真珠の守り手 2
「おれが頼んでおまえを蘇らせてもらったんだ。感謝しな」
男は夢から醒めたようにぼんやりとした表情でマルハレータを見上げた。
「あー、さっぱり状況がわからねぇんだが。それに、あんた、体が」
「だまれ。おれの今の名はマルハレータだ」
「ああ?」
「おれも一度死んで、蘇った。おまえのようにな。だから今のおれはマルハレータだ」
「随分と女らしい名前になったんだな」
「別にいいだろう? 強さが義務の時代じゃないんだ」
二人の会話からは随分慣れた感じがするわ。家族なのかと思ったけれど、顔は似ていないわね。
男はマルハレータが差し出した手を掴んで、引き上げられるようにして立ち上がった。
「マルハレータ、彼とはどういった関係だったの?」
「こいつはおれの部下だった。軍の将軍で、おれの護衛もやっていた。ファム女王、この男にも新しく名前つけてやってくれないか?」
「ええ、よろこんで! そうね……ローデヴェイクはどうかしら? 昔話に出て来る英雄の名前なの」
「いいんじゃねえの」
「おい、俺様の意見は無視かよ!」
マルハレータはわめくローデヴェイクから離れて私が座る王座の方へやってきた。
「おかえりなさい、マルハレータ」
「あー……タダイマ」
彼女は視線をはずしながら挨拶して、指の先くらいの大きさの小箱をくれた。
「記録だ。精霊達に見せてもらえ」
「ありがとう。国内を見て回って、どうだった?」
「なにもなかったな。潔いくらいまでに何も無かった。どうしようもなく死んだ土地だな」
すっきりした顔してるわね、あなた。
「いまは蘇ってる途中なのよ。時間はかかるけど、これから元の姿に戻っていくわ」
「元にしなくていい。あんたはあんたの国を造れ」
彼女は表情を変えずに私をまっすぐに見て言った。
「わかったわ」
マルハレータが戻って来て、ローデヴェイクはすっかり大人しくなった。表情も、まあそんなに恐くなくなった。
私が話しかけても睨んできたりぶっきらぼうな返事が多いのだけど、彼女の言葉にはちゃんと耳を傾けて、素直に従う。
「彼は生前『狂狼将軍』と呼ばれていました。当時は女王以外の命令をきかず、気に入らない事があると敵味方構わず暴れ回っていたそうです」
ベウォルクトの話をきいて納得しちゃったわ。
「あなたの言う事はきいてくれるのね」
「ちゃんと躾けたからな」
何をどうやったのか聞きたかったけれど、彼女は教えてくれなかったわ。
ちなみにローデヴェイクは暴れた彼を取り押さえたベウォルクトに対しても、一応従順な態度をとっている。
一日あけて、マルハレータについてもらいながら他のみんなと顔合わせをしたわ。
「兄さんよりも大きな人!」
ライナがローデヴェイクを見上げて驚いたように言った。
確かにサヴァも背が高いけれど、ローデヴェイクのほうが頭ひとつ分大きいわね。
「あんだ、おまえらは」
「ライナです」
「シメオンだ」
ライナはちょこんと可愛くお辞儀をして、隣に立つシメオンは視線を外す事無くローデヴェイクを睨んだまま名を告げる。
「おびえるかと思ったけれど、意外とライナは平気ね」
「小さい頃はよく森で野生の竜や虎をを手なずけてましたから」
「……あなたたち凄い所に住んでいたのね」
でもサヴァの答えにちょっと安心したわ。というか、まったく動じていないライナとは逆にシメオンがものすごく警戒しているわ。
「この時代は羽のあるチビなんているのか」
「この国では彼女だけですよ。他所ではわかりませんが」
ローデヴェイクの言葉にレーヘンが答えた。
確かに、探してみれば世界のどこかには羽根のある人がいるかもしれないわね。人間以外の種族も、ちょっとはいるみたいだし。
「ライナに近づくな。あんたは殺し屋と同じ気配がする」
シメオンがローデヴェイクを睨みつけたまま言う。
「察しの良いガキだな。俺様は仕事じゃねえ限り弱いもんには手を出さねえよ」
ローデヴェイクは面白そうににやっと笑った。マルハレータとちょっと笑い方が似てるわね。
「弱い」という言葉にシメオンの機嫌がますます悪くなったみたい。
ライナが不安そうにシメオンの様子を伺っている。
「ローデヴェイク、残りのみんなを紹介するわ。まずこっちがハーシェちゃんよ」
空気を変えるために私はそう言ってレーヘンから子うさぎのハーシェを受けとって両手で胸の高さに掲げ、
「サヴァです。こっちは竜のゲオルギ。よろしく」
続いてサヴァが挨拶した。
「珍しい生き物がいるじゃねえか」
ローデヴェイクはゲオルギを見て言った。
ゲオルギは首をかしげながら見返す。
「焼いたらそれなりに食えそうだな」
「食べないでください」
サヴァが言いながらおびえるゲオルギの前に立ちふさがった。
マルハレータがつかつかとローデヴェイクに近づき、すばやく足払いして引き倒して頭を踏みつけた。
「食うなよ?」
「……了解」




