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第一章:湯けむりの町(10)


食堂に入ると、すでに数組の客が朝食を囲んでいた。


昨夜と同じく、並べられた料理はどれも生命力に満ち溢れている。

立ち上る湯気さえも、吸い込むだけで肺の奥が洗われるような清涼感があった。


「京介、見て。この卵焼き、黄金色に光ってるよ」


隣で琴葉が、すでに箸を割って目を輝かせている。


「やっぱり、朝ごはんも格別だね」


京介は焼き魚の身をほぐしながら、周囲を観察する。

他の宿泊客たちも、どこか夢見心地な表情で食事を口に運んでいた。


「――お、お待たせしました」


奥から翔太が、大きな味噌汁の鍋を抱えて現れた。

その声は昨日よりもさらに掠れているように聞こえた。

顔色は青白く、目の下には深い隈がある。

まるで、彼一人だけがこの宿の「極楽」から切り離されているかのように。


「翔太君、顔色が悪いよ? ちゃんと寝てる?」


琴葉が心配そうに声をかける。

翔太はビクッと肩を揺らし、視線を床に落とした。


「……大丈夫です。ただ、少し、お湯に当てられただけで……」


「お湯に当てられた? 湯守の家の子なのに?」


琴葉が何気なく言った言葉に、翔太は言葉を詰まらせた。

そこへ、背後から音もなく館主の湯本が現れる。


「これ、翔太。お客様の手を止めてはいけませんよ。……おはようございます、お味はいかがですか?」


湯本は柔和な笑みを浮かべているが、その目は翔太の背中を、まるで逃げ出さないよう監視するように射抜いている。


「ええ、とても。翔太君、働き者ですね。少し休ませてあげた方がいいのでは?」


京介が探るように言うと、湯本は微塵も揺らがずに答えた。


「お気遣いありがとうございます。ですが、この子は当館の『要』ですから。彼がここにいることで、この宿の湯は完成するのです」


湯本が翔太の肩に手を置いた。

そのまま二人は、次のテーブルへと去っていく。


「ねえ、京介」


琴葉が、味噌汁を一口啜ってから、ふと不思議そうに呟いた。


「お風呂もだけど、この料理も、なんていうか……素材の味が良いっていうより、素材の限界を超えてエネルギーを注ぎ込まれてる感じ。ほら、スマホをずっと急速充電してると、本体が熱くなるでしょ? あの感じに似てる」


彼女の何気ない、けれど鋭い観察眼。


足湯で「のぼせて」立てなくなった老人。


急速に評判を上げた、この古びた旅館。


そして、不自然なほどに疲弊している、館主の甥。


この町の温泉が、人の疲れを削り取るほどに「効きすぎる」こと。


この町が提供している「極楽」は、誰かの善意で作られたものではない。


京介の脳内で、バラバラだった違和感が一気に収束していく。


(……そういうことか)


「……琴。この朝ごはんを食べ終えたら、一度部屋に戻ろう」


京介は、右手を強く握りしめた。


「観光の時間は、もう終わりだ。この町の『歪み』を、壊しに行かなきゃならない」


窓の外では、今日も美しい湯けむりが、何も知らぬ観光客を招くように穏やかに立ち上っていた。


日常×異能×ヒューマンドラマ、みたいなのが好みです。


評価のほど宜しくお願いします。

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