第一章:湯けむりの町(11)
深夜、宿の奥深く、一般客の立ち入りが禁じられた「源泉管理室」。
そこは、もうもうと立ち込める蒸気と、機械の低い唸り声に支配された空間だった。
館主の湯本は、モニターに映し出される数値を、陶酔したような目で見つめていた。
「素晴らしい……。これだ、この数値だ」
彼の視線の先、湯気が渦巻く中央に、小さな椅子に座らされた翔太がいた。
少年の手は、源泉が噴き出す太いパイプに直接触れさせられている。
少年の体からは、目に見えるほどの輝き――光が溢れ出し、それが水流へと吸い込まれていく。
「……叔父さん、もう、しんどいよ……」
翔太の声は、消え入りそうなほどに掠れていた。
「我慢しなさい、翔太。お前が頑張ることで、この宿は守られているんだ。みんなが幸せになっているんだよ」
湯本は少年の肩を叩く。その手には、慈しみよりも、高価な道具を愛でるような歪んだ所有欲が混じっていた。
「……『幸せ』、ですか。それは誰にとっての?」
背後から、冷ややかな声が響いた。
湯本が弾かれたように振り返ると、そこにはいつの間にか、黒色の手袋をはめた男が立っていた。
京介だ。
彼は立ち上る蒸気の向こうから、静かにこちらを射抜いていた。
「……京介様。このような場所で何を。ここは関係者以外……」
京介の視線が、湯本の背後に隠れるように震えている翔太へと向く。
「翔太君がやっているのは『おもてなし』じゃない。自分の命を削り取って、他人に分け与える……強制的な『献身』だ」
湯本は顔を歪め、一歩前に出た。
「無礼な。私はこの町を、この宿を再生させたんだ! この湯のおかげで、どれだけの人間が救われたと思っている!」
「救われているんじゃない。『前借り』しているだけだ」
京介が一歩、また一歩と距離を詰める。
「翔太君の異能はエネルギーの移し替え。彼が温泉にエネルギーを注ぎ込むとき、その帳尻を合わせるために、どこかで別のエネルギーが欠落している」
「足湯で立ち上がれなくなった老人。異常な眠気を訴える地元の人たち。過剰な不純物物で経営難に陥った宿……」
すべては、エネルギーのバランスが崩壊し始めた兆候だった。
「あなたは、この少年の未来を燃料にして、偽りの繁栄を燃やし続けているんだ」
「黙れ! 異能を持たない人間に何がわかる!」
湯本の叫びが、狭い管理室に響き渡る。
「……あいにくだけど」
「僕も、同じ『異能者』だよ。それも、君らが最も嫌う……『壊す』専門のね」
京介の瞳が、静かに、そして鋭く光った。
日常×異能×ヒューマンドラマ、みたいなのが好みです。
評価のほど宜しくお願いします。




