思いと国民たち 1
この短時間でシュダとずいぶん打ち解けた気がするわ。
気がついたらシュダのどこかこわばっているような空気が随分と和らいでいて、ふんわりと笑うようになっていた。きっと、もともと彼女はこういった柔らかな雰囲気なのね。
私達はそのままいろんなお喋りをしながら一緒に夕食を作った。
「このスープ、美味しいわ! お魚ってこんな使い方もあるのね!」
小麦の粉を練って薄く伸ばしたものを刻んで茹でて、大きめの器に盛り付けた上から野菜と干し魚のスープをかけて、葉野菜とぴりっとする香草をたっぷり乗せて完成。
シュダはいろんな土地の食材や調理方法を知っていて、この国に来てすぐ食事作りの大事な一員になってくれていたけれど、この料理は初めてね!
「こういった料理は時間がかかるのでなかなか作れなかったんです」
「そういえばずっと慌ただしかったものね……」
国内の襲撃の後片付けをしながら大空騎士団との演習準備に黒堤組との取り引き、ベウォルクト回収準備に……ゆっくりとご飯を食べるのも久しぶりな気がする。
シュダの指示に従いながら知らない料理を作るのは新鮮で楽しかった。下ごしらえの方法から違っていたし、小麦の扱い方も知らない方法だった。最後の味付けの部分は私の担当だったけれど、とっても美味しく出来たわ!
「味覚は一応あるんですけど、感じ方が違うらしくて。いつも味付けはベーさんが用意してくれていたんです。なので、せめてどこに行ってもべーさんが好きな味付けをできるように調味料の作り方はたくさん覚えました。あとはずっと旅をしていたので保存食についても」
だからシュダは香辛料にとても詳しいのね。
いつの間にか調理室には小さな瓶や一抱えくらいの壺がいくつも増えていて、時間を見つけてはライナ達と協力して色々と作っているらしい。
「楽しそう! 私も一緒に作りたいわ。味見もしてみたいし!」
付け合せにとシュダが用意した野菜のお漬物もいくつか種類があって、どれも美味しかった。
「ぜひお願いしたいです。好き嫌いの出るものもあるので、ファムさまに選んで欲しいものがいくつかあるんです。例えばこれとか」
そう言ってシュダが出してきた小瓶の中には濃い赤茶色の液体が入っている。
匂いを確認しようと近づいたところで横から手が伸びてきた。
「あっ」
「何やってるのレーヘン!」
銀髪の精霊は小瓶を取り上げ、中身を手のひらに少し出すとそのまま口に流し込んで、それから涼し気な顔つきのまま腕を組んだ。
「……これは劇薬ではないのですか?」
「赤麗国の調味料で、油に少しだけ溶いて薄めて使うんです」
薄めてのところを強調して、シュダが言う。
「もしかして、ものすごく刺激の強い味なの?」
それを原液で飲んで、平気なの? パンケーキ修行の時は味見をしていたし、精霊って味覚あるんじゃないの?
「今まで精霊が集めてきた情報を使って判断しているので、人への影響以外の良し悪しはわかりませんね」
そんな事だろうと思ったわ。
シュダが小皿の料理用の油に少し溶いてくれたので、私も小さじですくって舐めてみる。
「……大丈夫かもしれないけど、一応お水飲んでおきなさい。私が気になるから」
「わかりました」
自分用にコップにお水を注いで、残りの水差しをまるごとレーヘンに渡した。
この調味料はシュダに言われてスープの上に数滴垂らすと、とても美味しかった。
「人の食べ物って危ないものもあるんですね」
水差しを抱えて食卓に着いたレーヘンが言う。
この精霊は立ったまま水差しから直接水を飲もうとしたので、私とシュダの間に座らせて見張ることにした。私たちは食事中なのよ。
「そのまま口にするからそう考えるのよ。でも確かに食べ方で身体に良かったり毒になったりするものはあるわね。さあ、これを使うといいわ。……面倒だなって顔に出てるわよ」
「流石ですね」
レーヘンの前に小ぶりのお椀を置くと、先程とは比べ物にならないくらい表情が曇る。
「アナタがわかりやすいのよ」
しぶしぶといった様子でお椀を使って水を飲みだしたレーヘンの姿を、シュダが食事の手をとめ不思議そうに見つめる。
「ファムさまは恐れたりしないんですね」
なんとなく、精霊だけでなくシュダについても尋ねられている気がした。
「小さい頃から色んなのが家を出入りして慣れていたから、害意がないなら多少変わっているくらい気にしないわ」
逆に、街の子達と遊ぶときの方が喧嘩になっていた記憶があるくらいだもの。
「シュダは、精霊が怖い?」
ジェスル王子の例は極端だとしても、あまり親しく接しないものみたいね。
「……わかりません。あまり会ったことがないんです。さっきのお話だと、たぶんずっと遠巻きに観察されていたんだと思います。オーフという精霊も覚えてないですし」
シュダは我関せずといった様子で水を飲むレーヘンをちらりと見て、それから自分の手元を見つめる。
「わたしは、ずっと人が怖かったんです。マルハレータさんやこの国の人達に出会えて、ようやくべーさん以外の誰かと接することに慣れてきました」
そう言ってシュダは嬉しそうに微笑んだ。
「べーさんがいないのは寂しいんですけど、毎日皆さんとお喋りしながら色んなお仕事をするのは楽しいです」
よかった。マルハレータが聞いたらきっと喜ぶわね。あなた達を連れてきた後、うまく馴染めているか気にしていたもの。
「私達も貴女がいて沢山助けられているわ。ねえ、皆とどんな話をしているの?」
「この間なんですけど、ハーシェさんとライナさんと一緒に鳥の皆さんも食べられるお菓子を作っていたら、マルハレータさんが来て……」
食事しながらの残りの話題はこの国のみんなと食材や料理についてで、夕食後は主にベリャーエフさんについてだった。
「ベーさんは物知りで、わたしが変なことをしでかしても怯えたり怒ったりせず、いろんなことを教えてくれました。わたしが何なのか、旅をしながら一緒に見つけていこうって言ってくれたんです。でもそのうちわたしが狙われるようになってしまって、二人で人のあまりいない地域を転々としていました」
「私の印象はなんでもそつなくこなす人ね。街でおだやかに暮らしていそうな印象だったけれど、そういえば山奥で暮らしていた感じはあんまりなかったわね」
よく考えたら不思議な人よね。この国に来てからもすぐに溶け込んでいたし、くろやみ国のいろんな物を見て驚いても、すぐ慣れて使いこなしていたし。
年齢はだいぶ上だったのに話しやすくて、あのローデヴェイクと普通に会話していたのはちょっと驚いた記憶がある。
思わず隣に座る銀髪の精霊を見る。
「彼は人間ですよ」
断言したわね。
「白箔国……出身らしい……のよね……」
「ベーさんは昔の話をあんまりしないんですけど、たぶんそうだと思います」
やっぱりよく考えると謎が多い人ね。物腰が柔らかいからあまり意識してなかったわ。マルハレータ達は何か気付いているかもしれないけれど……。
「白箔国かぁ………」
「ファムさま?」
「何でもないわ」
少し気分を変えましょう。
「ねえシュダ、寝る前にもう少しお喋りしない? 新作の香草茶があるの」
今回はいくつか花を混ぜてみたから味と香りが予想つかなくて、まずは一人で試飲しておこうと思っていたのよね。
「でもわたし、味がわかるかは」
「あれだけの調味料を扱えるし、好き嫌いとは別に感覚は鋭いと思うわよ。今まで飲んだものと比較した感想とか、貴女の感じたものを教えて欲しいわ」
「……はい!」
◆
深夜、壁に張り付いて全力でお城に語りかける。
「いい? 私が廊下を歩いても、いつもと違って、城内は眠った状態でお願い」
……何やってるのかしら私。言葉とか、使わなくても問題ないのにって、わかってるのに。
意を決して部屋を出る。お願いしたとおり、廊下は夜間の状態のまま足元だけがほんのりと明るい。
王座のすぐ脇の扉から王の間に入ると、中は私の要望のまま明かりは点かずに暗いまま。
けれど目の前の空間は何も見えないのに、お城と繋がっている感覚のおかげかあまり不便さを感じない。息を潜めながら歩いて、手を伸ばして覚えのある王座の装飾に触れ、私の周辺だけわずかに明かりを点けるよう指示を出す。
王座の床周辺がぼんやりと明るくなった。
昼間の、あのわずかな瞬間に見たものが気になってしまって、寝付けなくて、どうしても確かめたくなってしまった。
球体の世界地図を出し、見つめて、眉間にしわが寄るくらい、見つめる。
もう一つの方も出して……あ、見たいところが拡大できるのね、これ。
地図の前でしゃがみ込んで、考えをまとめようとしてみる。……まとめきれない。
もうっ、やっぱりうまくいかないわね。
「ベウォルクト、起きている?」
立ち上がって、息を深く吐き出すと暗闇の向こう、寝椅子があるあたりを見つめながら声をかける。
「そもそも眠っていませんよ」
暗くて見えないけれど、思ったよりはっきりした声が返ってきた。
「でも何も言ってこないのね」
「調べている事が何なのか理解していますし、その様子だと知られたくないでしょうから」
「そこまでわかってるの」
あの時、アナタも見えていたのね。
確かに誰にも知られないように何とかしようと思っていた。この国のこととも、女王としての立場とも関わりのないことだから。でも、私一人で頑張ろうとしても、これは難しい話よね。
私が出来るのはみんなの協力を得る事。そのためにはまず……
「ちょっと手伝って欲しいの。良いかしらベウォルクト」
「ええもちろん」
王の間全ての明かりが灯っていくと、寝椅子の背に手をかけて上半身を起こした状態のベウォルクトの姿が見えた。
「レーヘン、アナタもいるんでしょう?」
地図を並べ直しながら声をかけると、王座からよく見える扉が少しだけ開いて、レーヘンがそっと顔を出す。
「……気付いていましたか」
闇の精霊はいそいそとグラスの載ったトレイを持って入ってくる。
「夜食を持ってきました。という口実で話しかけるつもりでした」
「アナタにしては悪くない発想ね」
「これでも頑張って考えたんですよ」
グラスの中を覗き込むと、おやつのゼリーの作り置きした分だった。
ラーメンではないです。