表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/14

第一章:湯けむりの町(6)


暖簾をくぐると、外の喧騒が嘘のように静まり返った。


そこには、使い込まれた黒光りする床と、微かに焚きしめられたお香の匂いが漂う、静謐な空間が広がっていた。


「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」


奥から姿を現したのは、整えられた短髪に、清潔感のある作務衣を着こなした男だった。

年齢は三十半ばといったところだろうか。

柔和な笑みを浮かべてはいるが、その奥にある瞳は、どこか観察するような鋭さを秘めている。


「本日予約した、京介です」

「……と、琴葉です! よろしくお願いします」


僕が名乗ると、琴葉が元気よく付け加える。

男は一瞬、僕の黒い手袋に視線を落としたが、すぐに何事もなかったかのように深く頭を下げた。


「これはご丁寧に。館主の湯本ゆもとでございます。どうぞ、奥へ」


彼に促され、僕たちは廊下を進む。

一歩踏み出すごとに、足の裏から伝わる木の温もり。

だが、その心地よささえも、今の僕には「過剰」に感じられてしまう。

町全体に漂う、あの違和感がこの宿にも満ちているのだ。


廊下の角を曲がろうとしたとき、前方から一人の少年が走ってきた。


「叔父さん、お湯の温度が――」


少年は僕たちの姿に気づくと、弾かれたように足を止めた。

大きな瞳。少し幼さの残る顔立ち。

それは間違いなく、先ほど泉源の柵の向こう側で、透き通った石を見つめていた少年だった。


「……あ」


少年は気まずそうに僕と琴葉を交互に見つめ、それからすぐに視線を逸らした。


「これ、翔太。お客様の前ですよ。挨拶をしなさい」


館主の声に、少年は消え入りそうな声で「こんにちは」と呟き、逃げるように奥へと去っていった。


「……あの子、さっきの」


琴葉が小声で僕の袖を引く。

僕は頷き、少年の背中が消えた闇を見つめた。


「失礼しました。私の甥でして。まだ不慣れなもので」


館主は穏やかに笑い、客室の扉を開けた。


「さあ、こちらが本日のお部屋です。まずは当館自慢の湯で、旅の疲れを『すべて』洗い流してください。ここの湯は特別ですよ。一度浸かれば、悩みも痛みも、何もかも忘れてしまえるほどに」


その言葉は、もてなしの決まり文句にしては、あまりにも重く、呪いのような響きを持って僕の耳に届いた。


(……)


案内が終わると、僕は部屋の窓を開けた。

立ち上る湯けむりの向こうに、この町の静かな歪みが見える気がした。


「京介、なんか……あの子、不思議な感じだったね」


琴葉が畳の上に大の字になりながら、ぽつりと呟く。


「……ああ。そうだね、この街もあの少年も」


僕は黒い手袋をそっと握りしめた。

指先に伝わる、小さな疼き。

僕の「壊す」異能が、この過剰なまでの「癒やし」に、敏感に反応していた。


「ところでそろそろどいてくれるかな?僕も座りたいんだけど」

「嫌だ」


大の字になったまま琴葉はしばらく動いてくれなかった。



日常×異能×ヒューマンドラマ、みたいなのが好みです。


評価のほど宜しくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ