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第一章:湯けむりの町(5)


「……ねえ、京介」


琴葉が柵から離れ、僕を振り返った。


「あっち、見て」


彼女の視線の先。立ち入り禁止の柵の向こう側、もうもうと立ち込める湯けむりの向こうに、小さな影があった。


「子供……かな」


年の頃は、十二、三歳くらいだろうか。

地面に膝をつき、噴き出す湯のすぐそばで、何かを覗き込んでいる。


「危ないよ、あんなところにいたら」


琴葉が声をかけようと一歩踏み出したとき、その少年がふと顔を上げた。

少年と目が合う。


その瞬間、僕の指先が――黒い手袋に隠された「壊す」右手が、微かに疼いたような気がした。


(……?)


少年は僕たちを見ると、悪戯が見つかった子供のような顔をして、慌てて立ち上がった。

その手には、小さな、けれど不自然なほど透き通った石のようなものが握られていた気がした。

少年はそのまま、湯けむりの中に消えるように走り去っていった。


「行っちゃった。地元の特権ってやつ?」

「どうだろう。でも、今の……」


僕は、少年がいた場所の「空気」を思い出す。

温泉が湧き上がるあの場所だけ、妙に密度が濃かった。

過剰なまでの、生命の気配。


「京介?」

「いや、なんでもない。……そろそろ、宿に向かおうか」


チェックインの時間は、もうすぐだった。

あの少年がいた場所から漂ってきたのは、ただの硫黄の匂いだけではなかった気がする。


「……あ、見て、あそこ」


琴葉が指差したのは、町外れに建つ、一際古い、けれど手入れの行き届いた旅館だった。


『湯元旅館』


入り口に掲げられた看板を見上げ、僕は小さく息を吐いた。


「ここだね」

「楽しみ! 温泉、期待しちゃうからね」


無邪気に暖簾をくぐる琴葉の背中を追いながら、僕は心の中で、あの少年の瞳を反芻していた。


嵐の前の、静けさ。


この町が提供している「極楽」の裏側が、少しずつ、その輪郭を現し始めていた。


日常×異能×ヒューマンドラマ、みたいなのが好みです。


評価のほど宜しくお願いします。

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