第44話 信じるもの
リュシオンを手放した族長は、宣言通り全力でクライブに襲いかかった。
攻撃はさらに苛烈になり、両者の攻防は激しさを増した。
周囲の者がおいそれと手出しできない戦いが繰り広げられている。
一方、空中へ舞い上がった飛行魔族は、リュシオンの首を咥えたまま、陣形を整えた兵たちに向けて急降下攻撃を繰り返し始めた。
羽根は鋼鉄のように硬く、鋭い足爪を持つ大型の飛行魔族が、容赦なく空から襲いかかる。
しかし、その脅威に対し、伯爵は勇敢に声を上げた。
「好機だ! クライブが族長を引き付けている間に、その鳥を叩き落とせ!」
伯爵の命に応じ、魔法兵たちが巨鳥に向けて魔法を発動した。
先ほども一度は飛行中の魔族を落下させるに至った、岩石を降らせる魔法だ。
巨大な岩石の塊が、再び飛行魔族の翼を狙う。
しかし、突如、鋭利に尖った形の岩石が、魔族を守るようにいくつも現れた。
それらは高速で回転しながら発射され、魔法兵たちが放った岩石攻撃をひとつ残らず打ち砕いてしまった。
「くっ、またリュシオンか……」
伯爵が悔しそうに呻く。
魔族の口に咥えられた籠の中の首には、呪いのもやが絡みつき蠢いている。
合間にちらりと覗いたリュシオンの表情が、苦しげに歪んでいるように見えた。
英雄の魔法が自分たちに牙をむく事態に、兵たちの間でも動揺が広がり始めていた。
伯爵は声を張り上げ、味方を鼓舞する。
「怯むな! リュシオンが本気なら、この程度では済まないぞ! 英雄も呪いに抗っている。勝機を無駄にするな!」
伯爵は率先し、遠距離から火球を飛ばす魔法を飛行魔族目掛けて放った。
高速で打ち出された魔法は炎の矢となって、リュシオンの首籠を掠めた。
魔族が動いてすんでのところで躱されたが、本気で当てるつもりだったようだ。
「族長が生きている限り、リュシオンは死なん。遠慮は要らない、畳み掛けろ!」
息子が傷付くことも厭わないと取れる伯爵の発言に、領兵たちは奮い立った。
気力を持ち直した兵たちは、集中して飛行魔族と戦い始めた。
実際、この戦いは長引くほど不利になる。
リュシオンは首だけの状態で魔法を使わされるたび、どんどん魂が擦り減り弱っていく。
そうなれば、首を取り返し解呪できたとしても、肉体再生の魔法を使うことができなくなる。
その結果待っているのは、本当の死。
例え首をこれ以上損壊させたとしても、あの蛇鳥から一刻も早く首を取り返すことが、指揮官としても、リュシオンのためにできることとしても、最善策だった。
兵たちが考えつく限りの攻撃を飛行魔族に浴びせかける。
時折、ダメージを与える攻撃が通ることもあったが、決定打になりそうな攻撃はことごとくリュシオンの魔法で迎撃されていた。
時間が経つにつれ、リュシオンの魔法は最低限の迎撃から、反撃へと転化し始めた。
威力も増し、兵たちの中には怪我人も出始めてきている。
間違いなく、リュシオンの抵抗が弱まってきていた。
縦横無尽に移動する飛行魔族に付随して、戦場は目まぐるしく掻き乱された。
さらに、族長との一騎討ちを続けるクライブも、時折強力な魔法を使うようになっている。
容赦のない爆炎魔法や、竜巻のような暴風の魔法を族長に叩き込んでいくが、相手を削り切るには至っていない様子だ。
激しくなる戦闘の余波が、私たちが居る場所まで届くようになってきた。
伯爵や護衛兵が防護魔法を張って守ってくれているが、それでも迫ってくる爆風や衝撃は、私の気持ちも揺らした。
わかっている。
私には、何もできることがない。
それでも、必死に戦うクライブや兵たち、重責を背負った伯爵、そして呪いに抗い苦しむリュシオン……彼らの顔を見ていると、胸が締め付けられた。
居ても立っても居られない気持ちになる。
数刻前、まだ開戦したばかりの頃、手出しできずにそわそわしていたリュシオンの気持ちが痛いほどわかった。
伯爵に釘を差されたとはいえ、すぐに落ち着きを取り戻したリュシオンは、やはり立派な戦士であり英雄だ。
——今は、自分がやるべきことのみに集中していろ。
あの時の伯爵の言葉を思い出し、私も冷静になろうとする。
私が今やるべきことは、絶対に魔族の手に渡らないよう、大人しく守られていることだ。
そして、リュシオンの首がこの手に戻ることを信じて、待つこと。
伯爵やクライブ、みんなを、信じて……。
唇を噛んで戦場を見つめていると、何度目とも知れない爆風が防壁を通して吹き付けた。
叫び声と衝撃音に満ちあふれた戦場。
その時、そんな音の濁流の隙間をぬって、私の意識にやけにはっきりと届いた音があった。
タルカイ石の耳飾りが揺れる、かすかな音。
その瞬間、急速に回り出した私の頭のなかに、ひとつのささやかな疑問が浮かんだ。
指揮の邪魔ではないかと躊躇しそうになる気持ちを押し込めて、私はその疑問を伯爵に問いかけた。
私の質問を聞いた伯爵は、苦々しい表情で答えてくれた。
「あれは、そう簡単なものではないのだ。戦場ではまず使えん。なにしろ、相手があんなに激しく動いていては効果がない」
伯爵の答えと、その意味を理解して、私は思わず耳飾りに手を触れた。
突如として目の前に差し込んだ光に身体が熱くなり、反面、頭はすっと冷えた。
リュシオンは、間違いなく天才だったのだ。
「伯爵様……危険を承知で、ひとつ、ご提案があります」
伯爵が目を見開くが、私にはもう迷いはなかった。
私は、私が起こす奇跡を信じてくれた、リュシオンを信じる。




