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くろやみ国の女王  作者: やまく
第六章 国への襲撃、防衛戦
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いろんな後始末 2 ー思いと答えの対話ー

 

 

 

 頭を抱えているあいだに一晩明けてしまった。

 うう、あんなにお酒が欲しいと思った夜は久しぶりね。落ち着いたらお城の醸造施設をちゃんと動かしてお酒造りを開始したいわね。


 大陸を旅してきたマルハレータ達は見聞を広めるついでに様々な体験をしてきたらしい。列車に乗ったり、列車ごと橋を爆破したり、崖から落ちたりとか。

 話を聞くと殺されそうになったベリャーエフさん達を助けるためだったり、赤麗国軍に囚われたり(なんでそんな事になったのかしら)と、それぞれ理由はあるらしい。

「というか、赤麗国とやりあったの……?」

「部分的にな。あの国は大きいが一枚岩じゃない。しかも派閥争いに余計な要素が加わって荒れているからしばらく何も言って来ないだろ。それに、一応対策は考えてある」

 マルハレータは自信ありげにそう言っていた。

 その日はベリャーエフさん達の受け入れ準備や大空騎士団とのやりとりで忙しかったので、それ以上詳しい話は出来なかった。私としてはもっと事情を詳しく聞いておかないと後が心配だわ。



「ファム、おはようございます」

「おはようヴィル。ここまで迷わなかった?」

「ええ、そこの小道までシメオンが案内してくれましたから」

 今朝は自室で軽く朝食を食べた後、植物園でヴィルと落ち合った。お互い飾らない恰好で挨拶をして、私がテーブルに用意していたお茶を淹れているとヴィルは隣でカップを並べてくれる。

 これから半日、お昼すぎまで彼と過ごす。話したいことは沢山あるし、でも話せない事も多くて、相手は白箔王で、私はくろやみ国側の人間で……なんだか色々気構えちゃって、ちょっと落ち着かない。

「体調は大丈夫ですかファム。あまり顔色が良くないようですが」

「え、ええ。昨日の疲れがちょっと残ってるだけなの。ヴィルこそ怪我の具合はどう?」

 昨日、結界術師として大仕事を終えたヴィルはジェスルの意見で治療室に連行された。詳しい検査の結果、会合が襲撃された時の傷や、その前からの怪我を乱暴に塞いでそのままにしていたらしく、完治していない怪我がいくつも見つかった(同じくらいあちこちの騒動に巻き込まれているはずのジェスルの方は無傷だった)。これには流石のレーヘンも顔をしかめ、何も言わずに治療に専念していた。

「一晩ゆっくり休みましたし、この国の技術で綺麗に治療してもらってすっかり良くなりました。おかげで久々に身体が軽いです」

「ならよかった」

 確かに昨日までよりずいぶんと健康的な顔色になっているわ。

「ところで今朝のスープ、ファムが作りましたか?」

「そうよ。どうしてわかったの?」

 昨日の夜、久しぶりにライナと一緒に料理をした。ハーシェも手伝ってくれて、三人で他愛ないお喋りをしながらちょっと豪華な夕食を作って、ついでに翌日の朝食も用意して、スープは私が担当した。

「ファムの家にお邪魔した時に作ってくれたものと同じ味でしたから。久しぶりにファムの手料理を食べることが出来ました。美味しかったです」

 そう言ってヴィルは嬉しそうに微笑んだ。細かく刻んだ野菜と小麦を練って作ったおだんごを入れただけの素朴な料理だけど、ヴィルが好んで食べていたからと作ってみて良かった。

「白箔王のお口に合ってよかったわ」

「人の好みなんて早々変わりませんよ」

 そう言って、お互いなんとなく笑いあう。


「それにこの辺りに生えている花、ファムの花ですね」

「ふふ、見覚えある? うちの裏庭から焼け残った株を運んできてもらって、また花壇を作ったの」

 ヴィルと会う場所をここに決めたのも、この花達が理由。気付いてくれて嬉しい。

「ああ、あの時のですね」

 ヴィルは何かを納得しながら花達を見つめていた。

「ここは屋内なのに屋外のような環境なんですね。外と同じくらい明るいし土も水もふんだんにある。無いのは風と青空くらいでしょうか?」

「変わってるでしょう? 本来は外じゃ育たない植物を維持するための施設なんだけれど、こうやってテーブルと椅子を置いて、お茶を飲んだり食事をしたりする場所としても利用しているの。あっちの方には果樹園もあっていつも色んな果実が実っているのよ」

「果樹があるんですか。受粉はどうなっているんですか?」

「それはね……」

 私は言葉を切って人差し指を差し出すと、かすかな羽音がして灰色の昆虫の姿をしたモノが飛んできて指先にとまる。

「蜂……を模した、精霊? ではありませんね」

 不思議そうにヴィルが見つめる。

「えーとえーと、確かジェスルが言っていたけれど、機甲器っていうものに近いの。お城のシステムの一部で、ここの植物の管理と維持を手伝ってくれているの」

 ジェスルをここに案内した時の事を思い出しながら解説すると、ヴィルは興味深そうに私の指先にとまる蜂モドキを観察する。

「本当にこの国は大陸の国々と技術体系が違うんですね」


 軽く植物園を案内した後、テーブルに戻って椅子に腰掛け、お城についてや白箔国にいた頃の思い出をぽつぽつ喋りながらお茶を飲む。

「そういえば、あのねヴィル、実はこの時間は二人きりという訳にはいかなくって……」

「分かっています。あそこの木の枝にザウトとカニールの姿が見えますし、どうせあの闇の精霊もどこかにいるのでしょう?」

 遠くに見える木立を眺めながらヴィルが言う。

 確かに彼の見ている方向に生えているりんごの木にはザウトが、少し離れた砂糖楓の木にはペーペルが、そして見えないけれどどこかには確実にレーヘンが控えている。

 私が契約の結果ヴィルと半日過ごす事を伝えると、レーヘンはいい顔をしなかったけれど反対はしてこなかった。

「話をするのは構いません。ですが、警備として近くに立たせてください」

 青灰色の瞳を陰らせて精霊が言うので、頷くしかなかった。

「大事にされていますね」

「そうね。皆慕ってくれているわ」


「国の人と連絡はつきそう?」

「ええ。大空騎士団に私の存在が知れたついでに言付けを頼みましたし、向こうも探してるでしょうから、早ければ今日中に何らかの返事が来るでしょう」

「そう……国での白箔王のお仕事はどういった様子なの?」

 私が質問すると、予想していなかった内容だったらしくヴィルはゆっくりとまばたきをして考える様子を見せる。

「そういった聞き方をされたのは初めてですよ。そうですね……たいてい朝起きた瞬間から寝室に戻るまで常に人が傍にいます。何かあったらすぐに指示が出せるように。それに、大勢の人と会って話をする必要があるので、移動も多くて人の顔を覚えたり……身体一つじゃ足りないくらいです」

「それは大変ね」

 ヴィルは以前、人と会って話すのがあんまり好きじゃないと言っていた。

「ええ。なので、王位継承候補だった時の同期五人に頼んで直属の補佐官をやってもらっています。様々な局面での私の考え方や意志を理解してもらい、時には代役になって動いてもらっています。おかげで私が国の外に出てもしばらくの間なら大丈夫なんですよ」

 そう言うとヴィルはお茶を一口飲んだ。

「やっぱり忙しいのね」

「……どうでしょう。即位前からの延長の様なものですからそこまでとは思いませんが、やれることが増えたのでついあれもこれもと動いてしまいますね。くろやみ国はどうですか?」

 ヴィルの問いかけに思わず昨日からの騒動を思い出す。

「うちはまだ出来たばかりの国だから、課題が多くて。いつも慌ただしく過ごしているわ」

 国の中も外もこれからだし、やりたい事はまだまだ沢山ある。

「それにしては……思っていたより静かな国なんですね」

 ヴィルの感想に思わず苦笑する。

「そうね、お城以外何にもない国だし、多分ヴィルも気付いてるだろうけれど、国民自体がそんなに多くないから」

 今回ベリャーエフさん夫婦が増えたし、襲撃の件もあってイグサ族とは本格的に交流を持という話になっているから、だんだん賑やかにはなっていくだろうけれど。


「ファム、よかったら女王になった経緯を聞かせてもらえませんか?」

「聞かれると思っていたわ、そのこと」

 そう答えて、お茶を飲んで前もって考えていた内容をざっと思い出す。

「最初にレーヘンが白箔国で私を見つけて声をかけてきたの。そこでちょうど……家が火事になって、怪我したのもあって助けられて、そのままここに連れてきてもらって治療を受けて。帰る場所も無くなって命も狙われていたから、新しい居場所としてここに落ち着くことにしたの」

 あの時はなんとしても生きなくちゃと思って、ほとんど勢いで国主になると宣言した記憶がある。

「……その時の怪我は」

 ヴィルの表情がだんだん暗くなってきている。

「ヴェールが必要なのは、火事での怪我が原因なんですか?」

「ええと、原因ではないはずよ。どこをどう説明したらいいのかしら」

 影霊のシステムなんてなんとなくでしか理解していないから、私にもうまく説明できない。

「機密情報があるのなら伝えられる範囲で構いません」

「うん。その、この国に来てちょっと体質が変わっただけなの。火事の時の怪我はもうすっかりなんともないのよ」

 傷跡が無いことを見せるようにヴィルに向かって両腕を拡げてみせて、微笑む。

「だから、ヴィルが気にすることはないわ」

 貴族が私を消そうとして勝手にやったことだもの。


「ヴィルはあの時気付いてくれた。迎えに来てくれるって約束してくれた。だから私は諦めないって思えたのよ」

 私がそう言うとヴィルは苦しそうに目を細め、視線を逸らした。

「私は……あの時、ファムが生死不明と知っていつになく焦ってしまいました。より広範囲で人を動かす力が欲しくて、即位の予定を早めたんです。……結果として迎えに行く約束をした日に私は貴女に会うことが出来なかった。広場まで来ていたんでしょう?」

「え、気付いてたの?」

「裏路地で血痕を見つけました。大量の」

 さらりと言うその顔を見ると、あまり顔色は良くない。

「あの時はちょっと体調が悪くなっちゃっただけよ。……その後の事はあんまり覚えてないけれど、その、色々と間が悪かったのよ」 

「……ええ、そうですね」

 時間をあけてヴィルは頷いた。

「多くの要因が重なって、あと一歩のところでした」

 ヴィルは自分自身に語りかけるようにつぶやく。

「ファムの今の家はここなんですね……」

「そうね、ちょっと変わってる国だけれど」

 国といっても規模は小さくて白箔国に比べたらおままごとのようなもの。でもそれが私の精一杯の誇りで、大切な居場所なの。


「時間です」

 どこからともなくレーヘンが現れた。相変わらず足音も無く突然ね。

「こんにちは白箔王。先ほど国からの返事が届きましたよ」

 そう言って精霊はいつか見たのと良く似た、金と白が混ざった色の小鳥型の人工精霊を差し出す。

「それはどうも」

「せっかくなのでワタシから一つ言わせてください」

「聞きましょう」

 ヴィルが返答すると、レーヘンは指を三本立てた。

「三回です。直接的ではないにしろ、ファムさまがあなたに関わることで命を落としかけたのは」

「ちょっと……」

 それをここで言わないで!

「どういうことですか」

 ヴィルが怖い目つきでじっと私を見る。

「家を燃やされた時、崩れてきた二階の下敷きになりました」

 そう言ってレーヘンは指を一本折り曲げる。

「約束していたとかで、白箔国へでかけ、体調を崩して血を吐かれました」

 二本目を折り曲げる。

「そして会合での襲撃の際の無茶。あなたや他の人間を逃がすために危険を冒し、危うく今度こそ元には戻らない身体になるところでした」

 最後の一本が折り曲げられる。ヴィルの表情は硬い。

「……私が彼女に関わるから起きたのだというのですね」

「広く捉えすぎだと思われるかもしれませんが、我々はそう考えています。しかも今の貴方は白箔国の王です。部外者がファムさまの行動に影響を与えすぎるというのは不安要素でしかありません。危険が多すぎます」

 言いたいこと言ってくれるわねレーヘン。

「ひとつ言い加えておきますけどね、この国に来てすぐの時、アナタ達の用意した治療器が誤作動したとかで私の身体を勝手に処理しようとした事を忘れてもらっちゃ困るわ」

「あれは事故です」

 精霊はしれっと答える。

「それに、火事の時だって、アナタが来る前にヴィルがくれたペンダントがまず助けてくれたのよ」

 ヴィルは私を助けてくれたのよ。

「全部たまたま悪い偶然が重なっただけよ」

 この国にいれば安全よ。これから何かあったとしても、ちゃんと対策を立てればいいだけの話じゃない。

「それでも万一があります。その事をよく考えておいて下さい」

 レーヘンはそう言った。たぶん、半分は私にも向けて。

 

 翌日早々にヴィルの迎えはやってきた。

 港には大空騎士団の船が到着していた。甲板には大空騎士団の制服以外の、白い服を着た人が何人か見える。

「じゃあな、くろやみ国。といっても俺の部隊はしばらく海の上だから、またすぐに会うだろ」

 そう言ってジェスルは挨拶も早々に船に乗り込んでいった。

 ヴィルの隣には警護としてズヴァルトがついている。

 ちなみにレーヘンはまた何か余計な事を言いそうだったのでお城で留守番してもらっている。


 私はヴェールの下で息を吸う。

「ヴィル、ちゃんと言っておくわね。私は白箔国に戻らないわ。お互い自分の国でのこれからを考えていきましょう」

「ファム……」

「付き合う時に言ったでしょう? 無理だと思ったらちゃんと言うって」

 本当はこんな形で言うことになるとは思わなかった。ヴィルが出世して、あの国でちゃんとした身分の女性とつきあうことになった時に告げるつもりだった言葉。

「なんでも熱心に通う相手が待っているらしいじゃない。あの紺色の髪のお嬢さんかしら? その可愛い人と仲よくね」

「はい?」

 ヴェールで見えないだろうけれど、私はにっこりと笑ってみせた。全力で。ヴィルの顔は見れない。

「たまには遊びに来てね。それじゃ!」

 王様だからそんな暇ないだろうけれど。それでも、また会えたら嬉しい。

 言うだけ言えたので、足早にその場を立ち去る。

「突き放しちまって、いいのか?」

 私の警護としてついてくれているマルハレータの声が背後から聞こえてきた。

「ええ、もう、それしか思いつかなかったから」

 その日、ヴィルヘルムス王は迎えの船に乗り、白箔国へ帰っていった。

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