エーリカのきらきら【冬の童話祭2026】
「いいかいエーリカ、きらきらを集めておいで。エーリカが自分で持てる大きさのきらきらをね。集めたきらきらは、庭の木に飾るからね。今度の日曜日までに」
朝ごはんを食べ終えた父さまはそう言って、空になったお皿をカチャカチャと洗い始めました。
いつものように、エーリカは父さまが洗ったお皿をクロスで拭きます。
ナイフの小さな傷はあるけれど、お皿はうっすらとエーリカの顔が映るくらいきれいになりました。
「お皿もきらきらだわ」
「いいね、エーリカ。でもお皿は庭の木に飾れないなぁ」
「たしかにお皿は木には飾れないわ……。父さま、わたしきらきらを探す旅に出る支度をしなくちゃ」
エーリカはスープのカップとスプーンも拭いて棚やひきだしに片づけると、自分の部屋に駆けていきました。
エーリカは、庭にお花を植えるときにする青いエプロンを身に着け、布のバッグを斜めに掛けました。
こうすればきらきらを見つけたら、バッグに入れることができます。
「このバッグもきらきらだわ。母さまがビーズでお花を刺繍してくださったのだもの。後で木に飾ってもらいましょう」
髪をぎゅっと一つに結んで、まずは庭からきらきらを探すことにしました。
父さまと植えたシクラメンの赤い花がきれいに咲いています。
葉っぱにまだ残っていた朝つゆが、きらきら光っていました。
「きらきらだけど、これは木には飾れないわ」
飾れないきらきらの朝つゆを、エーリカはしばらく眺めていました。
シクラメンは母さまが好きなお花です。
エーリカは白のシクラメンも好きですが、母さまが赤い花が好きなのでそれを父さまと植えました。
しばらくしてエーリカは他を探そうと、庭の小径をキョロキョロ見回しながら歩いています。
「あれはどうかしら」
エーリカの目線の先には、この前父さまが買ったばかりのスコップが立て掛けてありました。
ヤコブさんのお店に並んですぐに父さまが買って、まだ使っていません。鉄の部分が鏡のようにきらきらしています。
「持ち手を枝に掛けられるのではないかしら」
エーリカはいい思いつきに嬉しくなりましたが、スコップは布のバッグに入りません。
後で父さまのところへ持っていこう、そう決めて次のきらきらを探します。
そういえば、昨日銀色のジョウロを庭の小屋に片付けたことを思い出しました。
エーリカは小屋まで駆けていきます。
「あったわ! でも、スコップと違って古いものだから、あまりきらきらしていないわ」
このジョウロは父さまが大切に使っているものです。
エーリカはジョウロを持って小屋を出て、ボロ布で磨いてみることにしました。
ちょうどいい切り株に座り、エーリカは母さまがよく口ずさんでいた歌を歌います。
エーリカ、エーリカ、お眠りなさい
お星さまは雲の中、先に眠っておりますよ
お月さまは海の上、あくびがひとつ落ちました
歌を何度か繰り返して、エーリカはジョウロを空にかざしてみました。
「きらきらを取り戻したわ!」
ボロ布で磨いたとは思えないほどに、ジョウロはきれいになりました。
持ち手を木に掛ければよさそうです。
でも、これもエーリカの布のバッグには入らないので、スコップの隣に置いておきました。
もう庭ではきらきらを見つけられそうもありません。
エーリカは家に戻りました。
どこから探そうかと頭を右に左にひねっていると、エーリカはいいことを思いつきました。
「そうだわ、母さまのお部屋だわ! 母さまは、きらきらをたくさんお持ちだもの」
エーリカは、この頃なんとなく足が向かなかった二階の母さまの部屋のあるほうへ曲がりました。
メイドによって、いつも掃除が行き届いています。
そして目指す母さまの部屋の扉をそっと開けると、窓が開けられているのか真っ白のレースのカーテンがふわふわと揺れていました。
この季節にしては暖かい風です。
エーリカは、まっすぐに母さまのドレッサーの前に行きました。
鏡の前に、淡いブルーの宝石箱が置いてあります。
この宝石箱の中に、母さまは指輪だけを入れていました。
ドレッサーの引き出しの一番上は髪飾り、その下にネックレスとイヤリングがきれいに並べられているはずです。
エプロンでゴシゴシと手を拭いて、淡いブルーの宝石箱の蓋に触れようとした時です。
「エーリカ。それはいけないよ」
部屋の奥からやってきた父さまが、優しい声で言いました。
そうでした。
エーリカが十六歳になるまでは母さまのドレッサーに触れてはいけないと言われていたことを思い出しました。
「ごめんなさい、父さま。でも、きらきらはここにたくさんあると思ったの」
「そうだね、母さまはきらきらをたくさん持っているね。では、父さまと選ぼうか」
父さまが母さまのドレッサーから一緒にきらきらを探してくれることになり、エーリカはとても嬉しくなりました。
「これは、初めて父さまが母さまの誕生日に贈った指輪だよ。家のお金で贈り物をするのがイヤでね、父さまは隣の家の小さな子に、字を教えてあげる仕事をもらったんだ。と言っても当然わずかなお金にしかならなくて、だからこんなに小さいルビーだ」
「でもとても可愛いわ。母さまは必ず右手の薬指につけていたもの。お花の形が可愛いわ」
エーリカがそう言うと、父さまは嬉しそうに笑いました。
「では指輪にリボンを通して飾ろうか」
「うん、それはとても素敵なきらきら!」
父さまはドレッサーの引き出しを静かに開けました。
「この髪留めはどうかな? 結婚して初めて舞踏会に参加した時に、母さまに贈ったものだよ」
「わぁ、この黄緑色のきれいな宝石は何という名前なのかしら」
「……これはペリドットというのだよ」
「ペリドット……。父さまの瞳の色に似ているわ」
「……うん、そうだね……こういうのをエーリカに話すのは、なんていうか少し恥ずかしいな……」
「わかったわ! 父さまが自分の瞳の色の宝石を母さまに贈ったのね。そういうお話を、教会でお姉さまたちが話しているのを聞いたことがあるわ」
「ははは、そうかそうか。よし、これも飾ろう」
父さまは耳を赤くして、早口でそう言いました。
その時、エーリカはクローゼットの扉の向こうに、白いドレスがトルソーに掛けられているのを見つけました。
「父さま、あの白いドレスもきらきらしているわ!」
「あれは母さまのウェディングドレスだよ。定期的に陰干しをしているんだ。母さまの母さま、亡くなったエーリカのおばあさまが真珠を縫い留めてくれた、とても大切なものだからね」
「……とてもきれいなきらきら……。木に飾りたいけれど、汚してしまいそう……」
「じゃあこのドレスを、トルソーに掛けたまま木の前に置こうか」
「まぁ、それは素敵だわ!」
「では今日のきらきら探しはここまでにしよう。後でエーリカが見つけたきらきらも見せてね」
「はい、父さま。私、今思い出したのだけど、父さまが去年の星祭りのお祝いでくださった羽のついたペン、あれもきらきらだと思うの。どうしたら飾れるかしら」
「そうだね、ペン軸を細いひもで結んだらいいかもしれないね」
「きらきらたちを、早く飾りたいな」
エーリカは今度の日曜日、今年の星祭りの日がとても楽しみになりました。
それからエーリカが何日か過ごすと、いよいよ星祭りの日になりました。
父さまと一緒に、エーリカも手伝いをしています。
ケーキだけは上手に焼けないからと、お店に買いに行きました。
何でも作ったり直したりするのが上手な父さまにも、苦手なこともあるのだとエーリカは少し驚きました。
「エーリカ、母さまが空に行ってから初めての星祭りだね」
「去年、母さまからもらったうさぎのドーミラーを、母さまのお席に座らせてもいいかしら」
ドーミラーはうさぎのぬいぐるみの名前です。
去年の星祭りに母さまからエーリカに贈られたものです。
「それはいいアイデアだね! さっそくドーミラーを座らせよう」
父さまが母さまの椅子にドーミラーを座らせると、小さいドーミラーの顔はテーブルに隠れてしまいます。
父さまが椅子の上にクッションを置くと、ドーミラーはきちんと座ることができました。
「これでいいね。ドーミラーはケーキが好きかな?」
「私のお友達だもの、きっと大好きよ」
「じゃあドーミラーの分も切り分けよう。さて、暗くなり始めたからきらきらを木に飾ろうね。外は冷えているから、上着を着て出るように」
「はい、父さま」
エーリカは、モコモコしたカーディガンを羽織りました。
ふわふわの毛糸で編んでありフードもあって、とても暖かいのです。
「さあ、まずは木にぶらさげていこう」
父さまはエーリカがぴかぴかに磨いた銀色のジョウロを、エーリカの手が届かないくらい高い枝に掛けました。
それからヤコブさんのお店で買った新しいスコップを、幹に立て掛けます。
エーリカの羽のペンや、母さまのルビーが付いた指輪、それからペリドットの髪飾りも高いところに掛けました。
母さまがビーズで刺繍してくれたバッグも。
父さまがバランスよく掛けているか、エーリカが離れて見ています。
「父さま、髪飾りはもう少し右側がいいわ」
「……こうかな?」
「はい、そこでいいです」
「じゃあ、少し待っていて。母さまのドレスを持ってくるからね。窓際に置いてあるからすぐだよ」
かなり暗くなってきたけれど、父さまがろうそくの灯りを木の周りにたくさん置いたので、真っ暗ではありません。
少しして、父さまがドレスのトルソーを抱えてきました。
木の前に置くと、ろうそくの灯りでドレスの真珠や小さな石がきらきらしています。
まるでそこに母さまが立っているようで、エーリカはソワソワした気持ちになりました。
「では、一番上に星を飾ろう」
父さまは木の後ろにはしごを掛けて、一番高いところに金色の星を飾りました。
「これが天辺にあると、お空の母さまがこの星を目印にしてエーリカと父さまの家を見つけてくれるんだ」
「……とても大きな星だもの、きっと、母さまは……この木を……」
エーリカの瞳から、何故か涙が落ちてきます。
去年は母さまがケーキを焼いて、エーリカは一番大きく切ったケーキを食べました。
少し苦しくなると、母さまは微笑みながら『今のエーリカには少し大きかったわね』と最後のひと口を手伝ってくれました。
そんなことを思い出して、エーリカは今年ここに母さまがいないことが、とても寂しく感じました。
「涙よりもきらきらしているのは、エーリカの笑顔だ。母さまはそれを天辺から探しているよ。笑ってごらん、エーリカ」
父さまはそう言うと、ポケットからハンカチを取り出して、エーリカの頬を優しく拭ってくれました。
「エーリカ、父さまと母さまは、最初は二人だった。二人でも楽しくて幸せだったけれど、そこにエーリカが生まれてきてくれて三人になり、もっともっと幸せになった。でも、母さまは空へ行ってしまって、また父さまは二人になった。エーリカと二人にね。父さまは幸せだよ。エーリカとこの家で暮らす毎日が、とても愛しい。母さまが空から見守ってくれているからね」
「……父さまは、寂しくない?」
父さまはまゆ毛を下げて、困ったように微笑みました。
「恥ずかしながら、ほんの少し寂しい。でもそれ以上にエーリカがいてくれて、いっぱい幸せなんだ」
「よかった。父さまも私と同じなのね。私も父さまがいてくれていっぱい幸せ。父さまと私、ほんの少し寂しくていっぱい幸せなのがお揃いね」
「エーリカ、おいで」
父さまはエーリカを抱き上げました。
エーリカは届かなかった木の天辺の星にそっと触れます。
母さまが空からみつけてくれる、目印の星。
きらきら、きらきら。
エーリカがそう口に出して言いました。
きらきら、きらきら。
母さまがみつけてくれるから、エーリカも笑います。
「さあ、ドーミラーも待っているから、部屋に戻ろう。ごちそうがいっぱいだ」
もう少し、母さまのドレスを見ていたいと思ったけれど、ごちそうとケーキが気になって戻ります。
部屋の中にも、きらきらはありました。
父さまがきらきらの笑顔で、エーリカを手招きをしていました。
おしまい




