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冥婚の契約妻と、『まだ俺は死んでない!』と言い張る幽霊な旦那様の一ヶ月  作者: 船田かう


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第51話 いつか楽園へ昇る日まで




 英雄の葬儀が行われた聖堂で、今度はその英雄の結婚式が行われるというのは、なんと奇怪な話だろう。


 しかし、確かに私は喪服ではなく婚礼衣装を着ていて、二本の脚も腕も頭もしっかり生えている英雄と、並んで神官の前に立っている。


 結婚の証にと、リュシオンは私に指輪をくれた。

 もちろん彼のお手製で、彼自身も揃いのデザインで自分用に仕立てた。


 オルトス領の試験採掘で採れた上質なタルカイ石が嵌っていて、地金にはなんと、リュシオンがかつて倒れた時に身に着けていた魔法防御の指輪の残骸を鋳溶かして、一部再利用しているらしい。


 左腕が燃え残ったからモニカとの繋がりができた、とリュシオンは真面目な顔で語っていた。


 美しく頑丈に作り直した指輪には、これまた強力な防護魔法が付与されている。

 相変わらずこだわりが強いが、そんな彼の気持ちを喜んで受け取れる程度には、私も少しだけ成長している。


 正式な夫婦として生涯を歩む宣誓の言葉に同意すると、同じ指輪を嵌めた手を取り合い、大勢の参列者が見守る前で、私たちは誓約の口付けを交わした。


 結婚式の後には、伯爵家の広間で盛大な祝宴が催された。

 来客は主に伯爵家側の社交相手が多いが、私の家族も、この日のためにオルトス領からはるばる駆けつけてくれていた。


「お姉様、本当に綺麗。おめでとう!」


 私の妹、次女のローザは結婚式にいたく感動してくれて、私の手を取って何度も祝福してくれた。


「ごめんなさい、ローザ。本当はあなたが先に結婚式を挙げるはずだったのに」


 商家の跡取り息子である幼馴染みと婚約が決まっているローザだが、タルカイ石の鉱脈発見によりオルトス領の情勢が急変しており、特に開発に伴う輸送や物流の仕事が壮絶に忙しくなってしまった。

 婚約者の家は領地で一番大きな商家だったため、その仕事の大部分を担っている。


 婚約者も今は多忙の極みで、落ち着くまでローザの結婚式が延期になってしまったのだ。


「いいのよ。彼も今はガンガン稼いで、豪勢な式にしてくれるって張り切っているんだから。これも全部、お姉様のおかげよ」


 屈託なく笑ってくれる妹に、ずっと申し訳なく思っていた私も少しはほっとした。


「お、おめでとう、モニカ姉様……なんだかお姫様みたい……」


 ローザにくっついていた三女のクララも、辿々しくお祝いしてくれた。


「ふふ、ありがとう、クララ」


 微笑むと、クララは緊張したように頬を赤らめた。

 クララは十五歳で、領地から離れ社交の場に出るのはこれが初めてだ。


 家族のなかで一番大人しい性格の彼女だが好奇心は強く、私の衣装や集まった貴族たちの様子、伯爵家の屋敷の飾り付けまで、興味深そうに観察していた。


 物静かだが、クララが以前から密かに領地の外の世界に憧れていたことを私は知っている。

 今回の旅が、彼女の世界を広げるきっかけになってくれればいいと思う。


 そこでふと、静かだなと思って辺りを見回すと、父と末双子は少し離れたリュシオンのもとに居た。


「リュシオンくん。例の、村の広場に建てる“女神の遣いの娘モニカ像”の件だがね。デザイン案が上がってきたのでぜひ見てくれないか」

「おお、アレか! どれどれ、ふーむ……二枚目だな。モニカの清楚さと意志の強さがよく表れている」

「やっぱり君もそう思うか!」


 本気でやめて。


 しかもその隣では、十二歳の双子の兄ディエゴが、グズグズと鼻を啜って泣いている。


「うぅ……モニカ姉ちゃんがお嫁に行っちゃう……ずっとうちに居てくれるって言ってたのに……!」

「泣くなディエゴ情けない! オレは絶対に認めないぞ、こんな化け物のオッサンにオレたちの姉ちゃんが奪われるなんて!」


 弟のマルコは鼻息荒くリュシオンを罵倒していた。

 なにこの混沌。


「ほう? この俺をオッサン呼ばわりとはいい度胸だな……?」

「オッサンはオッサンだろ!」


 リュシオンは頬をぴきりと引きつらせて、マルコの言葉に大人気なく反応していた。

 実は今日は、リュシオンの誕生日でもある。

 二十八歳は、十二歳から見たら確かにいい歳かもしれない。


「見てろよ、すぐにオレも、お前を越える最強の魔法使いになって、モニカ姉ちゃんを救い出す!」

「面白い、やってみろ。この“不滅”を越えられるものならな」


 マルコ、あなた魔道具職人志望ではなかったかしら?

 リュシオンも煽らないでほしい。なぜ目が本気なんですか。

 収拾が付かなくなる前に、私は弟たちに声をかけた。


「ディエゴ、マルコ、いい加減にしなさい。騒いでいないで、あちらでお料理でも頂いてくるといいわ。少しだけど、私が焼いたパンもあるわよ」

「え! 本当!?」

「やった! 久しぶりのモニカ姉ちゃんのパンだ!」

「ほかのお客様も居るのだから、お行儀よく頂くのよ」


 双子はころりと表情を変えて、食事が並んでいる方へいそいそと移動していった。

 父やローザ、クララも、呆れたように笑いながら、双子に付いてひと休みしに行った。


「お前の家族は、あのパンを毎日食ってたんだよな。羨ましすぎる……なぁ、たまにでいいから、町の店でも売り出さないか? あれは名物になるぞ」

「また大袈裟な……でも、お店は楽しそうですね。考えておきます」

「冗談抜きだぞ? さっきから客に祝いそっちのけで、お前のパンのこと訊かれてばかりだからな?」


 婚約からほとんどの期間を伯爵家で過ごしていたので、もう毎朝パンを焼くことはなくなってしまったが、趣味として時々焼いたものを、リュシオンや伯爵家の皆さんに何度か振る舞っていた。

 今日のパンは、料理人たちから祝宴料理に並べたいから是非にと懇願され、数日の練習を経てなんとか用意したものだ。


 素人の分際で恥ずかしいので料理人たちのパンにこっそり混ぜて置かせてもらっているのだが、お客様方の口には合った様子で安心した。

 大したものではないいつも通りのパンなのだが。


 リュシオンと雑談をしていたその時、近付いて来た一人の男性貴族が、朗らかにリュシオンに声をかけてきた。


「やあリュシオン! さっき腰が抜けそうなほど美味しいパンがあったんだけど、どこからあんなに腕のいい職人を連れてきたんだい?」

「ほらな?」


 リュシオンは心底嫌な顔をすると、面倒くさそうにその男性の方を向いた。


 見たところ年齢はリュシオンと同じくらいの、華やかで優雅な印象の男性だ。

 立っているだけで周囲の視線を奪うような、人を惹きつける雰囲気を纏っている。


 私も一瞬、その雰囲気に飲まれそうになったが、リュシオンが明らかに眉根を寄せているのを見て少し身構えた。


 麗しい顔で魅力的な笑みを浮かべ、親しげな様子の男性に対し、リュシオンはため息混じりに応対した。


「来てたのか、エラルド。こういう席には出てこないんじゃなかったのか」


 およそ来賓に向けるには相応しくない態度を取るリュシオンだが、男性はそんなことなどお構いなしで、舞台役者のようなよく通る声に手振りまで付けながら答えた。


「ああ、だから、君の葬儀には参列できなくて本当に悲しかったよ……。毎日枕を濡らしていたら、死んだはずの君が生き返って、今度は結婚式を挙げると言うじゃないか! さすがにこれは駆けつけなければと、大駄々をこねたんだよ!」


 情感たっぷりに語る男性とは正反対に、リュシオンの態度は冷めきっていた。


「よく言う……大方、女神の賜杯の顔と、契約した俺の様子を確認してくるように言われただけだろうが」

「そんな寂しい言い方しないでくれよ。学生時代からの大親友じゃないか!」

「そう思っているのはお前だけだ」


 すげないリュシオンの態度などまるで気にしない男性は、今度は私に視線を向けた。


「それで、あなたが、この不器用男を射止めた麗しの花嫁さんだね? しかも、タルカイ石鉱脈で今大注目の、オルトス子爵家の娘さんときた」

「はい、モニカと申します……」


 私は緊張で固くなりながらも、なんとか失礼のない挨拶をした。

 名前を聞いてもしやと思っていたが、私の予想は当たっていた。男性は蠱惑的に微笑んで、自己紹介をする。


「僕はエラルド・ヨラン公爵だ。今日はお忍びだから、そう畏まらなくていいよ。よろしくね、当代の女神の賜杯殿」


 エラルド……公爵であり、正統なる第三王子殿下だった。


 この国の王族は、貴族間の関係を考慮して、基本的に臣下の家の冠婚葬祭には参列しないのが慣わしだ。

 その王族の一人が今、私たちの結婚式に出席していた。震え上がっていいだろうか。


 エラルドは貴族の挨拶として私の手を取ろうとしたが、リュシオンがすかさず私の肩を引き寄せ、それを阻止した。


「気安く触るな」

「へぇ……?」


 私は失礼な行動に真っ青になっていたが、エラルドは怒るでもなく、むしろ面白そうに眉を上げてリュシオンを伺っていた。


「そうそう、聞いたよリュシオン。ついに傭兵稼業から足を洗って、伯爵位を継ぐ気になったんだって? 家督は弟くんに任せるってずっと言っていたのに」


 エラルドはにこやかに、今後のリュシオンの立場について触れてきた。

 リュシオンはすべて捨てたつもりで家を出ていたが、伯爵とクライブの意向は違い、いつかリュシオンが帰ってくることをずっと待っていたらしい。


「腰を落ち着けるということは、これはいよいよ、僕のもとでも働いてくれる気に……」

「違う。モニカと結婚するための条件として、親父に言われたから継ぐだけだ。宮廷魔法使いになる気はさらさらない」

「えぇー、君を引っ張って来れたら、僕の立場はうなぎ登りなのに!」

「だから嫌なんだ、人を権力のだしに使うな」


 軽口の応酬のような調子でドロドロとした話を交わされ、私はリュシオンの腕の中で目眩がしていた。


 エラルドはまた芝居っぽく大仰に肩を竦めると、やれやれと首を振った。


「いいよ、この話はまた今度。でもね、結婚式も済んだし、そろそろ奥さんと一緒に、王宮にも顔を出してもらわないと困るな。父が首を長くして待ってるよ?」

「それは、わかっている……」


 世間話の顔をして、それは事実上の召喚命令だった。

 これまでも何度か、王宮から呼び出しの手紙があったのだが、結婚式までは忙しいとか、蘇ったばかりで本調子ではないとか(もちろん方便で、実際は元気すぎて参る程だ)、色々と理由を付けてリュシオンが先延ばしにしていた。


 しかし、私は百年に一人の女神の賜杯で、リュシオンは現在おそらく単騎で世界最強の英雄だ。

 彼の妻になるということは、そういう世界で生きていく覚悟も決めなければならないのだろう。

 リュシオンの隣に立ち続けることを選んだのは、私自身なのだから。


「いずれ挨拶には行くが、王宮にモニカを渡す気はないぞ」


 密かに決意を固めていた私の横で、リュシオンはきっぱりとエラルドに言った。


「他の誰かと契約させるのも絶対に許さない。モニカの力も、この繋がりも、俺だけのものだ」


 エラルドはしばらく瞠目してリュシオンを見つめていたが、ふと、先ほどまでとは違う自然な笑みをこぼした。


「そうかそうか……リュシオン、君、いい人と出会えたみたいでよかったね」


 リュシオンもわずかながら角が取れた様子で、ふんと鼻を鳴らした。


 エラルドはすぐにまた、底が知れない笑顔を貼り付けて言った。


「さてと。名残り惜しいけれど、僕も忙しい身だからそろそろお暇するよ。そうだ、あの美味しいパン、お土産に少し貰っていってもいいかな?」

「勝手にしろ。有り難く食えよ」

「ありがとう! 妻と娘たちもきっと喜ぶよ!」


 こればかりは社交辞令ではなく、本気で嬉しそうに見えた。

 いつも通りに作ったただの田舎パンなのに……!


「それじゃあ、また会おう。リュシオン、モニカ夫人、おめでとう。末永くお幸せに」


 爽やかな笑顔で手を振ってそう言うと、エラルドはお土産を貰うため、手近な使用人を捕まえに去って行った。


「……パン屋の看板に、“ヨラン公爵閣下大絶賛!”と書いておかないとな」

「恐れ多すぎて、そんなお店は嫌です……!」


 嵐が過ぎ、緊張が解けた私は震える手で顔を覆った。

 リュシオンはそんな私の様子を見て、堪えきれずに喉を鳴らして笑っている。


「あいつだって俺たちを利用する気満々なんだ。こっちもそれくらい使わせて貰わないと不公平だろう」


 そして顔を覆っていた私の両手を取ると、真正面から力強い笑顔を向けてくれた。


「安心しろ。お前のことは何があろうと守り抜く。この俺がどれだけ強くてしぶといか、お前が一番よく知ってるだろう?」


 首ひとつになってさえ生き延びた英雄の言葉は、私を勇気づけてくれる。


「もちろんです、リュシオン」


 温かいものが胸の奥に満ちるのを感じながら、彼の襟元からちらりと覗く傷痕を見て、私も答えた。


「でも、ひとりですべてを背負うのは、もうやめにしましょう。簡単に無茶をしてしまうあなたを、私も守りたいんです。……一緒に生きるとは、そういうことでしょう?」


 照れくさかったので、少し小声になってしまったのは許してほしい。

 それでも今日という日、この場でくらいは、私の素直な気持ちを伝えておきたかった。


 リュシオンは目を見開き、ふるふると小さく震えたかと思うと、また勢いよく私に抱きついてきた。

 最近はこの人目を憚らない抱きつき癖も多少は落ち着いてきていたのに、久々の抱擁は力強い。


 案の定、周りに居たお客様方からは、それはそれは生温かい視線を向けられていた。


「あー、リュシー兄さんまたやってるー」


 お客様方の中に混じり、ピンク色の髪を艶っぽく結い上げ、大胆なドレスに身を包んだミーシアが、婚約者に腰を抱かれながら笑っていた。

 ミーシアの婚約者は、衝撃……というよりむしろ天啓を受けたかのような表情でリュシオンの様子を凝視している。


 どうしよう、これ以上婚約者の愛が重くなったら、ミーシアはどうなるのだろうか。

 いざとなったらあの空飛ぶモップでなんとか逃げ切ってほしい。


 近くでクライブも苦笑いしていた。

 その隣に寄り添っているお嬢さんは、彼の年下の婚約者で、まだ魔法学院生だという。

 ほんのりと頬を染めて、恥ずかしがりながらも目を離せないといった様子でこちらを見ていた。

 教育に悪い義兄夫婦で申し訳ない。


「はぁ……幸せすぎて死にそう……」

「困ります、もう死なないでください。というか離して!」


 やはり、この恥ずかしさだけはいくら慣れようとしても無理だと思う。

 しかしきっと、これも、私が選んだ幸せの形なのだ。


 大広間の窓の外には、雲ひとつなく澄み渡った青い空が広がっていた。


 この空の果てに、命を終えた魂が辿り着く楽園があるという。


 リュシオンがますます力を込めた拍子。

 花嫁衣装の中にこっそり身に着けていた母の形見のペンダントが揺れて、私の肌を優しく撫でてくれた気がした。





【完】




最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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一言でもいいので感想をいただけましたら、作者も楽園へ昇るような気持ちになりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

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