

 レーヘンが足をどけるとシシは体を起こしてぶるぶると震えて毛並みを整え、レーヘンに向かってひと吼えしてから首領の元へ駆け寄り、吸い込まれるようにして鞘の中に消えていった。

「な、なあにあれ! もしかしてあれも精霊なの?」

「あれはいわゆる人工精霊です。影霊の研究過程で誕生した一体ですね。国外へ出た人間達や精霊の元でずっと保護されてきたのでしょう」

 びっくりして声をあげる私の耳元で、ベウォルクトが小さくささやいて教えてくれた。よく見るとシシという人工精霊は柄にライオンのような彫刻が施された剣になって鞘に収まっていた。

「コトヒト、おまえも一旦戻ってくれ。あとでちゃんと場を設ける」

「わかりました」

 そう言って、コトヒトも剣の姿になった。こちらはシシとは違って鞘も一緒で、飾り気のない灰色の細くすべてが真っ直ぐな形で、黒い房の飾りがついている。

「精霊って、ああいったことも出来るのね!」

「お伝えしておきますが、特級はあのような事はしませんよ」

「あれはコトヒトが己自身をああいった形に改変したからで、我々はできませんので」

 レーヘンが言い、ベウォルクトがさらに付け加えるように言った。

「別に誰もやれなんて言って無いじゃない」

 そんな事言いそうに見えるのかしら、私って。



「このシシとコトヒトは俺専属の護衛用精霊みたいなもんだ。まあ、由来はあんたらの方が詳しいみたいだが、今は黒堤組の首領に代々仕える精霊だからな。今更何言われたって返さねえぞ」

 そう言ってマヴロと名乗った男はふた振りの剣を元のように腰につけた。

「……ふてぶてしいわね」

「うちの業界はツラの皮厚くないとやってけないんでね。そう言うあんたはなかなか気が強いな」

「気弱じゃ女王は勤められないわよ。左頬の腫れ、どんどん赤くなってるわよ?」

「それを言うならあんたの手も、だいぶ腫れてるんじゃないか?」

 男は愉快そうな顔つきで笑い、私は顔が引きつりそうになりながら力をこめて微笑み返した。


「お頭、なんかもめてたっぽいけど、どうしたんすか。コトヒト達も出て来てたみたいですけど」

 テントの外から海賊の仲間が声をかけてきた。

「なんでもねえよ、ちょっと女王さんを口説いてただけだ」

 男は目の前で飄々(ひょうひょう)と答える。

 ああ、もう一度ひっぱたきたいわ。


 すぐ外には何人か集まっているらしくて、ざわめく声が大きくなった。ライナが身を堅くして、シメオンがそっと寄りそう。

「お仲間さん達が心配しているみたいね。一旦外に出て話を続けましょう」

「ああ、わかった」


「ライナ、シメオン、あなた達はゲオルギとここにいて機材を見ていて。サヴァは奥の怪我人達の具合を確認してきてちょうだい。顔は隠したままで構わないから」

 私が指示を出すあいだにレーヘンが外出用の外套を着せてくれる。

 フード付きで地面すれすれまで裾が長く、袖も長いそれを海賊の首領は興味深そうに見ているけれど、何も言ってこない。

「ベウォルクト、レーヘン、アナタ達は一緒に来てね」

「かしこまりました」

「もちろんです」


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