消えない思いと見つからない答え 3
ヴィル、あなたが上流階級の人って、気付いてたわよ
ちょっと世間知らずなとことか、お行儀がよいところとか、
でも、それでもいいって思ってた。
あなた偉そうな所無いし、私の話をちゃんと聞いてくれたわ
私、ちゃんと決めてたの。
いつかは別れが来るとしても、いまは目一杯あなたを愛するって。
私じゃない、立派な結婚相手が現れても、あなたの幸せを願うって、決めてた。
でも……
会いたい……ヴィルに会いたい。
時折咳き込んで血を吐きながら、私はうずくまって泣いた。
「ファムさま」
どれくらい時間が経ったのかわからないけれど、呼びかけられて顔をあげると、レーヘンが立っていた。
折角の服が私の血で汚れちゃってるわね。
「協力してくれる精霊を連れてきました。くろやみ国までファムさまを連れて行ってくれます」
レーヘンの横に可愛い顔した見知らぬ少年が立っていた。
明るい茶色の瞳に、くすんだ灰色の髪をうしろでひとつ結びにしている。マントを羽織って、変わった柄のポーチを首から下げている。
「はじめまして闇の国主さま。ボクは旅の精霊です。お手伝いさせていただきますね」
旅の精霊は血で汚れる事に構わずに、私を抱えあげた。
「おねがい、もう少し、もう少しここにいさせて……。もうあんまり血も出なくなったし……」
「いけません。すでにかなりの血を吐いています。一刻も早く戻らねば、命に関わります」
旅の精霊が私を背負うのを手伝いながら、レーヘンは強い視線で私を見た。
「ワタシがかわりにここで一日待ちます。手紙を渡せば良いんですね」
一度は止まった涙がまたあふれて来た。
「ありがとう……おねがい……」
私は震える手でレーヘンの手に手紙を握らせた。
中身は無事を知らせる内容と、家で待つと言う約束を守れなかったことを謝る文。国に着いてすぐで、怪我の治療の間に書いたので、くろやみ国の事は書いていない。書き加える時間がなかった。
「ヴィルのことは分かる……?」
「はい。さきほどファムさまが気にしていた、バルコニーにいた人物ですね。さすがにこの国の王宮へ不法侵入できませんが、ここで待つ事はできます」
「国の精霊にはお互い不可侵の盟約があるからめんどくさいよね」
旅の精霊が言った。
「レーヘン」
硬い表情をしたレーヘンに何かの薬を口に含ませられながら、私は言った。
「なんでしょう」
「笑ってちょうだい……笑顔はね、武器にもなるし、元気も沸いてくる優れものなのよ。私に……元気を分けてちょうだい……」
そう言って私は笑った。こんなに力を振り絞って笑ったのはきっと親が死んだ子供の頃以来ね。
「………はい」
レーヘンは潤んだ瞳で、ぎこちなく微笑んでくれた。
精霊って泣くのかしら。今度きかせてね
「ではくれぐれもよろしく」
「まかされたよ。西の妖精の祠だね」
「うん。キーはさきほど伝えたとおりだから。あと、祠の妖精にひとこと挨拶してくれるとありがたい」
「わかったよ。じゃあ、お先に」
私を背負った旅の精霊はレーヘンのように飛び上がる事無くひたすら軽やかに道を走りだした。そしてなぜか城壁は、そこに何も無いかのようにすり抜けた。
「ボクは大地の精霊だから、土や石なら自由にできるんだ」
精霊って……すごいのね……
祠につくと、精霊は私を背負ったまま前方に声をかけた。
「妖精よ、出て来ておくれ!」
「なんじゃい、あまり大きな声で呼ばんで欲しいの」
祠の裏から出て来たのは、小柄な老人だった。しわくちゃの顔にぼさぼさの眉毛とおひげ、曲がった足腰、どうみても良い歳までいったおじいちゃんだった。
くたびれた生成りの草色のシャツとズボン、腰には小さな袋をくくり付けている。
「よう、せい……なの……」
「そうですよ。妖精はたいていこの姿をしてます」
元気だったらものすごく突っ込みたい所だわ。
「キラキラして……羽の生えた妖精……に、憧れてたのに……」
「ははは、それ虫のことじゃないですか」
「これはおおごとじゃ」
私が軽いショックでぐったりしている間に、旅の精霊と妖精が何か会話をして、祠の裏の転移門へ移動した。
「しばらく経ったら闇のが来るから、あとよろしくね」
「あいよ。おじょうちゃん、お大事にな」
妖精はしわくちゃな笑顔で見送ってくれた。
おじいちゃんでも可愛いわね
また会えると良いな
次に気がつくと私はくろやみ国の自室のベッドに寝かされていた。
どうやって戻って来たのかも、どう治療を受けたのかさえ記憶に無かった。
けれど、ひどく体がだるい。少し動かしただけで、あちこちずきずきと痛む。
なんの夢もみなかった。
せめて夢の中で会えたらって思ったのに。
目を覚ますと枕元の椅子にレーヘンが座っていた。薄暗い部屋でうつむく精霊の表情はよく見えない。
私はかすれる喉からゆっくりと声を出した。
「ヴィルはいた……?」
「……いませんでした」
精霊の声は静かだった。私はため息とともに手を伸ばしてレーヘンの頬にふれた。レーヘンは私の目を見ようとしない。
「嘘ね」
「すみません。戦闘になり、やむなく撤退しました」
レーヘンは気まずそうに眉間に皺を寄せて私に言った。
「どうしてそんな状況になるのよ。私は手紙を届けてって言っただけよ?」
「すみません」
「手紙はどうなったの?」
「一応は渡しましたが……説明はしてません」
「……そう」
来てくれたんだ、ヴィル。
「ファムさま、どうか安らかに……」
「それ、死んだ人に言う言葉よ」
体痛いのに、笑っちゃったじゃない。
次回更新ではレーヘンが頑張り(?)ます。
妖精が出てきました。
感想欄での回答で「一般とはかけはなれた姿」とお答えしましたが、
ノームという、ヨーロッパのおっさん妖精の存在を書いてから思い出しました。しかもノームは大地の妖精らしいです。
この作品の妖精イメージは、ホームレスのおじさんのような感じです。
2018/02/22:少し手入れ。