精霊とシュダと
「知り合いなの?」
でもベウォルクトはずっとお城に引きこもっていたらしいし、レーヘンの方は首を傾げていてよくわかっていない様子。
シュダの方も心当たりが無いらしく不思議そうにしている。
「彼女はこの島に来たことがあるの?」
「いいえ、こちらが一方的に情報を持っているだけですし、本物を目にしたのは初めてです」
「知っているんですか? わたしが何なのかを」
「ええ」
ベウォルクトの返事を聞いてシュダはふるえ、両手を握りしめて言葉を続けようとするが、俯いてしまう。
「……気持ちが落ち着くまで少し時間を置きましょうか。シュダは休んでいて。もし心の準備ができたら、ベウォルクトから詳しい話を聞きましょう」
「……はい。ありがとうございます」
話しながら王座の後ろへ行き、棚を漁って戻ってくるとシュダに暖かいひざ掛けを渡し、それからベウォルクトの頭の下にクッションを入れ、レーヘンが薄くてバリバリする布を取り除いた後に身体にふわふわの毛布をかける。これでいいわ
顔部分にかかる所まで毛布を引き上げると、明るい花柄が広がって暗い色あいの王の間でものすごく目立っている。でも手触りがとても良いのよねこれ。
「さあ、先にこちらをやるわよ。レーヘン、手伝ってちょうだい」
「やっぱりやるんですか? 人間や無生物はともかく、精霊を?」
「他に方法を思いつけなかったんだもの。ベウォルクトはいけるって考えてるみたいよ」
「本当ですかベウォルクト」
「これまで精霊側が考えなかったというだけで、仕組みとしては不可能ではないんだ。その結果がどうなるのかは誰にもわからないが、ファムさまが確信してるのなら大丈夫だろう」
ベウォルクトがレーヘンの問いかけに落ち着いた調子で答える。
「私は精霊相手だからやるんじゃなくて、この旅精霊にまだやり残した事がないかを尋ねたいのよ」
お城に合図すればいつもの台が床からせり上がってくる。
その上にレーヘンがぼろぼろになってしまった旅精霊の身体をそっと置いた。
残った身体だけじゃなく中身も精霊界から連れてきたけれど、もう会話もできない状態で、いつ崩壊してもおかしくない。その胸のあたりにマルハレータが探し出してくれた鞄を置く。中には旅精霊が大事にしていた様々な植物の種がたくさん残っている。
呼吸を整えると崩れかけた身体に手を添えて目を閉じ、お城の内部を通して旅精霊に届くように語りかける。
やりたいことがあるのなら、もし、また人と一緒にいてもいいと思えるのなら、私の声を聞いて
もしよかったら、うちにいらっしゃい
今までと違って感覚が薄い。何もない場所で独り言を喋っている感じがするけれど、誰かがまだいるような感覚もうっすらとある。
しばらく静かに待っていると、遠くで返事が聞こえた気がした。
目を開けると触れていた精霊の実体が鞄ごと薄くなり、消えてしまう。
「これは……どうなったんですかファムさま」
隣で様子を見ていたレーヘンが不思議そうに台の上を見つめる。
「消滅はしていないけれど、しばらくはこのままみたいね。この国のどこかにはいるみたい。そのうち顔を見せに来ると思うから、どうなったかはその時にわかるわ」
ポケットから鏡を取り出して見ると、毛先まですっかり黒髪に戻っていた。
「さあ説明してちょうだい、ベウォルクト」
夕食の前にシュダが申し出て、改めてみんなでベウォルクトに話を聞くことになった。
昼間と同じように寝椅子に横たわる闇の精霊の向かいの椅子にシュダと私が座り、レーヘンは中間の位置に立つ。
「彼女はオーフのところの出身ですよ」
「オーフ? あの白箔国の?」
白箔国の人なの? でもベリャーエフさんも交えた会話でそんな話は出なかったはず。マルハレータも、赤麗国で出会ったと言っていた。
「わたしはベーさんと出会う前の記憶があんまり無くて……あの、わたしは白箔国の出身なんですか?」
本人もわからないのね。
「……ファムさまに説明するのは構いませんが、シュダは本当にすべて知りたいですか?」
すぐには答えず、ベウォルクトはシュダに確認してきた。
「知りたいです。自分の正体がわからなくて、ずっと怖かったから」
シュダは両手を膝の上で組むと、はっきりとした声で答えた。
ベウォルクトの頭がこちらを向いたので小さく頷いて許可すると、精霊は語り始めた。
「地域でいえばシュダはあの土地の出身です。白箔国も存在してない頃の事ですが、人間の数がとても少なくなってしまった時期がありました。それで精霊側でなんとか数を増やそうと考えて、人を作ろうとしたんです」
本当にいろいろやっているのね精霊って。
レーヘンが「ああ、あの話の」と何やら頷いている。時期的にまだいない頃の事みたいね。
「材料も方法もいろいろ試しましたが結局はどれもうまくいきませんでした。シュダはその途中結果の一つです。オーフだけはそこまで到達できたんです」
隣に座るシュダを見ると、やや青ざめつつも俯くことなくベウォルクトを見つめ、それからこちらを見る。
光の加減で色合いが変わる目の色はこの国に来て深みを増して、髪の色は温かみのある白地に様々な色の光沢、濃淡のあまりない肌の色。風変わりな様子も言われてみれば納得する部分があるけれど、話していて違和感を感じたことは無いわね。
「それは……人なの? 精霊なの? それとも影霊?」
「始まりとして近いのはわが国の影霊なんですが、そこから全く別の形に至った存在と考えてください。この国では最終的に作り出すという目的を瘴気循環という手段に変え、さらに人の手を必要とする方法を選ぶことで影霊としてようやく完成に至りました」
「国外の精霊達が影霊に関心を持っていた理由がわかったわ」
精霊の会合にハーシェがわざわざ呼ばれるくらい注目されてたものね。
「ファムさまはどう感じますか?」
この場にいる全員が私を見ている。私の判断を知りたがっている。
「……精霊とは違うわね。影霊とも違う」
精霊界から戻る際、精霊とは関係ない誰かが立ち会っていたほうがいいらしくて、前回はハーシェが、今回はシュダが側にいてくれた。これはたぶん私の中でどう受け入れているかが基準のはず。
そしてこの国の基準も、私次第。
「シュダはうちの国民で、おそらく人よ。私はそう思うわ」
一緒に食べたゼリー、美味しかったもの。
「わかりました」
「そうですね、たしかに大まかには人と同じですし、ファムさまがそう判断するのならこの国の基準で人になりますね」
私の言葉にレーヘンとベウォルクトの同意が続く。
「……いいんですか?」
シュダが小さく、ささやくような声をあげる。
「私はそう考えるもの。だからこの国ではそうなのよ」
うちはこのくらいざっくりでいいのよ。
「……はい!」
シュダは明るい声で返事をすると深く息を吸い、柔らかく微笑んだ。
「それにしてもシュダの年齢って、結局いくつなのかしら」
二人が来た頃は慌ただしい時期だった上にマルハレータ達の話の衝撃が強すぎて、あまりちゃんと調べてこなかったのよね。
確かベリャーエフさんがシュダは外見の年齢が変わらないままだと言っていたから勝手にかなりの年上だと思っていたけれど、彼と出会ってからの年数がシュダの年齢と考えたほうがいい気がしてきたわ。
「本来はオーフの元で休眠状態だったはずなんですが、どうもベーさんとやらが起こした上に連れ出したようですね。命名もその人物によるものです。オーフとしてはもう回収予定は無いそうですが、一応情報として動向を収集し続けているようです」
「アナタずいぶんと詳しいのね」
「オーフとワタクシは一時期似たようなことをやっていましたから、こういった事で時々やりとりをしているんです。他に話せる相手がいなくて」
「古い精霊同士でのやりとりですから、ワタシはそのあたりは関わっていないんです」
精霊もそれぞれ得意な話題が違うってことね。
それにしても、ベリャーエフさんの存在が謎めいてきたわね。
「ワタクシもオーフの私的領域に入りシュダを連れ出したその人物に興味があります」