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くろやみ国の女王  作者: やまく
第一章 国づくり
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見つからない思いと消えない答え 2

 

 

 




 日中はきらびやかな世界にいる男が、夜な夜な廃墟に出かけていた。

 ほとんどの時間はそこに佇むだけで、時間が経つと己の場所へ戻り、数時間の仮眠の後に公の仕事に向かう。

 時折、体が汚れ手が傷つくのもかまわず、一心不乱に廃材を掻きわけ、地面を掘り返している姿もみられた。

 見つかって欲しくないものを探すという矛盾のなかで、彼は狂いそうになる己の意識と必死に闘っていた。





 新国王就任に関わる一連の催しの日程は、直前に起きた異例の変更によってかなり前倒しとなり、式典の当日はさらに変更が起きた。

 それらすべてを強固に押し進めたのは当事者である新国王だった。


 前国王によって次代の発表がなされると、国民への告知よりも早く、内々での即位式典が行われ、新白箔王は誕生した。この時点で異例だった。

 さらに、病気がちだった前国王は療養のために早々に離宮へと移ることとなり、ただちに宮廷は新国王とその身辺の者たちで固められた。

 その見事な交代劇に、前国王と新国王の間に密約の存在を勘ぐる者達もいたが、その内容まで把握出来た者はいなかった。

「これからよろしくおねがいします、我が国の精霊よ」

「かしこまりました。ヴィルヘルムスさま。ようやく貴方を王と呼ぶ事ができますね」


 即位式典の後、新白箔王はすぐさま近衛兵と共にナールデン公爵の元へ向かった。それと同時に、王専属の非公開の調査部隊を動かす。即位前日に平民街で起きた、とある事件の調査のために。


「証拠は押さえました。ナールデン公爵と軍警察の癒着問題は貴族庁と軍部に任せます。それで、報告を」

「はっ、現場検証の結果、崩れた二階の下敷きになった者がいるようです。遺体はまだ発見出来ていません」

 白箔王は、自室の椅子に背筋を伸ばして座り、指一本動かさずに淡々と報告を聞いていた。

「それと、例の家が火事になった翌日、今朝の事ですが、都市を囲む城壁に巡らせていた守護障壁を越えた者がいます。それも、障壁に無理矢理穴をあけるのではなく、障壁上部の力が薄い部分をくぐり抜けたようです」

「障壁の弱い箇所は、三秒ごとに移動する上に目視は不可能で、越えられる者がいないとされていたのでは」

「はい。ですので……ただ者ではありません」





「また例の場所へおでかけですかい?」

「……」

 ルトガーは部屋の前で男が帰って来るのを待っていた。

 男の公務の予定表は頭に入っているので、今日はいつもより早い時間に帰ってくる事はわかっていた。

 男は無言で扉を開けて中に入り、ルトガーは慣れた様子でその後に続く。

「俺たちの間でも驚きの声があがってますぜ。日中もあれだけ動き回っているのに、よく体が持ちますねぇ、ヴィルヘルムス王」

 ヴィルヘルムスは返事をする事無く、両手にはめたグローブを外し、濡らしてしぼったタオルで顔と手を拭くと、水差しからゴブレットに水を注ぎ、一気に飲み干した。

 ルトガーはかまわず続ける。

「知ってますかい? 宮廷内の一部では、新国王は夜な夜などこぞの女の元へ通っているという噂。皆その相手が誰かを嗅ぎまわってますよ」

 身を投げ出すようにソファに腰掛けたヴィルヘルムスは口元をゆがめ、いびつな笑いを浮かべた。

「そんなもの、好き勝手に詮索するがいい」

「どうせオーフあたりに隠してもらってるんでしょうが、時間の問題ですよ」

 ため息まじりにルトガーが言った。

「見つけられるのなら見つけて欲しいですよ」

 ヴィルヘルムスはシャツの胸ポケットから取り出した赤茶けた封筒を見つめながら言った。

「どうしたんです、それ」

「さきほど手渡されました」

「誰に」

「先日と同じ、あのいまいましい黒髪の男ですよ」

 ぶっきらぼうに答えたヴィルヘルムスに、ルトガーは少々面食らった。

 たいていの物事に動じず、冷静で沈着な男が悪態をつく様子は、めったに見られるものではない。


 封筒の表面を指先でゆっくりとなぞりながら、ヴィルヘルムスは言った。

「報告は?」

「ありますよ。家の裏庭で倒れていた軍警察隊員についてですが、案の定、巧妙なやりかたで記憶を封じられていました。なんで、指示のとおり急病ということにして、退役処理と入院手続きの後、うちで強制的に身柄を引き取りました」

「結果は」

「手こずりましたが、これが報告書です」

 ルトガーは着崩した軍服の懐から一枚の折り畳んだ紙を抜き出した。

 差し出されたそれを受け取ったヴィルヘルムスはすぐに開いて目を通した。数秒後、ヴィルヘルムスが手を離すと、紙は音も無く火がつき、空中に溶けるかのようにして一瞬にして消え去る。


「銀色の……理論上では、闇の精霊ということになりますが……現実に存在するとは」

「報告している俺も半信半疑ですよ。こないだ遭遇したっていう、ボロい外套を着た男とは、関係あるんですかねぇ」

「おそらくあるでしょう。花の苗を貰いに来たと言うのがあからさまに怪しい上に、問いつめようとするとのらりくらりとかわされ、さらに実力行使に及ぶと速攻で逃げられましたからね」

「その胡散臭さ、未所属なら是非とも調査部にきてもらいたい人材っすね」

 ルトガーが茶化すように言うが、ヴィルヘルムスは返事をすること無くひとつ息を吐く。


「あの場に精霊がいたということは、一緒にいたはずの人間は生きている可能性があるという事ですね。……オーフ、聴こえているのでしょう? いまこちらに来れますか?」

 ヴィルヘルムスは己の人差し指にある指輪に話しかけた。


「はい、なにか御用でしょうか」

 柔らかな光と共に、輝くような流れを持つ黒髪と、美しいまつげをもつ中性的な顔つきの精霊が現れた。背は高く白地に金の刺しゅうの入った布地をたっぷりと使用した衣装に、同じように刺繍の施された外套を着た華美な姿だが、不思議と存在感が薄い。

 オーフはソファに腰掛けるヴィルヘルムスをみて、わずかに眉をしかめる。

「王よ、そろそろ晩餐会が始まりますよ」


「この話が終われば向かいます。銀色の精霊について教えて下さい」

 ヴィルヘルムスは衣装棚に向かって歩き出した光の精霊に声をかけた。

「闇でしょう」

「闇ですか」

「はい。さらに申し上げますと、人の姿をとり、しかも都市の障壁をすり抜け、ヴィルヘルムスさまの結界をもろともしない精霊となると、おそらく特級精霊です」

 オーフは衣装棚から晩餐会用の王の装いを取り出しながら答えた。

 ルトガーはその様子を眺めながらソファの背にほおづえをついて言った。

「特級ってのがあるんですか? 精霊ってのは一等級、二等級、三等級、あとは薄級はくきゅう……でしたっけ。それ以外にも存在するので?」

「ええ。特級はとても稀な存在です。世界でもそう多くは存在しないでしょう。そしてそのほとんどはワタシのような国に仕えるなどの特殊な立場にいます」

 取り出した靴に汚れがないか調べながらオーフが答える。

「それでは、オーフも特級精霊なのですか?」

「そうです」

「闇の特級精霊が仕えている国というのはあるのですか?」

 オーフは答えずに上着を差し出し、ヴィルヘルムスがしぶしぶソファから立ち上がり、それを受け取って身につけ始めると、口を開いた。

「暗病国といって、ほとんど名前だけの状態ですが今でも存在だけはしています。この国ではおとぎ話に出てくる闇の国として有名ですね。そういえば先日、新たな名前に変わっていましたが」

「その新たな名前は?」

 装飾が施されたサーベルを受け取りながらヴィルヘルムスは尋ねた。

「くろやみ国です。表記は国字表記の黒闇国ではなく、くろやみ国だそうです」

「ずいぶんとふざけた名前ですねえ」

 ルトガーが愉快そうに言った。


「ヴィルヘルムス王、先刻の血痕の主は例の家の住人の方でしたよ」

 鏡の前で身だしなみの確認をするヴィルヘルムスに、オーフは静かに言った。

「……この手紙の血痕も確認してください。それと、何か仕掛けられていないかも」

 オーフは、赤茶けた封筒を受け取って、しげしげと眺めて、微笑んで言った。

「なにも仕掛けられていません。付着した血は先ほどと同じ人物のものです。ですが、この封筒は我が国で流通していないものですね」

「へえ、そりゃ珍しい」

 オーフの傍に寄って、ルトガーは封筒を覗き込んだ。よく見れば、封筒はつなぎ目が存在しない袋状のものだった。使われている紙にも見た事のない光沢がある。


「一連の出来事に共通するのは、闇属性ですか。おそらく彼女は……」

 ヴィルヘルムスはちいさくつぶやいた後に、顔をあげた。

「……いいでしょう。なんとしてもその闇の国を世界の表舞台に引きずり出します」




2018/02/22:少し手入れ。オーフの外見など加筆。

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