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冥婚の契約妻と、『まだ俺は死んでない!』と言い張る幽霊な旦那様の一ヶ月  作者: 船田かう


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第46話 英雄の帰還




 そのままどれほどの時間が経っただろうか。

 真っ先に変化を感じたのは、重みだった。


 ついさっきまで羽根のように軽かったリュシオンの首が、急にズシリと重くなった。

 突然の変化に、私は腕だけで首を支えきれなくなり、唇を離した。


 落とさないように咄嗟に抱えようとしたが、バランスを崩し、その場に座り込んでしまう。

 人間の頭はこんなに重いのかと驚いた。


 膝の上に落ちたリュシオンの首からは、呪いのもやがすっかり消えている。

 固唾を飲んで見守っていると、やがて、その首がまばゆい光に包まれた。


 直視しきれずに、私は薄目を開けて観察する。

 特に強く輝いているのは首の断面で、輪郭すらはっきりと見えない。

 断面と空間の境界がゆらゆら揺れたかと思うと、今度はそこから、無数の糸状の光があふれ出した。


 光の糸は複雑に重なって絡み合い、まるで布地を織り上げていくように、明確な形を形成し始めた。

 首、肩、胸……と、その範囲は広がっていく。

 織り上げられたそばから光が収まっていくと、当たり前のように、普通の人間の肉体が現れていった。


 再生されていくリュシオンの身体はあっという間に私の膝に乗りきらなくなり、掛かる重みもどんどん増してくる。


 お腹のあたりまで再生したところで、リュシオンが突然、はぁっ、と大きく息を吹き出した。

 呼吸が戻ってきたのだ。

 その後、規則正しく上下する胸を見て、私はなんだか不思議な感覚になった。呼吸をしている彼を見慣れていないからだ。


 新鮮な気分で膝上のリュシオンの顔を眺めていると、まだ再生途中ながら、彼の目蓋がすっと開いた。

 透けていない、力強くも美しい眼差しと、逆さまに視線がかち合う。

 彼は私を見上げ、口を開いた。


「一ヶ月だ」


 いつも聞いていたはずなのに、初めて聞く声が、私の鼓膜と心臓を確かに震わせた。


「一ヶ月間。お前は立派に、冥婚妻の務めを果たしてくれた」


 しかし、リュシオンの奇妙な言葉に、私は眉を寄せてしまった。

 彼と出会ったのは、二週間前の葬儀の日が初めてだ。

 それなのに、一ヶ月間とは、どういう事だろうか?


 再生を続けながら、リュシオンは語る。


「最初の二週間、俺の魂は本当に弱りきっていて、お前と契約しても何もできなかった。だから、あんな悲劇が起きた」


 これは、リュシオンが言っていた“もうひとつの記憶”の話だろうか。

 クライブも私も族長に殺された、悲劇の結末。


「あの時……お前の遺体が、族長に頭から喰われそうになったあの時。俺の中ですべてが噛み合ったんだ。魂の状態。肉体の状態。精神状態。奴の呪い。その場に満ちていた魔力。お前がくれた力。全部が異常で、全部が完璧だった。だから俺は、あんなことができた」


 リュシオンが言っていることが、よく理解できない。

 首を傾げる私に微笑みかけて、リュシオンは誇らしげに言った。


「俺は、お前と契約を結んだあの瞬間まで二週間分、“世界の時間を巻き戻した”んだ」


 時間遡行魔法は存在しない。

 クライブもそう言っていたし、リュシオン自身もかつて実現を諦めた。

 それを、彼は極限の状態で成功させたのだと言う。


 悲劇を回避し、すべてをやり直し、大切なものを今度こそ守り抜くため……世界の理を、ねじ曲げてのけたのだ。


「さすがに無茶な魔法だったから、過負荷で自分の記憶まで飛ばしてしまったのは情けなかったけどな。もう一度やれと言われても、あれはもう無理だ」


 リュシオンはくすりと笑うと、私の膝から身体を起こした。

 私が絶句しているうちに、彼の肉体は胴体どころか手足の先まで完璧に再生していたようだ。

 いつの間にやら服まできっちり生成して着込んでいた。


 魂状態の時はふわふわと裾が漂っていた肩掛けローブが、今は重々しく重力に従って彼の背中を包み込んでいる。

 その質感が、圧倒的な現実味を私の目の前に突きつけた。


 今まさに、英雄が、この世に帰還したのだ。


「……しかし、とんでもないな」


 リュシオンは座り込んだまま、自分の胸元を苦しげに押さえた。

 その顔をよく見れば、頬も紅潮していて、こめかみには汗が浮いている。

 私は心配になった。


「どこか、良くないのですか?」


 外見は不具合などなさそうに見えるが、やはり肉体再生には問題があったのだろうか。

 不安になる私に、リュシオンは苦しさに耐えるような笑みを向けた。


「逆だ。良すぎる。身体がなくてずっと感覚が鈍かったからわからなかったが……お前から供給される魔力が強すぎて、酔っ払いそうだ。こんなのをぶち込まれ続けて、今まで平気でいられた自分が怖い。並の魔法使いならとっくに発狂してるぞ」


 私を見るリュシオンの瞳は熱にうかされたようで、溶けるような甘さと獰猛な気配が混じり合っていた。

 今にも取って食われそうな雰囲気を感じ、私は本能的に身を固くしてしまった。


 そんな私からふっと視線を外し、リュシオンは正面に顔を向けた。

 再生したての手がふらりと持ち上がり、私がすっかり存在を忘れていた、遅延状態の飛行魔族に狙いを付ける。


「ちょっと、発散しないと、耐えられそうにない」


 それは一瞬だった。


 まるで、構図が違う二枚の絵画を突然差し替えて見せられたように。

 気が付いた瞬間には、私たちを取り囲んでいた炎は霧散し、飛行魔族は無数の鋭利な氷柱で、見るも無残な串刺しになっていた。


 先ほどまで、領兵たちの攻撃では傷を付けるのも苦労していた飛行魔族が、本来脆いはずの氷の槍であっさりと絶命してしまった。

 脅威と見なされなくなった魔族の死骸は遅延魔法が解け、普通の魔族と同様に土塊となって崩壊する。


「ハッ、さんざん涎まみれにして、この俺の顔をいいところで台無しにしてくれた礼だ」


 リュシオンが恨みのこもった声で笑う。

 と、忘れていたものがもうひとつ。


 静まり返って状況を見守っていた領兵たちが、その瞬間、耳をつんざくのではないかという音量で、戦場を包む大歓声を上げた。


 ……ちょっと待ってほしい。

 無我夢中で頭からすっぽり抜けていたが、私、公衆の面前、それも戦場のど真ん中で、とんでもなく恥ずかしい姿を晒していたのでは……?


 完全復活したリュシオンとは正反対に、私はざっと血の気が引いて真っ青になった。


 状況に気が付いて今にも気絶しそうな私を尻目に、リュシオンはゆったりと立ち上がった。


「立てるか?」


 さっきまで首だけだった人間が、何事もなかったかのように微笑んで、私に手を差し伸べる。

 正直あまりの恥ずかしさに反応もしたくなかったが、その優しい眼差しに負けて、おずおずとその手に自分の手を重ねた。


 逞しく、温かい指が、私の冷えた手を握り、力強く引き上げる。


 リュシオンは私の手を包み込んだまま、私を真っ直ぐに覗き込んだ。

 魔力による高揚のせいか、リュシオンの瞳は未だ熱く潤んでいる。


「……ありがとう。最高の口付けだった」


 顔を寄せて囁いたリュシオンの吐息が、私の頬を確かに擽って、熱を煽った。




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