大空騎士団と 1
白箔王の機嫌は最悪だった。船から降りて出迎えに来た補佐官のファンフリートとオレマンスが一目見てわかるほどヴィルヘルムスが感情的になっている。
「少し船の出発時間を遅らせてくれませんか」
「これ以上は無理です。母船との合流もありますので……どうかご理解をお願いします白箔王」
大空騎士が困り顔でなだめているが押し負けそうな勢いだ。
「何かあったんですか?」
「さぁ……こちらの見送りが終わった直後からあの様子で……」
ファンフリートが近くに黒と灰色を身にまとった人間、おそらくくろやみ国側の者に尋ねると、同じく事情がわからないらしく困った表情を見せる。
「あそこまで必死になる彼を見るのは初めてかもしれない」
「まだお若いから、色々あるんでしょうね」
オレマンスのつぶやきに苦笑するその人物にファンフリートは何故か不思議な感覚を覚えた。辺境の住人にしては……。
「あの、貴方は」
「あ! ええと、大空の騎士さん、次にくろやみ国へ来る時間を確認しておきたいんですけれど」
「あ、はい。予定では明後日の昼です。それとは別件でくろやみ国とうちの船との間で連絡手段を確立したいのですが」
ファンフリートが話しかけようとするが、くろやみ国の住人はそそくさと大空騎士の元へ行き打ち合わせを始めてしまう。
「わかりました。上に伝えておきましょう。どの方法にするかはこちらで決めてしまってよろしいですか?」
「ええ」
「では後ほど黒堤組経由で連絡しますね」
結局ただの思い違いだと判断して、彼はオレマンスに声をかけ肝心のヴィルヘルムスの元へ歩み寄る。
「白箔王、ここは大人しく帰りましょう。向こうも迷惑がっています」
現に、くろやみ国の黒い鎧を着込んだ不気味な騎士が先程からこちらをじっと見つめている。
「ですがまだ……」
ファンフリートもオレマンスも、ヴィルヘルムスが即位後から水面下でずっと何かの目的のために動いてきたのは知っている。それが単なる私利私欲ではなく、ヴィルヘルムスにとってかけがえのない存在が関係しており、今いるこのくろやみ国に関わるらしいというところまでも。だがヴィルヘルムスは白箔王で、彼を必要としている国がある事も事実だ。
「心残りがあるようなら手紙なり伝言なり用意して、そこにいる国の人に頼めばいいじゃないですか」
黒い騎士は物騒な雰囲気で話しかけづらいので、先ほど会話したこの国の住人をオレマンスが示せば、ヴィルヘルムスがそちらを見る。そして顔色を変えた。
「な……! 貴方は……!」
◇
◆
「ベリャーエフさんが?」
港でヴィル達を見送ってきたはずのサヴァがお城に戻ってくるなり驚愕の報告をしてきた。
「はい。なんでも彼は元々白箔国出身だそうで、国に生き別れの家族がいるんだそうです。是非会わせたいと連れ帰ってしまいました。……すみません、勢いに飲まれてしまい止める間もなく出航してしまいました」
心底申し訳なさそうな様子のサヴァを見て思わず頭を抱える。
「どういう事なのよそれ……シュダは置いてきぼりじゃない」
「……すみません」
温厚なベリャーエフさんと話下手で押しに弱いサヴァだけ残したのが良くなかったのかしら。
「レーヘン、急いでシュダを呼んでちょうだい。ライナ達と果樹園にいるはずだから」
「わかりました」
人手が足りないからと、物腰の柔らかいベリャーエフさんに外の人間とのやりとりを頼んだのがいけなかったのかも。いつもならベウォルクトが担当する役目なのに! あの精霊はいつになったら戻ってくるのかしら!
「えっ、べーさんが?」
ベリャーエフさんの話をすると、シュダさんは目をまんまるにして驚く。
「ごめんなさいねシュダ、こんなことになってしまって」
「……大丈夫です女王さま。ベーさんと私は長い間あちこちを旅してきたんです。時々は離れ離れになったりもしましたし、こういったことも慣れています。ベーさんは強い人ですから、大丈夫です!」
シュダははっきりと言いきって、不思議な色合いの瞳をきらめかせ明るい表情を見せた。ライナより少し年上くらいに見えるけれど実際は私より一回り以上年上の女性。思っていたよりもずっと落ち着いている。
「そうよね、居場所はわかっているんだし、奥さんはこっちにいるんだから向こうの家族に会ったらきっと帰ってくるわよ」
後日、念の為にと黒堤組に連絡をとって確認してもらうと「ちょっと前にすごい勢いで帰国していったぞ」との返事だった。さらにヴィル達が白箔国に着いた頃にレーヘン経由で向こうの精霊オーフに確認をとってもらうと、どうも忙しいらしく返事がないらしい。
連絡のつけようが無い上に向こうの状況もわからないので、しばらく様子を見るしかなかった。
「女王、玄執組についての調書ができたぞ」
「ありがとうマルハレータ。向こうで大空騎士団の人達と喧嘩しなかったわよね?」
くろやみ国を代表して大空騎士団による玄執組襲撃事件の事後調査に同行していたマルハレータが十数日ぶりに帰ってきた。
「ああ。おれは後ろで見てるだけだったからな」
少し光沢のある灰色のブラウスに、暗い灰色と黒でまとめた揃いの上下を着込んだ彼女は疲れた様子もなく挨拶をすると、腰から小さい鞄を外して蓋をあける。
「調書と、襲撃してきた奴らから抜き出した精霊兵器の設計図やら精霊の加工技術の情報も入ってる。見るなら気をつけろよ」
マルハレータはそう言いながら手のひらに乗る大きさの黒い立方体を王座の傍らに立つレーヘンに渡す。
「そういうのあまり気にならないんですよ、人間と違って。元データは破壊できましたか?」
レーヘンが苦笑しながら手の上で立方体を転がす。
「ああ。船にあった現物や記録物はローデヴェイクが消したし、大陸に残った分はオマエの仲間が処分のために動いてる。玄執組関係者の頭の中は……」
マルハレータはそこで言葉を切ってこちらを見た。
「何かしら」
「……この国の防衛に必要な事だったからな。文句は言うなよ? 玄執組の関係者には記憶を削る仕掛けを施してきた。大空の奴らは気付いていない」
「精霊兵器はそこまで脅威ではありませんが、精霊を加工する技術は使い方次第で大変厄介な存在になりますし、この国へと繋がる転移門の位置も知られています。ファムさま、これは必要な処置です」
マルハレータの言葉にレーヘンが付け足す。
「その記憶をどうにかする仕掛けをして、その人達はどうなるの?」
「すぐに死んだりはしない。ただ物忘れが激しくなるだけだ。ある部分の記憶と、それに関係するものがだんだん思い出せなくなるが、生きるぶんには支障はない」
「……そう、わかったわ。ご苦労さま、マルハレータ」
精霊はともかく、マルハレータが私に一言添えるような事。それがこの国に対する危険を排除する事なら受け止めるわ。
「ああ。それと向こうの団長からこれを預かってきた」
そう言うとマルハレータは腰の黒い鞄から折り畳んだ一枚の紙を取り出すと、私に向かって差し出してきた。受け取って開くと大空騎士団の紋章と、団長の名前が書かれた書面が現れた。
「……闘技場の結界を壊したことの請求書ね」
ジェスルは黙っていてくれたけれど、今回の襲撃事件で大空騎士団とも関わりが出来ちゃったし“くろの騎士”がくろやみ国所属だってことも流石に気付かれたわよね。ええと、請求内容は……え?
「何これ。ちょっと、すぐにサヴァを呼んでちょうだい! ローデヴェイクも!」
今の時間だとサヴァは海でゲオルギと共に警備に、ローデヴェイクは城内のどこかで設備の修理をしているはず。
「どちらもここへ来る途中で呼び出しておいた。そろそろ到着するだろ。あのでかい精霊はあんたが何とかしろよ」
そう言うとマルハレータは王の間の窓際に設置したソファまで歩いて行き、ゆったりと腰を下ろす。
「サユカ! この間オジサンの首につけたブローチと通信繋がる?」
「やってみます」
王座の横に設置した止まり木にいるサユカに声をかけつつ、お城の機能で錆精霊の現在地を探す。……よかった。近くにいるわ。
それにしてもまたやっかいな要求が来たわね。
「あれだけの力を見せつけたってのに、あの大空騎士団とかいう連中はだいぶ変わってるな」
ソファでほっそりした足を優雅に組みながらマルハレータが言った。
「合同演習だぁ? んなもん根こそぎぶち壊して黙らせればい゛っ!」
大空騎士団からの要求を説明するとローデヴェイクが眉間にしわを寄せ声をあげるが、すぐさまマルハレータの蹴りが懐に入る。
「お前は不参加だ。イイコにしてろ」
ソファから崩れ落ちたローデヴェイクを見下ろしながらマルハレータが言った。
「あなた達は自由にしていいけれど、この演習っていうの? 参加にズヴァルトと錆精霊が指名されているのよね」
思わず顔を寄せて大空騎士団からの請求書を見つめる。向こうの意図がわからないわ。
「あの、この件は俺が責任を持って引き受けます」
マルハレータの向かいのソファに座るサヴァが手を上げて言った。
「もしかして襲撃の後処理の時に何かあったの?」
サヴァがいつにも増して真剣な顔つきなので尋ねると、一瞬目をさまよわせてから口を開いた。
「その、実は複数回にわたって熱心な引き抜きの誘いがあったんです。全部断りましたが」
「じゃあこの指名ってそれに対する嫌がらせなのかしら」
「それもあるかもしれませんが、おそらくこの国の戦力を実際に自分たちの目で確かめたいんでしょう。あそこは他の騎士団よりも好戦的な人間が多いんです」
サヴァが口の端をちょっと下に曲げながら言う。興味持たれちゃったって事かしら?
「ねぇオジサン、アナタは大空騎士団と何かあったの?」
サヴァとマルハレータの間、私の向かいの席にあたる場所にうずくまる錆精霊に声をかける。
「シラネー」
退屈そうに首から下げたスプーンを鋭い指先で突いていた大柄な精霊が予想通りの答えを返す。
ううん、正直こっちも何かやらかしてそうなのよね。精霊だから騒動を起こしても天災扱いしてくれそうだけれど、やっかいな存在には違いない。
「ねぇレーヘン、大空騎士団に精霊はいないのかしら?」
背後を見上げてソファの後ろに控えているレーヘンに尋ねると、精霊は銀髪を揺らしてわずかに考える様子を見せる。
「一応そのはずです。こっそり潜り込んでいる物好きがいるかもしれませんが、公的に所属する精霊はいません」
「そう、なら他の国より精霊関係の情報は少ないということね」
だからかしら? あれだけ大暴れしたんだもの。気になるわよねぇ。
でも、向こうは集団で来るのにうちが参加するのって……何人になるのかしら。
「マルハレータは参加する?」
「おれは後陣で支援だな。おそらく立ってるだけになるだろ」
ソファの肘置きに凭れて頬杖をついていたマルハレータはそう言うと、組んでいた足を解いてこちらを見た。
「ただ向こうの要求を受けるだけじゃつまらんな。こちらもその合同演習を有効活用するか」
そう言うとぶっそうな笑みを浮かべる。
え、何をするの?