第47話 物語の結末
「……さてと。新しいこの身体でお前の感触をたっぷり堪能したいところだが……まだ、やることが残ってるな」
発言内容に突っ込みたくて堪らなかったが、リュシオンの表情が真剣だったので我慢して飲み込んだ。
魔力で酔いそうだと言っていたのは本当らしい。普段より明らかに、態度も言葉も興奮状態になっているように感じた。
鋭くなった彼の視線が向いたのは、この戦いの元凶、族長だ。
族長もクライブも、戦いの手を一旦止め、お互いを警戒しながらも、リュシオンの動向を注視していた。
クライブの方は、杖を構え防壁を張ったまま、リュシオンの姿を見て滂沱の涙を流している。
「クライブ。よくやった。お前が命を張ってくれたおかげで全部上手く行った。だからあとは、俺にやらせてくれ。そいつだけはどうしても、俺の手で決着を着けたい」
リュシオンが労うと、クライブはますます顔を歪め、嗚咽を漏らしながらも頷いた。
「モニカ、借りるぞ」
リュシオンはそう言うと、私の髪に刺さっていた自分の杖をそっと引き抜いた。
「借りるもなにも、元々あなたのものですよ」
「いや、これはお前が着けてるのがイイんだよ。俺のはまた新しく作る」
堂々と六本目を新調する無駄遣い宣言をしながら、リュシオンは手の中で杖を本来の大きさに戻した。
そして、族長を見据えながら杖を構えるが、反対側の腕は何故か私の肩をしっかりと抱いた。
またしても意味がわからない。
肉体を取り戻したのだから、もう魔法を使うために、私に触れる必要はないはずだ。
「あの……リュシオン?」
「なんだ? 奴の狙いはお前なんだ、ここが一番安心だろう?」
リュシオンはきょとんと、至極当然そうな顔で言った。
安全ではなく、安心らしい。
「奴は巻き戻しの前、お前を喰おうとした時に血を飲んだんだ。そのせいでかなり強化されているし、巻き戻されても記憶が保持されていたようだな。もう、このまま放置していてはいけない魔族だ」
リュシオンが賜杯の効果の強力さを改めて語る中、相対する族長はすでに、クライブを眼中から外していた。
先ほどまでの理性ある姿とはうって変わり、前屈みに身構えて毛を逆立て、追い詰められた猛獣のように敵意を剥き出した低い唸り声を漏らしている。
「……わかるみたいだな。怖いか? これがお前が欲しがっていた力だぞ。だが、俺以外の奴が欠片でも持っているのは気に食わないから、返してもらう。こっちもまだまだ、暴れ足りないんだ」
リュシオンが静かに言い終えた瞬間、族長は大剣を振り被り、リュシオンに向けて飛び掛ってきた。
身を竦めた私とは逆に、リュシオンは泰然と構えたまま、ほんの僅かに杖先を揺らす。
それだけで、先ほどの飛行魔族のようになんの前触れもなく、族長の腕が一本消し飛んだ。もうどんな魔法で攻撃しているのかも、私にはわからない。
右後腕。少し前までリュシオンの首を掲げ持っていた腕だった。
「そんなに人間に興味が湧いたなら教えてやろう。まず、人の首は敵だろうが丁重に扱うものだ。あんなに振り回されたら気持ち悪くなるだろうが」
族長は苦悶の声を漏らしたが、僅かに怯んだ程度。まだ攻撃の意思は消えず、駆ける足も止めない。
すると今度は、族長の脇腹のあたりが、斬りつけられたかのようにすっぱりと深く割れた。
「だいたい、人間は斬られたら痛いんだぞ。生首がどれだけ痛かったかお前にわかるか? 馬鹿みたいな痛みなのに気絶もさせずに、あんなに長時間耐えさせやがって」
族長の姿勢が大きく傾き、動きが鈍る。
肩と脇腹の傷口からは、泥水のような血が止め処無くあふれ出していた。
それでも族長はリュシオンに向かってくる。
おそらく族長は、圧倒的なリュシオンの力を恐れていないわけではない。
むしろ逆で、“殺さなければ殺される”という本能を震わせる恐怖だけが、今の族長を突き動かしているように見えた。
猛然と突進しながら、族長は反応不可能なリュシオンの攻撃に備えて濁った魔力の防壁を張る。
「そうだな。自分でも他人でも、守りたいという気持ちは大事だ」
しかし、リュシオンがそう言っている間に、防壁はビシビシッ、と素早く数度衝撃を受けたような音を立てると、激しくひび割れて砕け散ってしまった。
「だからこそ、その気持ちが呆気なく踏みにじられる絶望も知っておくといい」
防壁を破られた族長は、恐慌に目を見開き、掠れた叫びを漏らした。
「こんな……っこんな、ことが……!」
一度は魔族の王にならんとした者が、今はただ、目の前に立つ理不尽な狩人に震えることしかできなかった。
もはやそれ以上の言葉はなく、族長は獣のような咆哮を上げる。
そして、ようやく辿り着いた私たちの目の前で、全力で大剣を振り下ろした。
「最後に、物語もひとつ教えてやろう」
その刃がリュシオンに届くことはない。
人間の身の丈を越える程の大剣を、リュシオンは静謐に構えたまま見つめる。
それだけで、大剣はたった一瞬で鋳溶かされ、地に流れ落ちてしまった。
まるで、春の温かい日差しに溶かされる雪細工のように。
間髪入れずに族長の両前腕が吹き飛ぶ。
片脚が消え、胴体は見えない獣にかじり取られるように大穴がいくつも空いていく。
「昔々、女神から聖なる杯を賜った男は、強大な力を得て、英雄となった」
族長が声を上げる暇もなく、損壊は淡々と進んでいく。
すでに元々あった身体の面積よりも、消し飛ばされた部分のほうが多い。
頭部をなんとか支える枯れ木のような姿になると、とうとう族長の身体は傾いだ。
「数々の苦難を乗り越え、邪悪な魔族の王を倒したその後、男はどうしたと思う?」
族長の首を見上げ、リュシオンは問いかける。
まだ意識を保ち、苦痛と恐怖の表情を浮かべる族長は、辛うじて残っていた左の腕を、私に向けて伸ばそうとした。
次の瞬間、激しい劫火の柱が、族長のなれの果てを包み込んだ。
成すすべなく燃え尽きていく宿敵。
その最期を見届けながら、リュシオンはふぅっと息をひとつ吐くと、私の肩を抱く腕に力を込めた。
そして、口端をにやりと上げながら、風に吹かれて消えていく塵に向かって呟いた。
「……愛する人と、いつまでも幸せに暮らすんだよ」




