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第一章:湯けむりの町(3)


足湯の湯は、思っていたよりも柔らかかった。


熱すぎず、ぬるすぎず、皮膚の表面だけでなく、骨の内側までじわりと染み込んでくる温度。


琴葉は目を閉じ、足首まで浸かったまま、ゆっくりと息を吐いた。


「……ああ、これは確かに、いいわ」


指先から力が抜ける感覚が分かる。

隣には年配の女性、その向こうには若いカップルとツアーガイドの旗を持った男性。地元の人も何人かいて、足湯で癒されている。

観光地らしい、穏やかな空気。


琴葉は目を開け、湯を見下ろす。

茶褐色の湯に自身の褐色の脚が馴染んでいた。


「でも、最近は評判いいですよね」


観光客にガイドらしき男性がそう返す。


「SNSで見て来たんです。この足湯に入ると、夜よく眠れるらしい。」


「そうそう。それ」


隣に座っていた地元の男性らしき人が頷く。


「っていうか……」


言葉を選ぶように、少し間が空いた。


「帰ってすぐに眠たくなるくらい」

「それはすごいですな」

「もはや丸一日、起きられないくらいですよ」


笑い話のように言っている。

けれど、その声には、ほんのわずかな戸惑いが混じっていた。


(……)


「そういえば宿の温泉の方はどうなったんです?」


ガイドらしき男性が地元の人に問いかける。


「いやあ、どうにも…大量の不純物が混ざっていてとても客には入ってもらえない状態ですね…」

「突然有名になる宿もあれば、トラブル続きの宿もあり、これも時代の流れなのかねえ」

「いやいや、異能の仕業かもしれんぞ?」


異能が認められてまだ世界は間もない。

異能が存在していない時代を生きてきた世代にとっては異能力者は理解し難い存在でもあった。

異能力者であることが知られて損をすることはあっても得をすることはない。


「十分堪能したし、そろそろ合流するか」


伸びをしながら足湯から出ようとした矢先、足湯の端で小さな騒ぎが起きた。


「すみません、立てないみたいで」


年配の男性が、困った声を出す。


湯から上がろうとした別の客が、

足に力が入らず、縁に手をついたまま動けなくなっていた。


「大丈夫ですか?」

「……大丈夫、大丈夫」


琴葉が体を支えながら声をかけると、男性は返事をしながらも、その顔には、明らかな戸惑いが浮かんでいた。


「少しのぼせちゃったみたいで」


スタッフが駆け寄り、肩を貸す。

数分後、男性は立ち上がれたが、足取りはまだ不安定だった。


「効きすぎる、ってこともあるんですねぇ」


誰かが冗談めかして言う。


笑い声。

けれど、琴葉の背中には、薄く汗が滲んでいた。


(これは……ただの温泉じゃない)


彼女は靴を履き、足湯から離れる。


――この町の温泉は、

人から「疲れ」を奪う。


だが同時に、

何か別のものまで、静かに削り取っている。


それを、まだ誰も、正しく言葉にできていないだけだった。


日常×異能×ヒューマンドラマ、みたいなのが好みです。


評価のほど宜しくお願いします。

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