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くろやみ国の女王  作者: やまく
第六章 国への襲撃、防衛戦
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庭掃除 2





『それじゃあ庭掃除を始めましょう』

 頭の中で女王の声が響くと、マルハレータは地面に転がしておいた灰色の球体を両手で抱えあげる。彼女の両腕いっぱいに抱えるほどの大きさの球体は重さはほとんどなく、霧を集めて固めたような見た目をしている。

 ふと空気の流れを感じて城の見える方角を見れば、銀色の小さな身体を持つ竜がこちらへ向かって飛んで来るのが見えた。

「たしかブルム……だったか?」

 マルハレータが不思議そうに見上げる中、ブルムは気持ち良さ気に鋭さのある翼を広げ厚い雲の下で旋回し、だんだんと高度を下げて最終的にマルハレータの肩に降り立った。

「なんの用だ?」

『ファムさまからのご指示で参りましたの』

 グローブに取り付けた認識票から聞こえてきたのは、低めだったが少女の様な透明感のある声だった。

 可愛らしい声と、鋭い目元にぎらつく牙が並ぶ口を持つ、わりと凶暴な外見から発せられた丁寧な言葉にマルハレータは思わず目を見開いた。

「あ、ああ」

『あのバカの監視には他の子達がついてますので、こちらでお手伝いさせてくださいまし』

 ブルムが刺飾りのついた小ぶりな頭を差し出してきたので、マルハレータは人差し指でそうっと額のあたりをなでてみた。銀の鱗を珍しげに触っているとブルムは気持ち良さ気に目を閉じ、刺飾りを伏せた。

「そうか。あのバカというのが何を指すのか知らんが、ここにいるならおれの指示に従えよ」

『わかりましたわ』

 ひととおり鱗の感触を楽しんだマルハレータはブルムから手を離すと灰色の球体を片手で抱え直し、グローブの認識票に手を添えた。

「全員聞け。この島には船から上陸してきた敵の兵が侵入している可能性がある。そこらへんに潜伏しているだろうから、城の外に出ている奴は襲撃される可能性を考えておけ。作戦開始後は全部消えるが、それまでは自分で何とかしろ。ただし人間がいた場合は殺さず捕獲しておけ。おれからは予定外の動きが無い限り指示はしない。各自判断して動け」

 認識票を持つ者と影霊全員に一方的に告げると、マルハレータは抱えていた灰色の球体を目の前に放り投げ、垂直方向に思いっきり蹴りあげる。

 球体はあっという間に小さくなり、灰色の雲の中に消えていった。マルハレータはしばらく空を見上げ続け、球体が完全に大気に溶けたのを確認するとブルムを肩に乗せたまま手頃な岩に腰をおろした。



 乾ききった地面には白い粉で無数の線が描かれている。一見すると何が描かれているか分からないが、よく見れば規則性があることがわかる。ヴィルヘルムスが準備した結界陣はくろやみ国の無骨な王城をぐるりと囲むほどの規模なので、巨大すぎて全体が見えない。そもそもこんな大規模な結界なんてものは個人で用意できるものではないのだが、大陸一と評判の結界術を扱う男は表情一つ変えず短時間でやってのけてしまった。

 ジェスルは結界陣の線を踏まないよう気をつけながら、ヴィルヘルムスが指示した箇所に特殊加工を施した霊晶石を置き、結界術用の法術で次々に保護していく。固定型結界の基本的な設置方法で、比較的簡単なやり方でもあるが、なにぶん結界陣が巨大なので作業量が多い上に、僅かなずれが全体に影響するためかなりの集中力が必要になる。

 石が安定したのを確認し、ジェスルはこわばった腰をほぐすように伸びをしながら結界陣を眺める。白線のあちこちに黒い石が並ぶのはヴィルヘルムスの結界にしては珍しい光景だ。いつもなら彼は自分の得意な白箔国産の光属性の霊晶石を使う。だが今回はそれが手に入らないため使用したのは闇属性の石だった。しかしこの土地の気脈とは相性が良く、さらに相当純度の高い霊晶石を使っているので、結界の効果はいつも以上に発揮されるだろう。

「なあ、今の女の声が作戦開始の合図だったのか?」

「……おそらくそうでしょう」

 結界術用の法術と専用の道具を使って陣の各所に調整を加えているヴィルヘルムスが手をとめず答える。

「俺達が結界の設置まだやってるってわかってんのかな」

 今彼らは城を囲む結界陣の最後の部分に取りかかっており、ここが終わればあとは結界を起動するだけになる。

「さほど気にしてないのでしょう。作戦の細部はそれぞれの担当にすべて任せているようですから。あのマルハレータという人物は相当の胆力の持ち主ですよ。それより手を動かしてますかジェスル」

「おー、やってるやってる。こっちはあとちょっとだ」

 ヴィルヘルムスは調整の手を止め、持っていたデータボードに表示された情報を見る。

「シメオン、そこの七一二二番の設定を八〇から六四〇に変更してください」

「わかりました」

 ヴィルヘルムス達の手伝いに来ているシメオンが言われたとおりに石に調整を加えると、ヴィルヘルムスはデータボードを肩にとまるザウトの前に差し出す。

「お願いします、ザウト」

「わかりましたです」

 ザウトが小さな足を伸ばしてデータボードの端末部分に触れると、表示されていた情報が更新されたものになる。

「便利ですね。変更の結果が一度に確認できるのはありがたいです。こういった道具は白箔国の研究所にもありません」

 データボードで結界全体の様子を確認しながらヴィルヘルムスが言う。

「お城の道具とザウトを繋げただけです」

「ザウトの能力も稀有なものですが、シメオンの発想が良いんですよ。結界の手伝いも飲み込みが早くてとても助かっています」

「……ありがとうございます」

 褒められ慣れてないのか、シメオンは頬を赤くして視線を外し、小さく礼を言った。

「よぉっし! これで……完成だ!」

 最後の石を保護し終えたジェスルが額を流れる汗を荒っぽく振り払うと、両手を振り上げ声をあげた。

「お疲れ様です。次はこっちですよ」

「わかってるよ! ちょっと待ってろ」

 間髪入れずにヴィルヘルムスが追加の指示をしてくるのに返事をしつつ、ジェスルは霊晶石を入れていた箱を抱えて機材を運ぶためのカートに向かう。箱を仕舞うと今度は次の作業に使う道具を取り出し、ついでにカートに止まっている明るい灰色の羽毛の塊、サユカの頭を機嫌よく撫でる。

「あとちょっとの辛抱だからな、大人しく待ってろよ」

「さっさと作業に戻ってください」

「おう!」

 サユカは頭部の毛並みをもさもさにされたままジェスルをじっとりと睨み上げるが、ご機嫌な青嶺国の王子はその視線にまるで気づかずに意気揚々と結界陣へと戻り、陣の総仕上げの準備にとりかかった。


「敵の接近を感知しましたです。前方上空から二体が降下中。人間ではありませんです」

 結界設置の作業が最終段階になった所でヴィルヘルムスの肩にいたザウトが精霊兵器の襲撃を告げる。

「僕が行きますのでお二人はそのまま作業を続けていて下さい。カニール!」

 シメオンが空に向かって呼ぶと、上空で待機していたやや暗い灰色の大きな羽毛の塊が巨大な翼を広げサユカの隣に舞い降りてくる。

「ここの守りは任せたよ」

「わかったのだ」

 シメオンはカートから“くろの騎士”が使用していたものとよく似た灰色の槍を持ち出すと海が見える方角へ走る。上空にくすんだ黄色の、羽の生えた昆虫のような姿の精霊兵器が見えた所で槍を二つに分解し、“強化”と“軽量化”の法術を施す。

 まず片方へ向けて投擲すると精霊兵器の一体が勢い良く真っ二つになる。続けてもう一体にも槍を投げるがこちらは避けられてしまう。

 避けた一体はあっという間に距離を詰め、鋭い刺のある前足でシメオンを襲うが、少年は軽い身のこなしで避ける。さらに追いかけようとした精霊兵器だったが、突然見えない壁にぶつかり動きが止まった。

 その隙にシメオンが法術で槍を引き寄せて手に取ると、羽ごと一気に四つに切り刻んだ。


「相変わらず子ども離れした実力だな、あいつ」

 思わず手を止めていたジェスルが戻ってくるシメオンを見ながら言う。

「剣も法術も騎士並に相当使える。話もわかる奴だし、やっぱ大空に欲しいな」

 大空騎士団の入団試験は十二歳から受けられるため、シメオンには充分に資格がある。実力も申し分ない。

「……それは無理でしょう。緑閑国の災厄の正体はあまり知られていませんが、それでも彼を恨んで命を狙う貴族は存在しますから」

 ジェスルのつぶやきに、作業を続けつつもヴィルヘルムスが答える。


「カニール、防御壁をありがとう」

「お前は避けられた。余計なことをしたのだ」

「それでも誰かに守ってもらえたのは嬉しかったよ」

 カートまで戻ってきたシメオンはそう言って微笑むとカニールの首筋を撫でた。

「シメオン、こちらは準備が完了したので陣の内側に移動しましょう。結界を起動させます」

「わかりました」


 三人は道具を片付け、サユカとカニール、加えてザウトが乗ったカートを城の傍まで移動させ、ジェスルとシメオンが内側から見守る中でヴィルヘルムスだけが結界陣の起動点の上に立つ。

 シメオンはヴィルヘルムスが結界を完成させるところを初めて見るため少しばかり不安そうにしているが、ジェスルにとっては見慣れた光景のため、特に心配はしていない。さらに言えばこういった複雑でやたら高度な技量を求められるもの程ヴィルヘルムスは得意だったりする。


「ところでずっとあそこで突っ立ってる奴は一体何をしてるんだ?」

 ジェスルはずっと気になっていた事をシメオンに尋ねた。

 結界陣から少し離れた場所、海が見渡せるやや高台になっているあたりに銀髪の大男が立っている。

 彼は城から出てくるとジェスル達の脇を言葉をかわすこと無く通り過ぎ、今いる場所に到達すると担いでいた黒い剣のような物を地面に突き刺し、腕を組んで海を見つめたまま動かなくなった。

「……僕にもよくわかりません。あの人の事は」

 シメオンはじっと視線を送りながら言う。

「でも多分、状況が整うのを待ってるんじゃないでしょうか」





「あの! そっちの船は沈める必要ありません!」

 黒い鎧を着込んだサヴァことズヴァルトは、聞こえてくれと願いながら認識票へ向けて声を張り上げる。

「……伝わった気がしない」

「ギュー……」

 相手からまるで返事がないため、背中の上でぐったりしてきたズヴァルトを慰めるようにゲオルギが声をかける。

 銀鏡海と外海の境目あたりの上空を飛ぶ彼らの下では、既にいくつもの船が煙を上げていた。

『……さっキからナンだ。ア゛ー?』

「……! アナタが沈めるのは赤い船ではなく、海賊船群です!」

 ようやくの返答にズヴァルトは急いで本来の役目を伝える。

 一応事前に国精霊のレーヘンから説明があったはずだが、大方の予想通りに錆精霊は海まで来ると何をする予定だったのか忘れてしまったらしく、目についた船から攻撃し始めた。

 本来の役目に加え、同じく海に出るからと国精霊が対処できない錆精霊の監視役もズヴァルトが担当することになっていた。


『このヘンの船ゼンブ沈めりャイイじゃねえカ』

「赤麗国の船は沈めなくていいんです! それ以外でお願いします!」

 国を追われてここまでやって来た朱家の船は元の国へ引き渡す予定になっている。下手に全滅させて赤麗国が付け入る口実を作る訳にはいかない。

『変わんねェーだろンなもん』

「人間側では重要な事なんです」

『だからゼンブ消しちまえばオナジだろ』

 まるで話を聞かない錆精霊に、ズヴァルトは「どうにも話をきかない時はこう言えばいいんですよ」と国精霊から教わった最後の手段を使うことにした。

「……叱られますよ、ファム女王から」

 すると、赤い船の甲板で好き勝手に破壊活動をしていた錆色の精霊が動きを止めた。

『ン゛ン゛ン゛ン゛……しかたねえナ』

 錆精霊はそう言うと甲板から飛び出し、朱家や玄執組とはまた別の、騒動にまぎれて略奪しに来た海賊船に向かって海の上を駆けて行った。

「……やっと通じた」

 ズヴァルトは一度肩の力を抜いてため息を吐くと、気を取り直すようにゲオルギの胴体に取り付けたケースから自動展開式の救命ボートを三つほど取り出し、沈没しつつある朱家の船周辺へ撒く。

「後で海賊船の方にも撒かないと……。その前にゲオルギ、前方の船に向かって降りてくれ」

「ギュルル」

 ゲオルギが翼をはためかせて一気に下降する。

 黒竜が目的の船に充分に接近したところでズヴァルトは飛び降り、軽い足音を立てて甲板に着地した。

「く、“くろの騎士”か!」

 甲板にいたのは服装からして大空騎士団の人間のようだった。こちらを警戒して剣を構えている。他には黒い服を身にまとった見覚えのあるような無いような男が数名。

「大空の騎士と、黒堤組の船が何故ここに?」

 敵意が無い事が伝わればいいなと思いつつズヴァルトが尋ねる。

「くろやみ国の動向を観察するためだ。外海には組頭達の船と、大空の団長の乗る大型艦も来ている。我々だけが銀鏡海まで侵入しているが、害意は無い」

 黒いベストを身に付けた男が前に出て言った。

「ここは本当に危険なので、せめて外海まで下がってください」

 ズヴァルトは現在地から外海までの距離を測り、おおよその移動時間を計算する。

「安全圏に出るまで……」

「ギュー!」

 ゲオルギの声に、見れば海面を這うように蛇のような姿形をした精霊兵器が黒堤組の船に向かって来ていた。胴体は人間三人程の太さがある。

 ズヴァルトは話を中断して甲板の端に向かい、腰の剣を抜くと仮面の下で口笛を吹きゲオルギへ合図を送る。

 黒竜は承知したと一度羽ばたくと、海面まで降下し前足で精霊兵器の胴体を器用に掴みあげ、空に放り上げた。

 甲板から飛び上がったズヴァルトは剣を振り抜いて蛇状の精霊兵器をすっぱりと三つに切断し、頭部を足場にしてさらに別の方向へ飛ぶと上空から接近していた昆虫型の精霊兵器を四体切り裂いた。

 そのままズヴァルトが海へ落下するところをゲオルギが背で受け止める。

「こういった敵の襲撃もありますから、早くここを離れてください」

「わ、わかった。おい、本隊へ戻るぞ!」

 剣を戻したズヴァルトが再び黒堤組の船に話しかけると、ようやく了承の返事がもらえた。


「あとは船にビーコンを打ち込んで……間に合うといいが。ゲオルギ、急ぐぞ」

 鞍の前に取り付けた小さな鞄から発信機付きの小さな投げナイフを一山取り出しながらズヴァルトがつぶやき、黒竜が高速で移動を開始した。

2018/02/11:少し加筆。

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