第一章:湯けむりの町(14)
朝日が昇る。昨夜の嵐のような出来事が嘘のように、町は静まり返っていた。
源泉から立ち上る湯けむりは、相変わらず白く、どこか幻想的だ。
「……やっぱり、止まってないね」
僕の隣で、琴葉が泉源の柵を見つめながら呟いた。
昨夜、管理室での騒動の後、湯本さんは警察に連行された。
石の力を過剰に取り込んだ反動か、彼はまだ深い眠りの中にいるという。
翔太君は無事に保護されたが、彼が注ぎ込み続けた「エネルギーの残滓」は、今もこの町の血管である配管の中を、不気味な「歪み」となって流れ続けていた。
「私の『反転』は、あくまで一時的な処置。この巨大なエネルギーの奔流そのものを、根本から正すことはできないわ」
琴葉が僕を振り返る。その瞳は、いつになく真剣だった。
このまま放っておけば、エネルギーのバランスが完全に崩壊し、町全体の源泉が枯れるか、あるいは暴発する恐れがある。
偽りの「極楽」がもたらした代償は、あまりにも重い。
「……やるしかないか」
僕は右手の黒い手袋をゆっくりと脱ぎ、その下のチタン製の装具に指をかけた。
「壊す」異能。
僕が最も忌み嫌い、恐れてきた力が、今、この町を救う唯一の手段になろうとしている。
(……大丈夫だ。今回は、守るために壊すんだ)
自分に言い聞かせるように、僕は装具のロックを解除した。
「京介、無理はしないでよ」
琴葉が僕の肩に手を置く。その温もりが、震えそうになる指先を静かに繋ぎ止めてくれた。
僕は剥き出しになった右手を、熱気を孕んだ泉源の岩肌へと伸ばした。
触れた瞬間に伝わる、ひどく不快な疼き。
何層にも積み重なった「過剰な生命力」の歪みが、僕の指先を通して流れ込んでくる。
「――壊れろ」
意識を集中させ、劣化と崩落のイメージを右手に込める。
バキ、という、目に見えない何かが砕ける音が脳内に響いた。
眩い光が弾け、次の瞬間、配管を震わせていた不自然な振動がピタリと止まった。
噴き出していた湯気が、一瞬だけ黒く濁り、そしてすぐに元の、透明で純粋な白へと戻っていく。
「……終わったよ、琴」
僕は力の抜けた右手を、再びチタンの檻の中へと閉じ込めた。
「お疲れ様、ヒーロー」
琴葉がいつものように、少しだけ意地悪く、けれど優しく笑った。
数時間後、僕たちは駅のホームに立っていた。
この町の温泉は、もう以前のような「奇跡」は起こさないだろう。
けれど、それは本来あるべき姿に戻っただけなのだ。
「次はどこに行く? 京介」
「そうだね。できれば、何も壊さなくて済む平和な場所がいいな」
僕の冗談に、琴葉が「無理でしょ」と即答する。
電車の汽笛が、静かな山あいに響き渡った。
僕たちの旅は、まだ始まったばかりだ。
日常×異能×ヒューマンドラマ、みたいなのが好みです。
評価のほど宜しくお願いします。




