転がり込んで来た銀色と炎 2
連れて行かれた先は警察の建物ではなく、大貴族のものと思われる大きなお屋敷だった。
そこで表情も言葉もない軍の警察隊に囲まれて、見知らぬ貴族の中年男性が私を待っていた。金の刺しゅうの入った豪華な上着、でも布で紋章の部分は隠されていた。
「君は今ヴィル氏とつき合っているのかね?」
「そうです……彼に、何かあったんですか?」
私がそう言うと中年男性は鼻で笑った。相手を見下す、嫌な笑い方だった。
「何も無い…いや、これからあると言うべきか…。おじょうさん、君は彼がどの階級にいる者か知らんようだな」
知らない。私はヴィルが何者なのか知らなかった。
街で偶然知り合って、いつも街で待ち合わせたり、家に迎えに来てもらって会っていた。
幸せすぎて、知ろうとも思わなかった。
「知らないのなら知らんままでよろしい。だが事情があってね、君と別れたいと言って私に頼んで来たんだ」
言われた事の衝撃よりも、まず先に涙が出た。静かに、傷から溢れ出る血のように。
目の前にいる中年男性は明らかに上級貴族だった。言う事にどれだけ真実が含まれていようとも、とにかく私に彼と縁を切れと言っていることは理解出来た。
「かれと……ヴィルと話をさせて下さい。それで納得できれば、彼の元を去ります」
枯れた声で言いながら更に涙があふれた。靴のつま先に雫が落ちる音が聴こえた。けれど、歯を食いしばって目線は相手から外さなかった。
脳裏には(「五日後に迎えに行きますから、絶対に家にいてくださいね」)という、数時間前に聞いたばかりの彼の声が蘇った。
「残念ながらそれはできない。彼はもう君とは会わないと言っているんだ」
中年男性は例の笑い方をした。私は直感的に相手が嘘をついている事を知った。
私にはまったく勝ち目が無かった。今ここで反発すれば、脅しという名の危害が襲ってくる可能性が高い。私にも、彼にも。
「わかりました。もう会いません。それが彼のためになるのなら」
「ものわかりが良くて助かるよ。しかしこの街にいる以上、どこかでばったり会うかもしれないね」
目の前の中年男……もういいや、中年デブオヤジは、にやついた顔のまま召使いを呼び、封筒を握らせて来た。私は気色の悪さに手を振り払いたいのを我慢し、震えた。
「手切れ金と、立ち退き金、それに国を出る旅券もサービスしておいた。君はまだ若いんだからどこへでもいくといい」
優しい口調でえらい侮辱をくれたものね。
私はそれから一言も発さずに、家に帰った。分厚い封筒を持って。
家に帰ると銀色の野良精霊はいなかった。
やはり勘違いだったのねと、一息ついて、封筒を食卓の上に置きっぱなして、甘いハーブティーを飲んで、井戸に顔を洗いに行った。
それから部屋着に着替えて、一眠りしようとベッドに入ったけれどまるで寝付けなかった。
もやもやとしたものがまとまらなくって、結局起きて日に焼けた壁紙を眺めていると、窓の外に金色の小鳥が飛んでいた。
ヴィルの精霊だわ!
急いで窓をあけると、金色の小鳥は足で掴んでいた小箱を私の膝の上に落とした。
空けてみると、黒い石がはめこまれたペンダントと、手紙が入っていた。
“愛しいファム
このペンダントをいつも身につけていてください。危険から貴女を守ってくれるまじないをかけてあります。どうか無事で。五日後に待っていて下さい。絶対に迎えに行きます。 あなたのヴィルより”
嬉しくって、涙が出て来た。彼は知っている。そして私を案じていてくれる。金色の小鳥が飛び去らないように押さえつけながら、私はあわててヴィルに返事を書いた。
“大好きなヴィル
ペンダントをありがとう! 知らない貴族のおじさんと会ったわ。五日後に会うのは危ないかもしれないわ。あなたの身の回りにも危険が迫っているかもしれない。お願いだから気をつけて! 愛するファムより”
慌てて書き上げた手紙と、身につけていた指輪をハンカチでくるんでキスをひとつ落とし、金色の小鳥に持たせた。
「押さえつけてごめんね、急いでたの。また荷物運んでね」
頭を軽くなでると気持ち良さそうに目を細めて、金色の小鳥は開いたままの窓から飛び立って行った。
それから私は動き回った。
まずバイト先の花屋に行き、五日間のお休みを貰って、帰り道に、パンやチーズに卵、干し野菜などの保存のきく食べ物を買い込む。
それから家じゅうの大事なものをかき集めて、もしも早くにヴィルが来てくれた時にいつでも出かけられるよう、準備をした。
ひととおり思いつくことをやってしまって、とっておきのジャムをパンに塗ったものと、買ってきたプリン、バニラを効かせたホットミルクでお腹を満たして、これまたとっておきのエッセンシャルオイルでボディマッサージに精をだした。
そしてベッドで深く眠った。
ヴィルがくれたペンダントを握りしめながら。
2018/02/21:単語や台詞回しなどを手入れ