影霊と再生 1
思わず良く生きていたわねって言っちゃったわ。二回目だけど。
目覚めると一ヶ月ほど時間が経っていた。
なんでも、私の中の命脈と、気脈に変換した瘴気が反発して身体の内側からぼろぼろに崩れていたそうなの。
ずっと寝ていた割に床ずれがないのは、精霊達がなにかやってくれていたおかげらしいわ。しかも身体についたお肉すら以前のままなのよね。うちの精霊達は隙のない仕事してくれるわね。
変化といえば、肩を少し越える長さだった髪が背中あたりまで伸びていたくらいかしら
目が覚めたといっても、身体を動かすとあちこち痺れたように傷むから、まだ一日の大半をベッドの中で過ごしているわ。
ちなみに私の寝ている王の居室は、内部の何かが王の間に繋がっているらしくって(そういえば歩いてたどりつける場所にあった)、気脈の安定に適しているのだそうよ。
内臓が弱っているからと、食事は全てどろどろしたおかゆに近い何か。ほんのり甘いし、そう悪くない味だけど、色が黒と紫で、あんまり食べる気になれない……
あとは人間の食生活についてちょっと思い出してくれたベウォルクトが、時々ホットミルクやアップルジンジャーティーを作ってくれる。
レーヘンは白箔国の広場で私がみつけた号外新聞を持ってきてくれた。
しわくちゃになっていたそれを手のひらで丁寧にのばして、読んで、ようやくあれが夢ではなかった事を確認できた。
記事には新しい王の即位について詳しく書かれていて、同じ紙面の写真に大きく写っている顔は、改めて見てもとても格好よかった。
ヴィル、自分が暮らしていた国だからわかるわ。あなたの立場の大きさが
白箔国は戦争が多い赤麗国や青嶺国と違って、交易で豊かに栄える国。
いま栄華を誇っている国のなかで、一番優雅な国。
私が存在するのか怪しい、小さな小さな国の王になった時、彼は歴史ある立派な国家の王になっていた……。
そして記事には私が知らなかった彼の情報も詳しく書かれていた。
「ヴィル……あなた」
年下じゃないの!
どれだけ私に隠し事してんのよ!
「十八歳だったのね。成人年齢は過ぎてたからいいけど、未成年にお酒飲ませなくてよかった……」
居酒屋に良く行ったもの。しかもヴィルの方がお酒強かったのよね。
「白箔国の成人年齢はいくつなんですか?」
「十六歳よ。飲酒や結婚なんかはその年齢から出来るの。へぇーへぇー、青嶺国の学院で法術の学位をとって、白箔国では精霊術の学位をとったんですって。凄いわねぇ」
というか本当に私って彼の事知らなさすぎね。
彼と会った時は他愛ないおしゃべりが楽しくって、そして彼の身分を知るのが怖くて、あまり彼の事を尋ねなかった。
「ねぇ、レーヘンはヴィルと会ったんでしょ?」
「ええ、一応」
「彼、どんな様子だった?」
「とっても元気でしたよ。ところでファムさま、ご報告が」
「な、なにかしら改まって」
ふわふわした表情をしていた綺麗な顔が、いきなり真剣な顔になるから変にちょっと緊張しちゃった。
「白箔国の者に祠の転移門がバレそうです。端末に接触の反応がありました」
「それはまずい。あれは繊細だから下手にいじっておかしくなると、こちらからは修理できなくなります」
レーヘンの言葉に加えて、ベウォルクトが言う。
「ファムさま、どうなさいますか?」
あの時私を殺そうとした貴族の追っ手かしら……?
私の頭には軍警察に取り囲まれて尋問される、祠の妖精のおじいさんの姿が脳裏に浮かんできた。怖い声で人間に脅されて、涙目でぷるぷる震えている。
「……仕方ないけど、壊れちゃうのはもしもの時に困るし、しばらく白箔国への転移門は使わないでおきましょう」
「いいね、レーヘン」
「はい」
ベウォルクトがレーヘンに確認して、両方そろってお辞儀する。
「「ご命令承りました」」
かしこまって返事をされたので、なんだか初めて女王さまっぽいことした気分になった。
でもこれで、転移門でヴィルに会いに行く事が出来なくなってしまった。
手紙で無事を知らせることはできたけど、やっぱりちゃんと会って話したい。
でも、私には既に考えがある。
私は白箔国だとただの街娘で、王宮なんて行ったって門前払いされる身分だけれど、くろやみ国では一応は一国の主。
ならいつか、王さま同士という立場で会える機会がきっと来る。
そう思うと、明るい気持ちになれたわ。
そしていつか会えた時に、ヴィルにしっかり挨拶できるよう、ヴィルにちゃんと目を向けてもらえるよう、しっかりした良い王様になるわ!
「そうとくるなら、まずは元気な身体に戻らなくちゃ!」
あの変な色のおかゆを持って来てちょうだい!
「ファムさま、運動のために城内だけですが散歩にでも行きませんか?」
「いいわね! 軽い散歩ついでに植物園に行きたいわ」
「それって植物育成施設のことですね」
「そうよ、味気ないから植物園って呼んでるのよ。植え替えた花の様子が見たいの」
「ボクも行って良い? 国土の土はひととおり見て来ちゃったんだ」
そうそう、私を運んでくれた旅の精霊は、まだくろやみ国にいたりする。
街にいる時は偽装していたらしくて、今の髪は薄い水色で、瞳は深みのある濃い水色。どちらもにこにこしている可愛い顔によく似合っているわ。
「ファムでいいわよ。国土の土って外の土を見てきたの? それって面白いの?」
「ボク、世界の土壌を見て回ったり、地形を調べるのが趣味なんだ」
精霊って趣味持ってるのね……
「国土に変化はありませんでしたか?」
「うーん、今の所なかったみたい、あ、でもさ」
自分たちと違う精霊に会えて、ベウォルクトはちょっと嬉しそうだった。布越しだから表情は分からないけれど、いつも静かで落ち着いた声がちょっとだけ弾んでいるときがある。ときおり旅の精霊となにやら難しそうな話に熱中していたわ。
「この国は闇の転移門でないと来られないからラッキーだったよ。ファムさま、また来るね〜」
そう言って、私が植物園に通えるようになった頃、旅の精霊はこの国を去っていったわ。なんでも、白箔国以外の場所にある転移門を使ったそうよ。
「あ、植物園にボク秘蔵の種を植えといたから! 楽しみにしててね!」
翌日、見事な果樹園ができていた。美味しい果物は嬉しいけど、急激に栄養を持って行かれて横に植えてあった私の花たちが枯れかけた。
これだから精霊は!