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くろやみ国の女王  作者: やまく
第二章 国民たち
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願いが許される場所 3

 

 

 

 はじめてだけどなんとなく大丈夫だという思いがあったから、私は落ち着いていた。

 少女の身体を眺めながら流れをつくることを意識する。

 冷たくて固いバターがゆっくりと温まり、溶けて柔らかくなるように。

 それからその柔らかくなったものが流れ動いて行くように……

 お兄さんから少女に、少女から私の身体を通しハーシェに……

 少女の命脈はゆっくりと竜脈と混ざるにつれて強く感じられるようになって来た。

 それと共に消えかけていた姿が現れ始め、しっかりとした輪郭が見えるようになってきた。

 そして私の視界がちょっと暗くなった瞬間、

『ファムさま、』

「命脈が安定しました」

「お身体の限界です。今日はここまでにしましょう」

 ハーシェが言って、ほぼ同時にレーヘンとベウォルクトが喋った。


 私は手を離して、倒れこむように背を王座に預けて深く息をついた。

 どれくらいの時間が経ったのかわからないけれど、すごく身体が重くなったみたい。うまく動かせないわ。

「ファムさま、すぐに薬を飲みますよ」

 レーヘンがすぐさま小瓶を三本押し付けて来た。

「まずこれを飲んで、次にこれ、そして十五分後にこれを飲んでください」

「わ、わかったわ」

 なんだかよくわからないけど、とにかく言われたままに飲む。

 初めのはすっごく不味くて、次はまあまあ甘くて、最後のは酸っぱかったわ。

 全部飲み終わったら、身体がびっくりするくらい軽くなった。

「ありがとう、レーヘン」

「お疲れさまでした。ファムさま」

 私が回復したのを確認して、銀の精霊はほっとしたように微笑んだ。


 小瓶をレーヘンに返してあたりを見渡すと、ハーシェはいつのまにか子ウサギに戻っていて目を閉じて床にうずくまっていて、お兄さんは崩れるようにして少女の眠る台のふちにもたれ掛かっていた。みんなそれぞれかなり疲れているみたいね。

 そばでずっと様子を眺めていた竜はふんふんと少女の匂いをかいで何かを確認しているみたい。

 ベウォルクトがそれぞれの身体の様子を見て回って、最後に私の元へ戻ってきた。

「ファムさま、お身体の方はどうですか?」

「だいぶ回復したわ。今のところはちょっとだるいだけね。ねぇベウォルクト、あの子まだ元気になれないの?」

「まだ身体の消滅を防げた段階です。全快にはしばらくかかるかと。ファムさまの身体への負担具合を見て明日か明後日に二回目をおこないましょう」

「わかったわ。じゃあみんなの滞在場所を用意しましょう」

「少女は王の間から動かさない方がよろしいですよ」

「ならきっとお兄さん達もここに泊まる方が安心できるわね。簡易テントでも張る?」

「……夜だけ彼らのために普通の寝台と簡単なついたてを作りましょう」

 ベウォルクトとしては王の間にテントは駄目みたいね。

「寝台とついたてね。あと人が滞在するのに必要そうな物は私が用意するから、アナタは竜が滞在するのには何が要るか聞いておいてちょうだい」

「かしこまりました」


 私は王座を離れて、うんと伸びをした。

 それからこわばった身体をほぐすようにゆっくりと歩きながら窓辺に立つ影霊の彼女の元へ行った。


「なにもしないでくれて、ありがとう」

「……べつに」

 彼女は窓の外を向いたまま言った。

「ねえ、さっき言ってた事についてだけど、あなた絶望してたの?」

「死ぬ時までな。今は、なにもかも変わっちまって、無くなって、からっぽになっちまった」

 小さくかすれた声だった。

 私は彼女の目線と同じ方向にある、空を覆う灰色の雲たちを眺めながら言った。

「あのね、私、王の間であなたを蘇らせた時に願ったの。もしも蘇らせようとしている相手が死んでいたいと思っていたなら何もしないでちょうだいって。本人が生きたがっていた時だけ復活させてちょうだいって」

「……なんだと」

 私をまっすぐに見つめてきた彼女の瞳は暗い灰色だった。いまにも雨が降りそうな空の色だわ。

「あなた、死ぬ時にもっと生きたいって思っていたはずよ」

「……覚えてない、そんなこと」

 彼女は足元に目線を移した。見ると、ここ何日かの乱闘のせいで真っ白だった細身のワンピースの裾はぼろぼろになって、灰色になっていた。

「私ね、この間死にかけたの。身体の内側が崩れて、血を沢山吐いて、自分ではわからなかったのだけどかなり危なかったらしいわ」

 あの時、思い返すたびに呆れちゃうくらい私は自分の死を感じてなかった。レーヘンが必死で止めたのに、まだまだ大丈夫だって思ってた。

「それでね、その時すごく会いたい人がいて、自分の身体がどうなるかよりもその事だけ考てたの。だからもしも私がその時死んでいたら、死ぬ間際はその人と会う事しか考えてなかったことになるわ」

 あの時ヴィルに会えていたら、もしかしたら私、気が緩んでその場で死んじゃってたかもしれない。

「とらえようによっては何かを望むことは生きたいって願うことになると思うの」

「……おれも、なにか強く望んでいたのか」

「たぶんね」


 それっきり彼女は口を閉じ、私は背後から聞こえてくる竜の鋭い爪のついた足が床を引っ掻く音や、ベウォルクト達が話す声―「可愛い竜ですねえ」「床が傷つくのであの竜の爪を切りたいのですが」「いやあの、爪がないとコイツは速く走れなくなるんで…」―になんとなく耳を傾けていた。



「……ゲームはおれの負けでいい」

 ぽろりと、こぼれ落ちるように彼女の声が聞こえた。

「え?」

「あんたの配下になってもいいって言ってるんだ。したいことも別にないしな。ただし、条件がある」

「何かしら? 可能な限り受け入れるわ」

「黒のマスカラが欲しい。銀のまつげだと目元が寂しいんだ」

「化粧品も装飾品も、必要な物があればなんでも用意するわ。昔あったものと同じものもお城のシステムを使えば作れると思うから、なんでも相談してね」

「ああ」

「ねぇ、ずっと尋ねたかったのだけど、あなたの名前、なんていうの?」

「おれの名は……女王サマ、あんたが新しく名付けてくれ」

「え、いいの?」

「おれは生まれ変わったんだ。なら名前だって新しいほうがいいだろ」

 照れる美人ってとっても可愛いわ!

「えっと、じゃあマルハレータはどうかしら? 私の育った所の言葉で真珠という意味があるの」

「マルハレータか……わかった」

「ありがとう、これからよろしくね! マルハレータさん」

「呼び捨てで良い。……よろしく、ファム女王」

 私が差し出した手を、彼女はゆっくりと握ってくれた。

 ほっそりした長い指は少しひんやりしていたけれど、暖かい手のひらだった。


 さあて、今夜は新しい仲間と、お客さんの為に女王さま自らが手料理をふるまうわよ!

 いつも自分で作ってるんだけどね!


2018/02/22:少し加筆。

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