願いが許される場所 1
影霊として復活した古の女王が小部屋に引きこもって三日が経った。
レーヘンがずっと扉の前に待機してくれているので、いい加減寂しくなった私はベウォルクトとの勉強の合間に様子を見に行った。
「いいかげんに出て来たらどうですか? そのまま部屋の中で二度目の死を体験しますか」
「自死なんて、おれのプライドが許さない。惨めな死骸を貴様らに見せてたまるか!」
「ではそこから出てきてください、ワタシの手で終わりにしてあげます」
「ざけんな! 誰が貴様なんぞに殺されるか!」
なぜか口喧嘩になっているわね。というか、声は中に届くのね。
「なに喧嘩してるのよ。わかったわ、手を貸してくれないなら、それでかまわないから。とにかく出て来てくれない?」
「はん、いきなり甘い言葉に切り替えて誘い出すつもりか? 出て来た所で拘束して洗脳でもするつもりか?」
「なかなか良い考えですね」
「レーヘン、ちょっと黙ってなさい」
「はい」
私はレーヘンを押しのけて扉の前に立った。
「古の女王、あなたが出て来ても何もしないわ。女王の名にかけて誓います。勝手に復活させたのは事実だし、自由にしていいわ」
「……本当か?」
「ええ」
「ただし、ひとつゲームに参加してもらうわ」
彼女は部屋から出て来た。元々白かった顔が、さらに青白くなっている。
「この女はふざけているのか?」
「ファムさまにはファムさまの考えがあるのです。アナタはもう王ではありません。今の王の命令には従ってもらいますよ」
彼女の言葉にベウォルクトが答えていた。もしかして顔見知りなのかしら?
「王の間でゲームの説明をするから、移動しましょ」
私はリボンを束ねて作った花飾りをピンで胸元に留めた。
「私はこの花を守りきったら勝ち。あなたはこの花を奪ったら勝ちね」
「簡単なルールだな」
王の間に戻ってだいぶ回復したらしく、彼女の顔色はだいぶよくなっていた。
「あなたが勝ったら、願いをきいてあげる。負けたら私のお願いをきいてね」
「ああ」
「ちなみに期限はあなたが諦めるまで」
「なんだと!」
「レーヘン、全力で守ってね」
「かしこまりました。ではっ」
「なんで守り手が襲って来るんだ!」
「攻めの守りですよ」
それから毎日のように繰り広げられる影霊の彼女とレーヘンの攻防が始まった。
もうどこのサーカスなのよって言いたくなる激しい動きと、たぶん法術?の技の応酬。始めは遠くから見学していたのだけれど、あまりに動きが早くって、私には何をやっているのかさっぱりわからないので、一日で飽きちゃった。
ちなみに毎回レーヘンが圧勝しているらしいわ。
レーヘンに勝てないとわかると、彼女は戦略的になって、私の隙を狙うようになった。
おかげで食事を共にしてくれたり、私が植物園の手入れするのを眺めたり、お茶の時間を一緒にしてくれたわ。少しずつだけど、会話が続くようにもなった。
でもすぐに彼女は私を攻撃しようとするから、脇にいるレーヘンが速攻で攻撃態勢になり、そのまま長時間の攻防戦へなだれ込むのがいつもの流れ。ときどきこれが一晩中続いたりもするわ。
彼女もだけど、レーヘンも元気がいいわね!
そして戦闘で壊れたお城はベウォルクトが順次修復している。文句の一つも出てこないのは、彼女の復活を提案したのがベウォルクトだからみたい。
お城の仕組みの勉強として、私も手伝っているわ。横で眺めていることが多いけれど。
今日はベウォルクトと共にこの国に元からいる移動民族に会いに行った。ちょうど彼らがお城の近くを通りかかる日らしいの。
久しぶりの外よ!
私の身体もだいぶ落ち着いたらしくて、一時間くらいなら外出しても大丈夫だって! でも念のために体内の命脈を落ち着かせためのフード付きコートを着せられたわ。
彼らの事をベウォルクトはイグサ族と呼んでいるので、私もそれにならって同じ名前で呼んでいる。
イグサ族は三十人程の集団で生活していて、基本的に島の沿岸部をなぞるように移動しながら生活している。鍋に入れた海水を火にかけて沸騰するやり方で蒸留して、塩と真水に分けて生活に使っているらしいの。食べ物は海藻と、近海の魚介類。
私も魚が食べたい! とベウォルクトに要求したけれど、くろやみ国近辺の海で捕れるものは私の体には合わないそうよ。
一応お城の施設で魚も育てられるらしいんだけど、何百年も動いてないらしくて、お魚を食べられるようになるまですごく時間がかかるらしい。ちぇ
イグサ族の人たちは私とは違う種族らしくて、背が低く、手足が太くて、顔には大人も子供も皆地面に生えている枯れかけの草と良く似たものがもじゃもじゃと生えている。男女の区別は、ちょっとわからなかったわ……。身体にも草を編んだマントのようなものをまとっていて、遠目からだと涸れ草の固まりに見えた。
イグサ族には長い間滞在する場所もあって家のようなものもあるらしいんだけれど、そこは遠いらしいのでまたの機会に見せてもらう事になった。
私は友好のしるしに、私の作った花の塩漬けと砂糖漬けに、緊急連絡用に呼び出しスイッチのついたペンダントをあげた。
それからベウォルクトに通訳してもらいながら、困った時は手を貸すし、必要な物があれば彼らの魚介類や生活用品と交換出来ると言う事を伝えた。これは私が欲しい物ではなくて、ベウォルクトが欲しがったものだったりする。イグサ族の事を色々調べているらしい。
帰りには逆におみやげとして彼らが連れている動物の毛を刈ったものをもらったわ。このもこもこ、何に使おうかしら。王座で使うひざかけを編むなんていいかも。
帰り道、珍しくベウォルクトは私に感心していた。
「初めての訪問で彼らとあそこまで情報交換出来るとは、お見事です」
「世の中には持ちつ持たれつって言葉があるのよ。ベウォルクト。こちらが見返りを期待せずに提供すれば相手は何かしらを返したくなるものなのよ。商売の基本ね」
お城までのあと半分の道のりというところで、突然岩陰から影霊の彼女が飛び出してきた。
「よう」
「な、なんで外に?」
「おそらくファムさまが外にいるからでしょう。城がゲームのルールを最優先で適用したようです」
私は腕の中のもこもこをベウォルクトへおしつけ、胸元の花飾りを手で押さえながら反対方向へ走り出した。
「待てっ!」
「待てと言われて待つ女王はいないわよ!」
コートの裾が足にからまって、ものすごく走りにくいわ!
そう走らないうちに彼女に腕を掴まれてしまった。
「それをよこせ!」
花を奪おうとする彼女から私は必死にもがいて胸元を守ろうと深く屈んだ。
「あがっ!」
突然彼女がつまづいて、何かの力で地面に叩き付けられた。見ると、地中から伸びた手が彼女の足を掴んでいた。
「こんなこともあろうかと、地中にひそんでいました!」
声とともに、地面がひび割れてレーヘンが飛び出して来た。今度は土で服を駄目にして……コイツは……
「ちくしょう! たかが精霊に!」
「いまの時代はもう、たかがなんて存在じゃありませんよ」
「あっ! あんなところに空飛ぶトカゲが!」
「そんな言葉にだまされません……って、え?」
彼女の指差した方を見ると、薄緑色をした何かがこちらへ向かって飛んで来るのが見えた。
「な、何かしらあれ、鳥?」
「ファムさま!」
ベウォルクトが素早く私をもこもこごと抱き上げ、お城の方へ走り出す。
「ま、待って、あれ、上に人が乗っているわ!」
「襲撃かもしれません。とにかく城へ戻りましょう」
いつもおっとりしているベウォルクトも、その気になれば俊敏になるのね!
「わ、わかったから、レーヘン! その人たちまとめてお城まで連れて来てちょうだい!」
「はー……い」
猛スピードで遠ざかっていく中でレーヘンの声が間延びして聴こえた。
これドップラー効果っていうのよね! こないだ勉強したわ!