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くろやみ国の女王  作者: やまく
第七章 国内騒動
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大空騎士団と 2

 

 

 


「はぁ? 合同演習? 団長、演習とはいえあいつらとやりあうなんて馬鹿ですか?」

 大空騎士団本部で団長に呼び出されたジェスルは説明を受け思わず裏返った声をあげる。彼が現場責任者だった競闘大会の時とは違い、今は部下の立場だが、はっきり物を言う性格は変えられない。

「あそこにいるのは“くろの騎士”だけじゃないんですよ? しかも俺が総指揮? またっすか」

「くろやみ国に一番詳しいのが君だからね。面白そうだから私とユリアも指揮下に入ることにした。よろしくお願いしますよ」

 そう言って団長のエシルは計画書の分厚い束を差し出す。ジェスルはそれを受け取らず団長の隣に控える副団長のユリアを見るが、厄介なことにこちらも微笑んでいる。

「本部所属の若手部隊と、あとは希望者を募って編成します。久々の大規模演習だから皆はりきるでしょうね」

 そう言うとユリアはジェスルの胸元に新しい認識票を取り付ける。これでジェスルは臨時の幹部扱いになり、状況によっては団長よりも権限を持つことになる。なってしまった。

「あんたらの娯楽のために働けってことか?」

 二人の性格を知っているジェスルは不機嫌そうに言う。敬語は投げ捨てた。

「娯楽じゃないさ。これにはちゃんとした目的がある」

 エシルが計画書をジェスルに無理やり持たせると、団長の執務机の端に腰掛ける。

「大きく分けて三つ。一つは我々があの小国を警戒しているからだ。“くろの騎士”もそうだが、あの玄執組の襲撃を撃退……いや消滅といっていいか、あれほどの戦力と技術力をみせつけられてはね」

 玄執組は大陸のあちこちの集団を吸収し大きくなった組織だった。そこには海賊や故黄稜国残党だけでなく緑閑国に巣食っていた秘密組織の生き残りや朱家に繋がる盗賊団なども含まれており、気がつけばかなりの規模の集団と化していた。かねてからその存在を嗅ぎつけていた大空騎士団は時間をかけてその実態を調査していたが、ようやく準備が整い総力をあげて捕らえようとしたところで海の果ての小さな国があっさりと仕留めてしまった。

「大空騎士団の活動領域には海も入るのだから、あの国と接触できる機会は多少強引でも設けておきたい。それも早いうちに。どうも外との交流に積極的ではないようだし、なにかと謎が多い。君はあまりあの国について話してくれないしね」

 そう言ってエシルはジェスルに微笑んだ。

「……見聞きした情報は提供したはずだぞ。情報が少ないのはあまり話す事がないだけだ。俺は捕虜で、行動も制限されていた」

 エシルの言葉にジェスルはやや視線を外しながら答える。団長の淡い紫の瞳は心の内を覗きこんでくるようでジェスルは苦手だった。

「『憶測部分以外は』だろう? 洞察力のある君ならくろやみ国で見聞きした断片を繋ぎあわせて色んな事を考えたはずだ。まあ、そのあたりは正確な情報ではないから報告の義務はないんだがね」

 そこで言葉を切り、エシルは執務机の上に置かれた書類をジェスルに見せるように掲げる。大陸でよく見かける公式文書だ。

「目的の二つ目。我々の最大の支援国である赤麗国と青嶺国からの要請だ。『あの国をひきこもらせるな。外との接触を維持させるように』とのことだ。誕生したばかりの小国が大国を驚かせる程の技術をみせたんだ。興味は尽きないんだろう」

「ん? 白箔国からは何も言ってきてないのか?」

「特に何も」

「本当なのかそれ」

 ジェスルの眉間に皺が寄る。大空騎士団に出資している国はいくつかあるが、とりわけ大きい割合を占めているのが赤麗国と青嶺国、次いで白箔国と緑閑国だ。出資しているということは騎士団に対して相応の発言力を持つことになる。国内が混乱し青嶺国の属国となりつつある緑閑国は別として、白箔国の、あの王がくろやみ国に関する事で何も行動しないのはおかしい。

「真実だとも。どうやら今は他国に意識を向ける余裕がないらしい。さて、三つ目だが」

 エシルは公式文書を元の場所に置き、ユリアに目配せをする。副団長は壁際の書架から両腕で抱えるほどに大きな一冊の古びた本を取り出して持ってきた。

「どこだったかな……ああこれだ」

 くすんだ色の表紙のそれをユリアから受け取ったエシルは迷いの無い手つきでページを捲り、何かの絵が描かれたところをジェスルに見せる。

 黄ばんだ紙に描かれたそれは法術を使った今どきの印刷技術とは違いすべて手書きで、絵図は筆で描かれているようだった。何か人の形をしたようなものが木々の間に立っているのが立っており、それを見た人々が逃げまわっている。

「くろやみ国に加わった大型の精霊、あれに関する記述が見つかった。決して触れてはならない大昔の伝説上の怪物。“山を震わすもの”だったかな? まぁかつての名前はいい。今は錆精霊か」

 我々は精霊関係の情報に疎いからな。とエシルは笑いながら言うと本を閉じる。

「ソイツがどうかしたのか?」

「詳しい事は渡した企画書に書いてあるが、赤麗国内での騒動の発端はこの存在が引き起こしたものだそうだ。できれば事情聴取したいんだが」

「無理なんじゃないか」

 ジェスルはくろやみ国での錆精霊の様子を思い出しながら言う。アレが自分達とまともに会話するとは思えない。

「そうらしいな。赤麗国からも自然災害として処理していいそうだ。加えてくろやみ国にはあの“くろの騎士”がいる。彼も結局勧誘して振られてしまったし、ここは演習がてらくろやみ国の威力偵察をしようと思う。彼らと剣を交えるなんて楽しそうじゃないか」

「最後のそれが一番の目的だろうが!」

 大空騎士団の幹部はこれだから! とジェスルは呆れる。

「目的が複数あってもいいだろう? 紅濫将軍が悔しがっていたよ。ぜひとも参加したかったらしいが、今は赤麗国内を落ち着かせるので忙しいらしくてね。朱家の謀反と共に各地に巣食っていた玄執組があぶりだされたんだ。彼は当分国から出られないだろう」

「さあジェスル」

 ユリアが執務机の上に大空騎士団の紋章が描かれた書類を置き、ジェスルにペンを握らせる。

「それにくろやみ国は医療技術も凄いんだろう? 君の一族はまともな治療術が効かないのに、それをあっさりと治療した。そこまでの技術をぜひとも見てみたいものだ。上手く取り入れられればうちにも、君の実家にも役に立つ」

「あーあー、わかったよ! やればいいんだろ! この際だ、思いっきり楽しんでやらぁ!」

 ジェスルはそう叫ぶとさっと書面を読み、内容を受け入れた証に一番下に自分の名前をぐりぐりと書き込んだ。



 そんなこんなでジェスルが準備に忙しく走り回っているうちに時間は慌ただしく過ぎていき、あっという間に合同演習の日がやってきた。


 場所は青嶺国南の海岸沖にある無人島。潮の関係で昼のある時間帯だけ存在する、砂と岩で出来た何もない島だ。だがそれでも小さな街ひとつ分の広さがある。

 大空騎士団の艦隊がたどり着くと、そこにはすでにくろやみ国の面々が揃っていた。岸から少し離れた所に黒い中型船が停泊しており、島にはジェスルにとって見知った顔ぶれ。


「よう、ひさしぶりだな。元気にしてたか?」

 船から直接浅瀬に降り立ち、波を蹴りながら部下を率いて島に上陸したジェスルが声をかけると、待ち受けていた黒い霧のヴェールをまとったナハトがこちらに向かって礼をする。

「お久しぶりです、ジェスルさん」

「相変わらず黒い格好だな」

「くろやみ国ですから」

 会話しながらジェスルは何か以前とは違う感覚を覚え、それに言及しようとした所でナハトの横に音もなく黒い甲冑が現れた。

「お待ちしていました。今回の演習の責任者は俺です」

「あ、おう。こっちの責任者は俺だ。よろしく頼むズヴァルト」

「うわっ“くろの騎士”」

「喋ったぞ!」

 ジェスルの後にいた部下や、上陸してきた演習参加者達がざわめく。

「あー、いいからお前ら整列して各隊人数確認と装備点検。完了したら報告。メールト頼む。エクレム、団長達呼んできてくれ」

「はい!」

「わかりました」

 部下に指示を出すとジェスルはくろやみ国の他の面々を確認する。

「……おい、あいつらも演習参加者なのか?」

 そう言って示した先には波打ち際にしゃがみ込む少年と少女、それに銀の子竜と鳥達。ついでにその傍らにうずくまる大柄な錆色の甲冑姿。

 よく見れば彼らは一緒に砂で山を作って遊んでいるようだ。

「参加者は俺と錆精霊だけです。演習が始まれば妹達は船で見学します」

「お前らずいぶんと仲良くなったんだな、あのぶっそうな精霊と」

 特異な姿をしているライナは帽子とケープで角と羽根を隠しており、時折海風にあおられるのでその度に隣にいるシメオンが慌てて押さえている。

 砂の小山を挟んだ向いには錆精霊がいて、刃物のような指で器用に砂をすくっては山に乗せている。それをライナと銀竜のブルムが小さな手と前足で押し固めていくが、彼女達が形を作ったそばから精霊が雑に砂を乗せていくので、ライナが何やら文句を言っている。

 様々な大きさの五羽の鳥は錆精霊やシメオンの頭や肩に乗ってその様子を眺めているようだ。

「妹が積極的に話しかけていたらいつの間にかああなってました。錆精霊は子供には優しいんだそうです。それと演習の内容ですが……」

「はぁ? いいのかそれで」

「そちらが構わなければ」

 ズヴァルトからの意外な提案に、ジェスルは一瞬あっけにとられたが、少し間を置いてその案を受け入れることにした。


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