真珠の守り手 1
マルハレータがでかけている数日の間に、私の髪の色はすっかり変化して影霊を創る頃合いになった。
なんだかとっても久しぶりな気がするわ!
約束通り、私はマルハレータのペンダントを王の間の台上に置いて王座に座る。
「ファムさま、もしやそのペンダントはマルハレータのものですか?」
「そうよ。よく分かったわねベウォルクト。これを今回の影霊の核にするわ」
折角だから、彼女がいない間に創って驚かせちゃおうと思ったのよ。肌身離さず持っていたペンダントなんだもの、きっと彼女にとって大切な何かだったに違いないわ。
台の上では今までどおりと同じ黒いもやが生まれ、人の形をつくりだしていく。うーん、感じとしてはどうもマルハレータの時と同じく、昔の誰かが復活するみたいね。あのペンダントの中に何か入ってたみたい。
「レーヘン、構えてください」
もやが消えようとしたところでベウォルクトが突然言った。
「またですか」
あきれたようにため息まじりでレーヘンが答える。
「どうかしたの?」
私がそう言った瞬間、影霊の黒いもやが消え去り、レーヘンが素早く私を抱えて飛び退って、遅れて強い衝撃が襲って私たちはまとめて一気に吹き飛ばされた。
「わっ」
「ええええ!」
壁に叩き付けられるかと思ったけど、なんとかレーヘンが空中で姿勢を変えて、無事に着地することができた。
顔を上げると目の前が煙に包まれていて、なにがどうなっているのかわからない。
遠くで何かが崩れる音がする。
頬に風を感じた。
「……なんと」
愕然とするベウォルクトの声が聞こる。
しばらくすると煙が晴れて、王の間の様子が見えて来た。
窓際に見事な大穴が空いて、外からびゅうびゅうと風が吹き込んできている。
「ど、どうなっちゃったのこれ?」
私は急いで大穴のふちまで走って、外を覗いた。
「ねえ! あの遠くで吼えてるの、あれ、人間?」
遠くの枯れた大地から聞こえてくる爆発音に次々と天高くあがる土煙と地響き。それと共になにか叫びながら暴れ回っている人影がちらりと見える。
「一応そうですね。いまは影霊ですが、元は人間でしたから」
レーヘンが追って来て大穴から下を覗き込んでいた私の手を掴む。
「王の間に穴……空いちゃったわね……」
「ファムさま、危ないので下がってください。別室へ退避しましょう」
「え、あの復活した人を追わなくていいの?」
「それはベウォルクトがやります」
見ると、ベウォルクトの周囲から危険な気配が漏れていた。
両手に壊れた壁の固まりを持って、うつむいたまま動かない。
「そ、そう。じゃあ任せるわねベウォルクト!」
「……かしこまりました……もしかしたら治療室を使うかもしれませんが、よろしいですか」
「自由に使ってちょうだい。せっかく復活してもらったんだから、死なせちゃ駄目よ」
「善処します」
それからしばらく私とレーヘンはライナの羽根を動かす練習につきあったり、彼らの居室で必要なものを話し合ったりして過ごした。
半日経った頃、レーヘンが言った。
「そろそろ王の間に戻りましょうか」
危ないのでライナ達には部屋で待機してもらったわ。
「レーヘン、ちゃんと私を守ってね」
「もちろんです」
王の間は相変わらず大穴が空いたままだった。
王座に座って「大丈夫?」と王の間に尋ねると、『問題ないけど、修理に数日かかる』という、言葉には満たない思いのようなものが伝わって来た。というか、いつの間にか建物と会話出来るようになってるわ私!
影霊として蘇った人物は、がっしりした体格の大男だった。私の腕ほどの太さの金属で編まれた縄でがんじがらめになって、うつ伏せでベウォルクトの前に転がされている。
「……生きてるの?」
「問題ありません。この人物は元々頑丈ですし、さらに影霊となって補強されていますので」
ベウォルクトが手をかざすと縄が消え、男は勢いよく立ち上がった。ものすごく背が高いわね!
暗い銀髪、鈍く光る刃物のような灰色の瞳が周囲をせわしなく見回す。肉の薄い頬に強く引き結ばれた口元。キツい目つきと思いっきり不機嫌な表情がなければそこそこの好男子なのに、もったいない。服装は灰色の制服のようなかっちりしたズボンに黒の細身のタンクトップ。靴底の厚い頑丈そうなブーツを履いている。ベウォルクトが何をしたのかしらないけれど、全部ぼろぼろだった。
筋肉のついた見事な体つきに、レーヘンがうらやましそうな目線を送っている。
「なんだぁ、ここは」
「こ、こんにちは。私はこのくろやみ国の女王ファム」
ぎらつく瞳が、私を見た。
「あ¨ぁ?」
睨んでくる……迫力あるわね。
「あなたは一度死んで、影霊として復活してもらったの」
「お嬢ちゃんよ、ふざけるんじゃねえぞ。誰がそんな事頼んだ」
「おれだ」
私が答える前に、男はいつのまにか背後にいたマルハレータに蹴りとばされた。
細い足であんなに遠くまで蹴り飛ばせるなんて!
男は頭から壁にぶつかって、なぜか壁の方にヒビが入った。ベウォルクトが微動だにせずじっと壁を見てるのが凄く怖いわ。
「アンタは……」
「ひさしぶりだなぁ、オイ。復活早々大暴れしやがったそうだな」
女でも、ああいった凄みのある笑顔ってできるのね! 私にも出来ないかしら。あのヒールでぐりぐりってするのも!




