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冥婚の契約妻と、『まだ俺は死んでない!』と言い張る幽霊な旦那様の一ヶ月  作者: 船田かう


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第8話 英雄の部屋




 部屋を見学して英雄様の人柄をもっとよく知りたい、とそれらしい理由をつけたが、そもそも執事はあらかじめ、私がしたいようにさせるよう、伯爵たちから言いつかっていたようだ。

 入室の許可はあっさりと下りた。


 不自然でないように使用人に案内もしてもらって、いよいよリュシオンの部屋に踏み入った。


 その部屋を見た私は、想像を超えた内装に率直に驚いた。


「あの、ここ、本当にあなたの部屋ですか?」

『そうだ』

「……図書室ではなくて?」


 二階分の吹き抜けになっている、高い天井の広い部屋。


 その壁面には、床から天井までほぼ全面を隙間なく覆い隠して、重厚な本棚が造り付けられていた。

 棚には目が眩みそうな数の本がぎっしりと収まっている。上の方の本は、一階分の高さに設置された回廊のような足場や、レールで左右に移動できる梯子に昇って取るようだ。


 驚いている私にリュシオンは、事も無げに言った。


『図書室はこんなもんじゃない。いちいち取り行くのが面倒だから、必要な本はここに置いてる』

「必要って……まさかこれ、全部読んだんですか?」

『当たり前だろ。いらない本を置いておくなんて、この俺がそんな無駄なことをするか。まあ、読みはしたが、内容を細かいところまで全部暗記してるわけじゃないから、こうやって置いてあるんだけどな』


 それは逆に言えば、どの本がどんな内容だったか、大まかには覚えているという意味ではないだろうか。


 ここまで、正直、やかましいだけの幽霊だと思っていたが、本当に彼が天才だったのだと信じさせるに足る部屋だ。


 少しでも生活感を探そうと、部屋の中を見回してみると、奥の方に一部だけ天井が低い空間があった。

 背の低い本棚で仕切られたその空間には、奇妙なガラス管や金属の道具がひしめくように配置されている大きなテーブルがある。


「あちらは?」

『実験装置と工作機械。新しい魔法の研究や、趣味でたまに魔道具も作ってるからな。素人は危ないから勝手に触るなよ』


 新魔法の開発も、魔道具作りも、高度な専門知識と技術が必要だ。魔法使いなら誰でも作れるというわけではないと聞いたことがある。


 それを一人でどちらもこなしてしまうリュシオンは、まさに規格外の大魔法使いだったと認めざるを得ないだろう。


「こんなお部屋で、どこで寝起きしてるんですか?」

『あの作業スペースの上が小部屋になってる。そこが寝室だ。……なんだ、“奥様”はこの俺のベッドが気になるのか?』


 にやりと笑ってからかってくるリュシオン。

 私は乗らずに冷たく返した。


「いえ、こんな部屋でもちゃんと人間らしい生活をしていたようで安心しました」

『ほんっと可愛げのない女だな……』


 やれやれと肩を落としたリュシオンは、気を取り直して言った。


『よし、さっさと始めるぞ。まずは肉体と魂の基礎研究からにするか……これと、そこの青いのと、あとこっちの分厚いの……』

「え、ちょっと、ちょっと待ってください」


 リュシオンは泳ぐように本棚の前を移動しながら、必要な本を次々と指さしていく。

 私は慌てて後を追って、指示された本を抱え上げていった。


『そもそも仮定概念だった魂が何故モニカには観測できるのか……遊離状態だとしても劣化が始まらないのは……』


 リュシオンは本を集めている間もぶつぶつと呟いているが、ほとんど意味がわからない。

 ついて行く間に、私の腕にはずっしりと重い本の山が出来上がった。


『こんなところか。そこに机があるから、この本から開いて見せてくれ。そうだな、六十三ページあたりから』


 窓際の読書机について、言われたとおりに本を開く。

 私に読めるのは半分くらいで、あとは見たことのない文字や図形、数式のような文字列で埋め尽くされている。


 それでも、読めるところだけでも読んでみようかと文字を追おうとしたところ、横からのぞき込んでいたリュシオンが短く言った。


『よし、次』

「へ?」

『次。ページめくってくれ』


 せっつかれて、私は慌ててページをめくる。次のページも似たような内容だ。

 しかしリュシオンは、また数秒も経たないうちに言った。


『次』

「えっ、は、早くないですか?」

『こんなの三秒もあれば読める。いちいち言うのが面倒だから、それくらいの早さでめくり続けてくれ』

「わ、わかりました」


 頭の中で三秒ずつ数えながらどんどんめくっていくが、リュシオンは何も言わないので、きちんと読めているようだ。


 やがて、読みたい部分が一通り読めたのか、今度は別の本を開かされた。

 そちらもさっきと同様、私が数文字読む間もなく、次へ次へとめくらされる。


 そんな調子で、最初に集めた本をあっという間に読み終えると、リュシオンは難しい顔で腕組みをした。


『ふーむ……』

「なにか、わかりました?」

『まだだ。次の本を集める』

「えっ」


 今度は何度も梯子を昇り降りさせられ、さっきよりも広い範囲の本を集めさせられた。


 普段から買い物の荷物を運んだり、屋根に上って雨漏りの修理をしたりと、力仕事もしていたつもりだが、こんなに急き立てられながら全身運動を強いられたのは初めてだ。


 私がぜーぜー言っているのも気に留めず、机に戻ったらすぐに本を開かせるリュシオン。


 どうやら、意地悪でも何でもなく、本に集中していて周りが見えていないだけらしい。


 ここまですっかり彼の天才ぶりを見せつけられた私は、思考の邪魔をするのも悪いと思い、黙って本をめくりながら、息を整えるのに専念した。


『あーーー……ちょっと視点変えるか……次の本!』


 ガシガシと頭を掻いたリュシオンが、新しい本を指示する。これまでとは別の区画の本が中心だ。

 もちろん梯子にも昇る。


 高い天井すれすれの位置にある本を取らされた時は、さすがにヒヤヒヤした。


 ふと目に留まったその本のタイトルは、『民間伝承の中に見る特異的資質の系統』。

 これまで読んできた魔法の研究書とは毛色が違う内容のようだ。


 ふらつきながらも本を集めきり、なんとか机に戻る。

 そろそろ腕と脚が張ってきた……。


 ぼんやりとしながら、もはや心を無にしてページをめくった。

 リュシオンは時折ブツブツ呟きながらも、読むペースは落とさない。


『次』


 指示されたのは、さっき目に留まった民間伝承の本だ。


 これまでの本に比べて一般向けの本なのか、大きな見出しや改行が多くて、読みやすそうな構成になっている。


 開かされたページでは、聞き覚えのある昔話を引用して、学術的な解説を付けているようだった。


 その昔話は、とある若者が女神から賜った杯を飲んだことで類まれな力を手に入れ、魔族と戦いながら魔法騎士として成り上がっていく英雄譚だ。

 例の、大陸を支配した魔族の王を倒した英雄がモデルではないかと言われている。

 小さかった弟たちはこの物語が大好きで、何度も話すようにせがまれたものだ。


『ほら、次』


 懐かしさについ手が止まってしまい、リュシオンに急かされる。

 私は大人しくページを次へとめくりながら、あとで借りてじっくり読んでみようかと思った。


 ……が、その後もこき使われたせいで、その本のことはそれっきり、すっかり忘れてしまった。




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