第一章:湯けむりの町(1)
――壊れる夢は、いつも手から始まる。
夢の中で、僕は何かを壊していた。
それが何なのかは、はっきりしない。
巨大な建造物だった気もするし、精巧に作られた道具だった気もする。
あるいは、誰かとの間に築き上げた、目に見えない絆のようなものだったのかもしれない。
確かなのは、僕の手が触れた瞬間に、それらが取り返しのつかない「終わり」を迎えるということだけだった。
指先に伝わる、ひどく不快な感触。
まるで時間そのものが一気に加速したかのような、急激な劣化と腐食の感覚。
崩落する音、そして、背後で誰かが息を呑む気配。
「やめてくれ……」
声を出したつもりでも、夢の中では音にならない。
手を引っ込めようとしても、僕の意思に反して指先は吸い寄せられるように「それ」に触れてしまう。
そしていつも、最後に視界を覆いつくすのは――僕が一番守りたかったものの、無残な残骸だ。
「京介、起きてってば」
肩を強く揺すられて、僕は冷たい汗とともに現実に引き戻された。
車内アナウンスの音と、レールを刻む規則的な振動。
目を開けると、琴葉が少し呆れたような、それでいてどこか心配そうな顔でこちらを見下ろしていた。
「完全に寝てたよ。どんな夢?」
「……何かを壊す夢」
「また?」
僕は少し間を置いてから、強張った指先を解き、努めて明るく肩をすくめて見せた。
「まあ、今回はエッフェル塔を粉々にするくらいのスケールだったよ」
「盛りすぎ。いつからテロリストになったの?」
即座に飛んできた突っ込みに、僕は短く笑った。
実際にそんな具体的なものを壊したわけじゃない。
けれど――「壊してしまった」というあの生々しい喪失感だけは、目覚めた後も呪いのように指先にこびりついている。
僕は黒い手袋の内側で、静かに指を動かした。
今はまだ、僕の「異能」は、この暗闇の中に閉じ込められている。
2030年代。原因不明のまま、世界各地で異能が発生し始めた。
派手な能力はごく一部で、大半は扱いに困るものばかりだ。
触れた金属が必ず一日で錆びる能力。
電子機器の近くにいると、必ず一秒だけ時計がずれる。
半径五メートル以内の観葉植物だけが異常に元気になる体質。
笑い話で済むものもあれば、僕のように、存在そのものがリスクになる者もいる。
電車が大きく減速し、窓の外に霧を纏った山々が迫ってきた。
朝の澄んだ空気の中に、幾筋もの湯けむりが、龍の吐息のように立ち上っている。
「到着だね」
「うん。さて、今回は何が起きてることやら」
「ちょっと、今回は観光がメインなんだからね? 調査ばっかりに夢中にならないでよ」
「はいはい、わかってるよ、琴」
駅からホームへ一歩踏み出した瞬間、硫黄の匂いを含んだ風が僕らの頬を撫でた。
旅は、ここから始まる。
日常×異能×ヒューマンドラマ、みたいなのが好みです。
評価のほど宜しくお願いします。




