第一章:湯けむりの町(12)
「……『壊す』、だと?」
湯本が、喉の奥で震えるような声を漏らした。その瞳に宿るのは、未知の力に対する原初的な恐怖、そして、積み上げてきた「繁栄」を壊されることへの激しい拒絶だ。
「……消えてもらうしかありませんな、京介様。この町の『光』を濁らせる者は、たとえ客人であっても容赦はしない」
湯本の目が、狂気を帯びて細まる。
彼は傍らにあった重いスパナを手に取ると、蒸気で視界の悪い管理室を、獣のような速さで突き進んできた。
振りかざされた鉄の塊を左手で受け止める。
カァン――!
高い金属音が響き、湯本の腕が大きく弾かれた。
「なっ……!?」
重い金属音が室内に響き渡る。
湯本の顔が驚愕に歪んだ。
手応えがおかしかったのだろう。肉を打つ鈍い音ではなく、硬質な金属同士がぶつかり合う音がしたのだから。
「残念だけど、防御力には自信があるんだよ」
京介が左手の手袋を、ゆっくりと引き抜く。
手袋の下に隠されていたのは、鈍い銀色の輝きを放つ、無機質なチタン製の装具だった。
「力が不用意に外に漏れないための……いわば、檻のようなもの。人に迷惑をかけないための僕なりのマナーさ」
京介が一歩、踏み出す。
「ですが、あなたの独善を止めるためなら、この『檻』を武器にするのも悪くない」
その動きは速い。重厚な装具を纏っているとは思えないほどしなやかに、彼は湯本の懐へ潜り込んだ。
チタンの拳が、湯本の腹部に深々と突き刺さる。
「が……はっ……!」
湯本は吹き飛び、モニターの並ぶ壁面に背中を強打する。
手に持っていた凶器と共に床に崩れ落ちた。
「終わりだ、湯本さん。翔太君を解放して、すべてを話してくれ」
僕は、肩で息を吐きながら告げた。
だが、湯本は低く笑いながら、震える手で懐から何かを取り出した。
「……終わり?……まだだ。まだ、終わらん……!まだ『完成』すらしていない……!」
湯本の掌の上で、不自然なほど透き通った小さな石が、蒸気の中で青白く発光していた。
それは、翔太が泉源で握りしめていた、異能のエネルギーを極限まで凝縮した結晶だった。
「それ、まさか……」
京介の眉が跳ね上がる。
それは、翔太の異能によって純度の高い生命エネルギーを凝縮させられた、いわば「魂の燃料」だ。
「よせ!!」
制止の声は届かない。
湯本は、狂ったような笑顔を浮かべたまま、その石を迷わず口の中へ放り込み、丸呑みにした。
「……ぁ、ぁあああ!!」
湯本の咆哮とともに、彼の皮膚が異常なまでに赤らみ、血管が脈打つ。
少年の異能である「エネルギーの増幅」が、石を通じて湯本の肉体にダイレクトに作用し、その筋力を、生命活動を、限界を超えて引き上げ始めたのだ。
何十倍、何百倍にも膨れ上がり、暴力的なまでのエネルギーとなって湯本の肉体を再構成していく。
「……そんなもん丸呑みしちゃって…お腹壊しますよ」
京介はいつものように冗談を口にしたが、その瞳からは余裕が消えていた。
「ああ……力が、溢れる……! これこそが、私が求めた真の『極楽』だ!」
彼は立ち上がり、信じられないほどの力で床を蹴った。
「……ぶっ殺してやる、京介ぇ!!」
湯本が跳んだ。
重力さえ無視したような速度で迫る拳。京介はチタンの装具を交差させ、辛うじてそれを受け止める。
――重い。
装具越しに、骨を軋ませるような衝撃が伝わる。
「くっ……!」
湯本の攻撃は止まらない。一撃、また一撃と、エネルギーに狂った暴力が京介を追い詰めていく。
チタンの装具でガードを固めるが、その上からでも骨が軋む音が聞こえるほどの衝撃。
後ずさる京介の背後に、源泉が噴き出す高圧のパイプが迫る。
僕は後ろの機械に叩きつけられた。
(……まずい、さっきまでとは別人の力だ……)
視界が火花を散らす。
追い打ちをかけるように、湯本の手が僕の首を掴み、そのまま壁へと押し付けた。
「あぐっ……」
「壊す……? 劣化させる……? んなものが、この無限の生命力に勝てると思っているのか!」
意識が遠のく。
湯本の瞳が、歪んだ悦びに染まった。
逃げ場を失った京介を、爆発的なエネルギーを纏った一撃が狙う――。
日常×異能×ヒューマンドラマ、みたいなのが好みです。
評価のほど宜しくお願いします。




