真珠の守り手 4
「申し訳ないけど、お金はこれだけしか無いの。追加の現金は現地調達でお願いするわ。一応換金出来そうな物は渡しておくから」
私の持って来た荷物には白箔国で働いて貯めていた微々たる通貨しかないわ。あの貴族オヤジからもらった手切れ金は燃えた家の食卓に置きっぱなしだったから、とっくの昔に灰クズよ。
「今は国が違えば通貨も違うんだろ? 現金はいらん。荷物になる。換金物だけでいい」
三日後の早朝、マルハレータ達を見送るために私たちはお城の出入口に立っていた。
ベウォルクトが手のひらに収まる大きさのガラス板のようなものをマルハレータに渡す。
「ローミングパッドです。使い方はあなた方の時代のものと同じにしてありますから、必要な情報はこれで得て下さい。精霊とのやりとりにも使えます」
「わかった」
「マルハレータさんが帰って来る頃には私、飛べるようになってみせます」
ライナは生き生きとした目でマルハレータに挨拶をする。本気で空を飛ぶ気なのね。
「期待はしない。だがおれが言った事を守って実践すればもっと身軽に動けるようになる」
「はい! わかりました」
珍しくライナの隣は竜のゲオルギだけがいて、シメオンがいない。なんでも、昨日ローデヴェイクとひと悶着あって、朝方まで練兵場でぼろぼろになるまで闘って、止めようとしたサヴァ共々寝込んでいるらしいわ。
ローデヴェイクの方は何ともないみたいだけど。彼は今ベウォルクトに何事かを言い聞かせられている。
「あと、あのね……」
私はおずおずとマルハレータに封筒を差し出した。
「これ……もし白箔国でヴィルヘルムスって人に会える事があれば渡して欲しいの。一応、彼は王様をやっているんだけど……」
精霊達が「またですか」ってあきれた雰囲気を出している気がするけど、無視。
「もし、でいいの。もし、会えたらで。大した事書いてないし」
中身は、私は今お仕事に就いていて帰れないけど、元気です。って、書いてあるだけだし。
マルハレータは私の手から封筒を受け取ってくれた。
「了解した。渡すだけで良いんだな?」
「うん。ありがとう」
一通りの挨拶が終って、二人は出発した。
「時々は帰って来てね! おみやげよろしくね!」
「ああ」
表情は変わらないながらも私の声に手をあげて答えるマルハレータの横で、ローデヴェイクが信じられない物を見たという顔をしていた。
マルハレータ達を見送った後、ライナとゲオルギは医療道具を持ったレーヘンとシメオン達の様子を見に行って、私は久しぶりに一人で王の間でお茶を飲んでいた。
「二人が出発したばかりなのに、もう寂しく感じちゃうわ」
「彼らがいた時は随分とにぎやかな出来事が多かったですからね」
焼いたメレンゲ菓子と、ジャムを練り込んで焼いたロールパンをお皿の上に並べながらベウォルクトが言った。
「ところで、どうしてマルハレータはローデヴェイクの復活をお願いして来たのかしら」
結局本人には聞きそびれちゃったので、ベウォルクトに尋ねてみた。
顔を布で覆ったこの国最古の精霊は私の向いの椅子に座って、彼女と彼についての昔話をしてくれた。
「あの時代の誰もがそうだったのですが、全てが戦争に向かって動いていて、誰もが己の願い通りに生きられる時代ではありませんでした」
マルハレータは十一歳で即位してずっと戦争国家の代表として戦いの指揮をとり、自身も前線で戦った。既に戦火は何代も前から世界中に蔓延しており、彼女の代ではもうどうにも止められる規模ではなかった。
ローデヴェイクは徴兵制のために幼い頃から少年兵として戦陣に身を投じ、初めは戦いへの恐怖で怯えていた日々を送っていた。
その中で彼は偶然にも即位前のマルハレータと出会う。その時を境に彼は積極的に戦闘に参加するようになり、早くからその戦闘能力の高さで頭角を現していたこともあって、成長とともに軍での地位も上がっていった。
「本人は初め機械工員になりたかったようですが、大規模戦闘での殲滅戦にかなりの才というか、実力があったようで、最終的にはマルハレータの直属の部下として任についていました」
戦場では二人はいつも一緒だった。互いに守り守られて、戦って戦って、敵をひたすら殲滅していった。
けれど戦争は一向に終結へ向かわなかった。
そうするうちに先にローデヴェイクが戦場で死に、それから数年後にマルハレータも戦闘中に受けた傷が元で亡くなった。
「あの二人は当時から強く想い合っていましたが、戦火の女王と配下の将軍、死ぬまで添いとげることができませんでした」
葬儀の際、彼女の胸元には彼の遺灰が入ったペンダントが飾られていた。
「あのペンダントのことね」
◆
◆
「せっかく今の女王サマがくれた第二の生だ。この世界がどうなったか、ぞんぶんに見てやろうじゃないか」
マルハレータはしっかりした足取りで歩いて行く。
「俺様を置いて行くんじゃねえよ」
「ああ? 来るならさっさと来い。ついて来いとは言ったが、おれはもう女王じゃねぇんだし、オマエも将校じゃないんだ。すきにしていいんだぞ」
「おおよ」
ローデヴェイクは応え、背後からマルハレータの腰に腕をまわし彼女の首筋に顔をうずめた。
「アンタも俺も、もう戦争に行かなくていいんだな」
「……ああ」
マルハレータは己を囲うローデヴェイクの腕に触れながら言った。
「オマエはもう一人きりじゃないんだよ。ローデヴェイク」
「アンタもだ、マルハレータ」
◆
◆
「……死後になるけど、せっかくだから二人には人生の楽しみを味わって欲しいわね」
いつも奇妙な顔をしてご飯を食べたり、お茶を飲んでいたマルハレータの姿は結局お城を出発するときまで変わらなかった。花の香りをかいでもどう楽しめばいいのかわからず、子うさぎハーシェのふわふわの背中をおそるおそる触ろうとして、結局触れなかった。
ローデヴェイクは国を出発する直前まで穏やかな雰囲気の部屋で落ち着かなさそうにしていて、明るく楽しそうに笑うライナ達を遠くから眺めては不思議そうな顔をしていた。
「少しはこの時代に馴染んで、落ち着いて帰って来てくれると嬉しいわね」
「ところでファムさま」
「どうしたの? レーヘン」
いつの間にか戻って来ていたレーヘンが私の傍に立っていた。
「二人が旅立って、この国の人口比率が変わりました。現在人間に属するものが四、精霊に属するものが三となり、人間が過半数を越えました。それで、先ほど確認したのですが、人間の地図にも『くろやみ国』が表示されました」
「えっ」
◆
◇
「ヴィルヘルムスさま、地図に例の国の名前が載りましたよ」
「そうですか」
指に止まっていた金色の小鳥を窓の外へ放っていたヴィルヘルムスは、書類が積まれたテーブルに戻り、卓上に飾られた赤い花にそっと触れ、言った。
「この時を待っていました」
◇
◆
次回から第三章です。




