影霊と再生 3
ほぼ一ヶ月後、私の髪は再び銀色に染まっていた。
そしてベウォルクトが持って来た小さな箱と、その中身を媒体に、私はハーシェと同じ手順で影霊を創った。
「今度の媒体にははすでに人物の記憶が含まれていますので、特に姿を思い浮かべる必要はありません」
前回と同じように、黒いもやは人の姿となった。
そしてもやが消え去ると、そこには美しい女性が立っていた。
短い髪は銀色で、長い前髪は左側だけ耳にかけられて、右側は目を覆うようにたらされている。肉の厚みが薄いほっそりした身体は、足元まで覆う形の飾り気の無い真っ白なワンピースに包まれていた。
「……ふぅん」
女性は物珍しそうに己の両手をひろげて眺める。
それから顔をあげて、確かな意思を持った灰色の瞳が周囲を見渡す。
鋭さを持った目元、堅く結ばれた口元、一見すると少年のような中性的な風貌のなかに、権力者の雰囲気があった。
ほっそりとした指先で前髪をつまみ、しげしげと眺めて、口を開く。広い部屋によく響く、低めの安定感のある声。
「おれ、ちゃんと死んだと思ったんだけど? それに、この髪の色……」
私は王座の上で背筋を正して、ちょっとお腹に力をいれて、声を出した。さあ、女王として初めての挨拶よ!
「はじめまして、古の女王。私は今この国で女王をしているファム。あなたには影霊として復活してもらったわ」
「影霊……あの技術、実用化できたのか……で、わざわざ復活させて、このおれに何の用?」
「あなたの力を貸して欲しいの」
「断る」
女性がそう言った瞬間、いきなりレーヘンが私の目の前に立ちふさがって、突風のような轟音がした。
「させませんよ」
レーヘンのひろげた腕の下から彼女の方を見ると、私へ向けて右手を突き出して立っていた。
「チッ」
「なんて危険人物を推薦したんです、ベウォルクト」
レーヘンが強い声を出す。
「この性格は見事に生前のままですか……」
ベウォルクトがやれやれという風に言う。
え、どういうこと?
「もしかして、私、いま危なかった?」
「あんたを人質にと思っただけさ」
女性は悪びれずに言った。
「面白い冗談ですね。今の攻撃はどう見ても殺傷目的でしたよ」
見ると、レーヘンの身体は服ごと傷だらけになっていた。余裕の笑顔だし、血が出てないから気がつかなかった。
「レーヘン! ぼろぼろじゃない!」
「ワタシは大丈夫です。時間が経てば元に戻りますから」
「王への攻撃は厳罰対象ですよ。貴方はそんなことまで忘れてしまったのですか? 古の王よ」
ベウォルクトが静かにそう言うと、女性は震えて、表情には怒りの感情が露になった。
「おれはようやく死んで楽になれたんだ! もう放っておいてくれ!」
そう叫んで、彼女は王の間から走り去ってしまった。
「えーと、あの人、行っちゃったけどいいのかしら」
私がレーヘンの怪我の具合をみながら言うと、
「ファムさまが認めない限り、城から出られませんので大丈夫です。それに逃げ込む場所は見当がつきます」
ベウォルクトが落ち着いて答えた。さてはこうなること、全部予想していたわねアンタ。
表情が見えない精霊は、遠くに耳を澄ませるかのように布で覆われた頭をわずかに傾け、数秒経ってこちらを向いて言った。
「確認しました。この城の中には過去の歴代王の私物を保管する専用の小部屋が多数あるのですが、現在彼女はその部屋に立て篭っています。ここは基本的に本人が中にいると外からは開けられません」
「なんとか話し合いたいんだけれど……本人が嫌って言うなら仕方ないわね」
ちょっと疲れたので、私は王座の裏の棚からお茶セットを取り出して、王の間にテーブルセットを出してもらって一息つくことにした。
保温瓶から甘く味付けした薄緑色のミントティーをカップに注いで、お皿の上に昨日焼いたさくさくのビスケット菓子を並べる。
「ワタシが引っ張り出してきますよ。扉のシステムに介入すれば解錠できます」
ぼろぼろなのに元気良いわねレーヘン。あ、傷がもう塞がってる。切り刻まれた服の間から見える白い肌が目の毒だわ。
「立て篭るのも時間の問題ですね。影霊は王の間でファムさまから力の補給を受けるか、なにかしらの気脈を摂取する必要があります。そのうち飢餓感に耐えられずに出てくるかと」
「だからハーシェはいつも王の間にいるのね」
暗い色のソファに座ってハーシェを膝の上に乗せて、ミントティーをたっぷり一口飲んで、私は一連の出来事を整理した。
「無理に開けなくていいわ。彼女が落ち着いてくれるまで待ちましょう。レーヘン、アナタはその小部屋の前で待機。彼女が出て来たら知らせてちょうだい。あと向かう途中で新しい服に着替えて来なさい。ベウォルクト、アナタはここに残って私の質問に答えて。彼女の生前について知りたいわ」
レーヘンはお辞儀をして王の間から出て行き、ベウォルクトはテーブルを挟んで私の向かいに座った。
「教えてちょうだい。あの人、どうしてあんなことを叫んだの?」
「彼女が生きていた時代は、世界中で戦争が起きていました。この国の元となった暗病国も、国内は比較的落ち着いていましたが、軍事大国としてあちこちの国家を蹂躙していました」
第一王女だった彼女はわずか十一歳で即位。それとともに国軍の総帥という立場を受け継いで、何度も前線まで赴いて軍を指揮し、また類い稀な法術の才能があったために直接戦いに身を投じることもあった。
そして戦乱の世の終結をみることなく、二十八歳の若さで亡くなる。
「……楽しみの少なそうな人生ね」
「ちなみに後世での呼び名は血霧の女帝でした」
「そ、そうなの。強そうな名前ね」
各話の後書きは活動報告にて