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冥婚の契約妻と、『まだ俺は死んでない!』と言い張る幽霊な旦那様の一ヶ月  作者: 船田かう


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第9話 ひとやすみ




 そんな調子で、本集めとページめくり、そして溜まってきた本の返却までやらされた。

 本の配置を記憶しているのはリュシオンだけなので、使用人に片付けを任せたくないのだという。


 リュシオンはまだ読み足りない様子で、今の本を戻したらもっと読むつもりのようだ。

 うろうろと飛び回って思考をまとめながらも、早く片付けろと私をせっついてくる。


 私も、もはや根性だけでリュシオンの指示に従っていた。

 そして、高い場所の本を戻し、長い梯子を降りていた時に、疲労からふと気を抜いてしまう。


「あっ」


 残り三段という地味に高い位置で、私はうっかり足を踏み外してしまった。


『モニカっ!?』


 リュシオンの慌てた声が耳に届くが、視界は無情にもグルリと回る。

 恐怖で目を閉じてしまうと、間もなく全身に衝撃が来て、私は無様にも仰向けで床に転がった。


 咄嗟に受け身は取れたので頭部はぶつけなかったが、勢いよく床に付いた腰や背中、それから梯子に引っ掛かった右のふくらはぎに、じんじんと嫌な痛みが響いた。


「いっ、たぁ……」

『モニカ! 大丈夫か、モニカ!』

「ええ、なんとか……」


 そろそろと瞼を開くと、視界いっぱいに心配そうなリュシオンの顔が浮かんでいて、私は思わず悲鳴を上げた。


「ひゃあっ!」

『よかった、生きてる……』

「近い! 近いです!」


 リュシオンは覆いかぶさるような格好で私を覗き込んでいた。

 あんまりな台詞を呟いているが、本人は至って真剣な様子だ。


『どこか打ったか? 起きられるか? いや、下手に動かさないほうが……』

「平気です! ちょっと尻もちをついただけです!」


 リュシオンがどく様子がないので、私は思い切って、リュシオンを突き抜けて一気に身体を起こした。

 何も感触はないが、他人を突き抜けるというのは何とも言えない心地の悪さだ。


 振り返ると、リュシオンは酷く落ち込んだ様子で自分の両腕に視線を落としていた。


『すまん、気付いたのに、助けてやれなかった』


 さっきの距離の近さを考えると、おそらく落ちる前に支えようとしてくれたのだろう。

 だが、幽霊の腕でそれは無理だ。


 完全にしょぼくれているリュシオンに、こちらも調子が狂う。

 私は心配無用だと伝えるために、冷静な声で言った。


「いえ、気を抜いた私が悪いんです。これくらい平気ですから、お気になさらず」


 まだ痛みは引いていないが、騒ぐような怪我ではない。あとで少し青痣ができる程度だろう。こんなのは慣れっこだ。


 私は梯子を支えにして、力を込めて立ち上がった。痛い目に遭ったので、疲れていた頭も冴えた。

 涼しい顔を保って、リュシオンに問う。


「ほら、もう大丈夫です。次の本はどれですか?」


 しかし、リュシオンは肩を落として静かに首を振った。


『いや、あんたの負担も考えず、調子に乗って悪かった。しばらく休もう』


 そうして、リュシオンは机ではなく壁際のソファへ、私を促した。


 私がソファの端に腰を下ろすと、リュシオンはできるだけ距離を開けて、反対の端に腰掛ける格好をとった。


 男性らしく背の高いリュシオンが脚を伸ばして寝そべっても、十分な余裕がありそうな大きなカウチソファだ。実際に仮眠用だったのかもしれない。


 すっかり大人しくなってしまったリュシオンに私の方が落ち着かなくて、適当に話題を振ることにした。


「ここまで調べてみて、何かわかりましたか?」

『いや……少なくとも、既知の現象ではないだろうって事がわかったくらいだ』


 床に視線を落としながら、リュシオンは成果を振り返った。


『残念ながら、俺の生存を論理的に説明できる根拠は見つからなかった。だが、死んだ幽霊だとしても不自然な点があるんだ。まあ、幽霊研究自体が眉唾みたいなものなんだが……。魂の研究も俺の専門外の分野だから、もうちょっと時間をかけて調べないと、よくわからん』


 淡々と語る姿はすっかり学者のようだった。


 魔法使いという職業は、元来頭脳職だ。


 単に魔力を持つだけでは魔法は使えない。

 膨大な知識と理論を身に着け、それを体感として使いこなせるようにならないといけない。

 だから王立学園とは別の、魔法学院という専門教育機関がある。


「私が聞いても理解できるかわかりませんが、ご専門は何なんですか?」

『学生時代は、時間操作魔法が専門だった。時間を遅延させたり、早くさせたりするやつだ。夢の時間遡行魔法でも実現してやろうと思ったんだが、さすがの俺でもガキの数年じゃ実にはならなかったな。傭兵を始めてからは、魔法より魔族の研究のほうに時間を割いてる。効率よく大量に魔族をぶっ倒す魔法が、今の俺の専門だ』


 さすが戦場のアシダカグモと呼ばれるだけの事はある。

 豪快そのものと謳われる英雄の戦いも、裏ではこの本の山が支えていたのだと思うと、不思議な気分になった。


「いつも、あんなふうに研究していたんですか?」


 リュシオンの性格上、身体があれば、この広大な本の洪水を一人すいすい泳ぎながら読み漁っていたのだろう。

 やってみてわかったが、凡人がついていける早さではない。


 案の定リュシオンは頷いた。


『ああ。いつもの調子で進めていたから、あんたに負担をかけてるのに気付けなかった。他人と一緒にやったことなんてなくてな……本当にすまなかった。令嬢にやらせる仕事じゃなかったな』


 謝罪はともかく、言葉選びにムズムズとして、私は視線を反らした。


「別に、肉体労働は慣れていますから。それに令嬢という歳でもないんですから、その言い方はやめてください」


 商店街を歩いていれば、何も知らない商店の呼び込みに「ちょっとそこの奥さん」と声をかけられるような年齢だ。


 家族のために、他所には嫁がないと決めたのは自分だが、人に言われると少しだけ気になる。複雑な乙女心なのだ。放っておいてほしい。


 しかし、リュシオンは律儀にも、私の事情に踏み込んできた。


『それも謝りたかったんだ。昨日は無神経に行き遅れなんて言って悪かった。朝食の時の話……あんたも苦労してきたんだな』


 朝食の席で伯爵夫人としていた私の身の上話を、リュシオンもしっかり聞いていたようだ。


 謝られたのだから素直に受け取ればいいものを、どうしてもリュシオンの言い方に納得がいかず、私はつい言い返してしまう。


「……苦労じゃありません」

『ん?』

「苦労なんて言葉で、私の人生を括らないでください。全部、私が自分で選んでやってきたことです。家族と、自分の幸せのために」


 リュシオンを睨みつけると、彼は目を丸くしてこちらを見ていた。


『……そうか』


 私が胸を張って頷くと、呆けていたリュシオンが、不意にふっと微笑んだ。


『モニカ。あんた、強い女だな』


 改まって名前を呼ばれ、予想外の方向から褒められて、私は驚きで心臓が跳ねた。


 強情で可愛くない事ばかり言っている自覚があるのに、そんなふうに褒められると落ち着かない。


「……そうです。私は強いんですよ」


 必死で目を逸らしてそれだけ言う。

 しかし照れているのは隠せていないようで、リュシオンが再び小さく笑う気配がした。


 妙な気配になってきた空気を変えようと、私はあえて大きな声を出した。


「だいたい、私のことを行き遅れと言うなら、あなたはもっと行き遅れじゃないですか。私より三つも年上なんですよ? 人の事をからかっている場合ですか」


 すると、リュシオンは今度こそ声を立てて笑った。


『はは、確かにそうだ! 俺も行き遅れだったな!』

「そうですよ。早く身を固めてほしかったと、皆様も泣いていたじゃないですか」

『あー、それを言われると、ちょっと堪えるな……』


 リュシオンは一瞬だけ苦い顔をしたが、またすぐに私に向かって笑いかけた。


『まあ、今は、行き遅れたのも悪くなかったと思ってるよ』

「どういう意味ですか? あんなにご家族を泣かせておいて……」

『さぁなー』


 リュシオンははぐらかして、ふわりと宙に浮かんだ。


 部屋の隅にあった実験スペースまで行くと、ガラスが嵌った収納棚の一角を指で指し示す。


『身体、動かせるか? ここ開けてくれ』


 少し休んだおかげで、打った所の痛みもだいぶましになっていた。


 言われた通り棚を開けると、作りかけの魔道具や、その製作道具らしき品々の中に、瓶詰めの乾燥植物がまとめてある籠があった。


「これは?」

『俺のとっておきの薬草茶だ。好みの味を追求した結果、オマケで疲労回復と痛み止めの効果がある組み合わせになった。怪我させた詫びだ、あんたにやるよ』

「大したことはありませんが……ありがとうございます」


 振る舞いや生き方は型破りなのに、どうやらこだわる所にはとことんこだわる質らしい。


 私が素直に礼を言うと、リュシオンはまたにやりと笑った。


『誰にも分けてやったことなんかないが、あんたにだけは特別だ』

「まぁ、それは貴重ですね。大事にいただきます」

『遠慮せずに飲めよ、結構効くから』


 いつもは腹立たしく感じるその笑顔も、今はなんだか柔らかく見えた。




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