消えない思いと見つからない答え 1
「実はファムさまが治療器に入られているあいだに少々時間が経っていまして……」
私が掴みかかって脅すと、ベウォルクトはようやく喋った。
レーヘンが食器を抱えたまま震える、かたかたという音が聴こえてくる。
「……! そういった事は本人にちゃんと伝えなさいよ!」
私が治療室に入っているあいだに、何故か一日余分に時間が過ぎていたそうよ。
「数百年ぶりに治療器を動かしたので、ちょっと誤作動がありまして」
「あんまり具体的に聞きたくないけれど、それでどうなったのよ」
「ファムさまの怪我が酷かったために治療器が治療ではなく分解処理しそうになりました。なのでいったん治療器を停止させ、復旧作業にかかっていました。その間ファムさまには眠っていただきました」
えらく簡単な調子で言うわね……
「よく……生きてたわね私……」
「ええ本当に」
レーヘン、そこで同意しないでちょうだい。
調理室にはパンが焼けるいい香りが漂っていたけれど、私の心はそれに和むどころではなかった。
ヴィルと会う約束をした五日後は、今日じゃないの!
「私、街に戻るわ」
ヴィルが待っているかもしれないと思うと、いても立ってもいられなくなった。
私が調理室を出て行こうとすると、戸口にベウォルクトが立ちふさがった。
「それはできません」
「どうしてよ! ちゃんと用事が済めばちゃんと帰ってくるわ!」
「この国の王になるということは特殊なのです。ファムさまは王になられてまだ間もありません。体はこの地の瘴気を受け入れ始めたばかりです。いま城外に出てしまうと体内の命脈が狂う可能性があります。どうか体がなじむまでお待ち下さい」
「……それってすぐに影響出るの?」
「ファムさま?」
「城の外に出て、命脈というのがおかしくなるまで、どれくらいの時間がかかるの?」
ベウォルクトが答えにつまった。
「それは……わかりません。ですがどんな影響がでるかわかりません。危険です」
「今日の数時間だけで良いから行きたいの。帰って来たら大人しくしているから。お願い」
「……しかたありません。帰って来たら治療室行きは覚悟されていてください」
ベウォルクトが折れてくれた。
「ワタクシが行くと目立ちます。レーヘンをお連れ下さい」
「わかったわ。おねがいね、レーヘン」
「はい。ファムさまはこの身に代えてもお守りします」
私は自室に駆け込んで、書き物机の上に置きっぱなしになっていたヴィルへの手紙をつかんでポケットに入れると、部屋の外にいた精霊達に言った。
「さあ、連れて行きなさい!」
「用事が終わればすぐに帰りますよ」
そう言うレーヘンはいつの間にか黒髪になっており、上は白のシャツに薄い灰色のベストを、下は細身の濃い色のパンツと同系色のブーツといった格好をしている。これなら街を歩いても違和感無いわね。
ちなみに全部昨日私が自分の分と一緒に作ってもらったもの。寒色系がすらりとした背格好によく似合っているわ。さすが私。
私の方は動きやすい薄い色の花柄ワンピース。今日はキャンバス地の歩きやすいぺたんこ靴でよかったわ。
転移門の上で私はまたあの不味い葉っぱを噛んで、目を開くとそこにはもう見ることはないと思っていた光景が広がっていた。
「ひとまず私の家に向かってちょうだい。なるべく人目につかないようにお願いね」
「はい。かなり速度をあげて走りますから、しっかり掴まっていてください。風が強いようでしたら目を閉じていて下さいね」
レーヘンは前と同じように私を抱き抱えて走り、城壁までくると一気に足だけで壁を駆け上り、最後は蹴って高く高く飛び上がった。
「………っ!」
いきなりの浮遊感に叫びそうになったわ。
それから屋根伝いに駆け抜けて、あっという間に見慣れた場所へ着いた。
私の家は酷い状態だった。
あたたかで居心地のよかった建物の面影がどこにもない、ほとんど崩れ落ちている、ただの黒い廃墟。あまりの痛々しい姿に見ていると涙がでてきたので、家に近寄ることはやめて、私は周囲にヴィルの姿を探した。
そこには誰もいなかった。私の家だった場所以外は、いつもと変わりない昼下がりの街だった。白っぽい石畳で、おなじく白く塗られた塀と、木枠と白っぽいレンガ造の小さな家々が立ち並ぶ。平民の住宅街だから、道は狭いし人通りもほとんどない。
けれど、人がいなさすぎるように感じた。
「おかしいわね……」
「ファムさま、どうもこの都市の北の方にほとんどの人が集まっているようです」
「北? 北の宮廷広場でなにかやっているのかしら?」
この時期にあるお祭りなんてなかったはずなのに……?
一体なにが起きているの?
2018/02/22:少し手入れ。